第65-2話:強くなること


 学院のダンジョンの攻略は順調に進んだ。魔物の数が多過ぎるときは、俺が参戦して数を調整する。

 自分の長所と短所を理解したバーンの戦い方は危なげなく。『恋学コイガク』の攻略対象ならではの高いステータスを十分に生かしている。


 ミリアも『恋学』の主人公ヒロインだから元々ステータスが高い上に、真面目に鍛錬して来たことでレベルが上がっている。

 さらには周りが良く見えているし、状況判断も的確だ。


「そう言えばアリウスって、バスタードソードも使うのね」


 俺は魔物の数を減らすときに、ジェシカに買って貰った店売りのバスタードソードを使っている。


「いや、俺はバスタードソードを使ったことがないから、今日は試しに使ってみたんだよ。いつも使っている片手剣と大きな差はないけど、両手でも使えるのは確かに便利だな」


 俺は基本的には2本の剣で戦うから、俺のスタイルには合わないけど。実際に使ってみることで、バスタードソードの特性を活かした戦闘スタイルを、より深く理解することができた。


「ねえ、アリウス、バーン殿下。ちょっと提案があるんだけど。アリウスが魔物の数を調整してくれるのは嬉しいけど、次からは少し待ってくれないかな?」


 ミリアが真剣な顔で言う。


「いつもアリウスと一緒って訳にもいかないし。私は戦力を見極める目を養いたいのよ。勝てないと思ったら、撤退することも重要だと思うから」


「ああ、ミリアの言う通りだな。強くなるには生き残ることが大前提だからな。相手の戦力を冷静に見極めて。勝てないと思ったら、如何に早く撤退するかが重要だ」


 戦って負けそうになってから、逃げようとしても遅過ぎる。その時点で動けない奴がいるかも知れないし、撤退する間にもダメージを食らう。最悪、パーティーが全滅するだろう。


「確かに、その通りか。当たり前のことだが、死んだらリベンジできないからな」


 バーンも撤退することを否定しなかった。ということで、次の戦いからは2人に助けを求められるまで、俺は手出ししないことにする。勿論、本当にヤバそうな状況になったら、勝手に手出しするけど。


 それから魔物の数が多いときは、ミリアは迷わずに撤退を選択した。

 玄室に出現する魔物は扉を閉めれば、追い掛けて来ないことも多いし。追い掛けて来たとしても、入口を挟んで戦えば同時に戦う敵の数を制限できる。


 バーンはミリアが撤退すると判断しても、文句を言うことはなかった。だけど黙って従ってる訳じゃなくて、自分たちと魔物の戦力を冷静に比較して、ミリアの選択が間違っていなかったと納得しているようだな。


 そんなことを何度か繰り返していると――


「なあ、ミリア。今の敵なら、撤退しなくても良かっただろう? 俺とミリアだけで十分勝てた筈だぜ」


 初めてバーンが不満を顕わにする。今回出現した魔物はアイアンゴーレムで、確かに数は6体と多かったけど。今回が初戦じゃなくて、俺が数を調整して戦ったときは、問題なく倒すことができた相手だ。


「バーン殿下、済みません。私の説明不足ですね」


 ミリアは素直に頭を下げる。撤退する前に説明する暇なんてなかったけど、後からでも説明する必要はあるよな。


「確かに私も勝てたとは思います。ですがアイアンゴーレムは防御力もHPも高いので、倒すまでにMPを相当消耗しますし。ダメージを与えるために接近すれば、こちらもノーダメージという訳はいきません。帰り道のことを考えると、ここで消耗し過ぎるのは危険だと判断しました」


 結論から言えば、ミリアの判断は正解だろう。バーンとミリアの2人では、6体のアイアンゴーレムに勝ったとしても、次の魔物と戦う余力が残るかは疑問だ。


「そういうことか……俺は勝てるかどうかだけを考えていたが。確かに、戦った後のことも当然考えるベきだな」


 結局、6階層は魔物と遭遇しても、戦ったのは半分ぐらいだった。戦闘経験を積むだけなら、俺が毎回参戦して数を調整した方が数をこなせたけど。これからのことを考えれば、今回のことはバーンとミリアにとって、決して無駄にならないだろう。


「アリウス、今日は付き合ってくれてありがとう。あと、せっかく付き合ってくれたのに、私の考えを押し通す形になって……ごめんね」


 ミリアが申し訳なさそうな顔をする。


「いや、気にするなよ。ミリアの考えは間違っていないし。俺がいるときに、撤退する経験をしておきたかったんだろう?」


 撤退するにもリスクが伴うからな。判断を間違えても、俺がいればフォローできる。


「うん、アリウスは何でもお見通しね。現実問題として、私とバーン殿下の2人で6階層に挑んだとしたら、撤退しないと生き残れなかったわ。私が強くなるためには、いろんな状況に備えておかないとって思ったのよ」


「俺も今ならミリアが言いたいことが解るぜ。剣を振っているだけじゃ、強くなれないし。実戦経験を積むにはリスクがある。結局は、実戦の中で生き残った奴が、強くなるってことだろう」


 バーンも解って来たみたいだな。グランブレイド帝国の皇子であるバーンなら、もっと安全に強くなる方法もあるけど。バーンが本気で上を目指すなら、リスクとリターンはセットだから。リスクを負っても生き残れる術を身につける必要がある。


 あとは全然方向性が違うけど。バーンとミリアが本当に強くなるためには、もう1つ必要なことがある。


「あまり偉そうなことを言うつもりはないけど。おまえたちが本気で上を目指すなら、魔力を意識的に操作できるようにならないと。俺も師匠に言われたけど、魔法を憶えるのはあくまでもスタートラインで。威力と精度を上げないと実戦じゃ使い物にならない。まあ、魔力を込めて武器で戦うときも、同じことが言えるけど」


 魔力操作に関しては、ミリアもまだ才能だけで魔力を操っているレベルで。バーンに至っては完全に素人の域だ。


「なあ、アリウス。だったら、魔力操作のコツを教えてくれよ」


「アリウス。魔力を操作できるようになるには、何をしたら良いの?」


 バーンとミリアが飛びつく。二人とも強くなることに貪欲だからな。


「まずは魔法やスキルを発動するときに、魔力の流れを意識することだよ。魔力の流れを認識できるようになったら、次は魔力を意識的に操作するんだ。まあ、口で言うのは簡単だけど。一朝一夕にできるようになるモノじゃないよ」


 バーンもミリアも俺の言葉を真剣に聞いている。


「とにかく毎日魔力が尽きるまで、繰り返し練習するしかない。だけど漫然と練習するだけじゃダメだからな。1つ1つのことを何のためにやるのか、明確に意識してやるんだ。とりあえず、魔力を意識的に操作できるようになるまでやってみろよ」


 グレイとセレナに魔力操作の基本を叩き込まれた頃のことを思い出す。俺は本当に毎日魔力が尽きるまで練習した。今でも俺の魔力操作は完璧には程遠い。魔力操作に限界はないからな。だから結局のところは、どこまで目指すかってことだ。


 バーンとミリアが、どこまでできるようになるかは解らないけど。魔力を意識して操作すれば、魔法もスキルも威力が全然変わるからな。

 とりあえず、2人はこれからしばらく自主練をして。解らないことがあったら、俺に質問するということになった。

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