第60-2話:買い物


 木曜日の放課後。俺はカーネルの街に来ている。


「アリウス……ごめん、待った?」


「いや、ジェシカ。気にするなよ。俺が早く来ただけだから」


 ジェシカと以前に、一緒に買い物に行く約束をしたけど。俺も色々やることがあって、ようやく約束を果たしに来た訳だが――


 いや、正直に言うよ。俺は恋愛に興味ないって、ジェシカにハッキリ言ったから。ちょっと気不味くて、先延ばしにしていた。まあ、あくまでも友だちとして、出掛けるだけの話だけど。


「ねえ、アリウス……その、私の格好……可笑しくない?」


 今日は買い物に出掛けるから当然だけど、ジェシカはいつもの蒼いハーフプレート姿じゃない。Vネックの白いセーターに、少し短めのスカート。

 冒険者ギルドで一緒に夕飯を食べるときも装備を外しているけど。スカートを履いたジェシカは新鮮だな。


「ああ。ジェシカに似合っているよ」


「あ、ありがとう……」


 ジェシカは俯き加減で顔が赤い。


「それで、今日は買い物に行くんだよな。ジェシカは何を買うんだよ?」


「い、色々よ。ねえ、アリウス。今日は晩御飯までは、付き合ってくれるのよね?」


「ああ、そういう約束だからな」


 友だちと買い物に出掛けてメシを食べる。これくらいは問題ないだろう。


「じゃあ……アリウス。早速、行くわよ!」


 俺にとってカーネルの街は、ダンジョン攻略の後に夕飯を食べるだけの場所だけど。

 カーネルの街はクリスタ公国で2番目に大きい街で、商業都市として発展してる。


 ロナウディア王国の王都と比べると、雑然とした感じだけど。俺としてはカーネルの街の方が、何となく落ち着く。


 ジェシカと一緒に、通り沿いにある色々な店に入る。

 ジェシカも毎日高難易度ハイクラスダンジョン『ギュネイの大迷宮』を攻略しているから、ゆっくり買い物をする時間がないんだろう。


「ねえ、アリウス。この服、私にどうかな?」


「動き易そうで、良いんじゃないか」


「このコーヒーカップ、素敵だと思わない?」


「そうだな。飲み易そうだし」


「こっちのフォークとスプーンも可愛いわよね!」


「ああ。ジェシカが気に入ったなら、良いんじゃないか」


 だけど俺と二人で買い物をして楽しいのか? 俺は服や雑貨とか、武器以外のモノに興味がないからな。まあ、ジェシカが楽しそうにしているから構わないけど。何が楽しいのか、俺には良く解らない。


 しばらく買物をして少し休憩しようと、洒落た感じのカフェに入る。ドレスコードがあるような店じゃないけど、客はそれなりに着飾っている。

 ジェシカのイメージだと、ちょっと背伸びした感じだけど。そんなことを言うつもりはない。


 まあ、それは良いとして――


 俺たちが席についた直後。猫耳女子が店に入って来た。眼鏡を掛けて雑に変装しているけど、間違いなくマルシアだ。


 マルシアは俺たちから少し離れた席に座る。ジェシカの後ろ側だから、ジェシカは気づいていないようだな。


「ねえ、アリウス。素敵なお店よね……うん? アリウス、何かあった?」


「いや、何でもないよ」


 ジェシカはマルシアに揶揄からかわれるのが嫌みたいだから。ジェシカが気づくまでは、放置しておくか。今日はジェシカに付き合う約束だから、楽しんで貰わないと。


 だけどマルシアは直ぐに仕掛けて来た。俺とジェシカは、別々に飲み物を頼んだ筈なのに。


「お待たせしました。ドリンクになります」


 運ばれてきたのは大きなグラスに入ったピンク色の飲み物で。ハート型で飲み口が2つあるストローが刺してある。


「え? なんで飲み物が1つなの? それに、このストロー……」


 ジェシカが真っ赤になる。マルシアがニマニマしているし。あいつが勝手にやったんだろう。


「注文が間違っているよ。俺たちが頼んだのはコーヒーとミルクティーだ」


 俺が店員に文句を言うと。


「ですが、あちらのお客様が変更になったと……あれ?」


 店員が指差すと、マルシアがいた筈の席には誰もいない。まあ、飲み物が来たタイミングで隠れたのは知っているけど。


「申し訳ありません。直ぐに用意しますので」


 店員は謝ると、俺たちが頼んだ飲み物を持って来る。


「アリウス、これって……」


「誰かの悪戯じゃないか。気にするなよ」


 ジェシカが訝しそうな顔をしているけど。これくらいなら実害はないし。

 だけど店に迷惑だから、マルシアが差し替えた飲み物の分も払っておいて、後で請求するか。


「なあ、ジェシカ。そう言えば、ジェイクのことだけど。勇者パーティーのクリスが来たときも、アリサたちが来たときも見掛けなかったし。何かあったのか?」


 ジェイクはジェシカたち『白銀の翼』のタンクで。俺と初めて会った頃に、アランと一緒に突っ掛かって来た。アランが真面目になった後は、ジェイクも大人しくなったけど。イマイチ向上心がないと言うか、現状に満足しているのか。上を目指している『白銀の翼』の中で、ちょっと浮いている感じだった。


「アリウスも気づいていたのね。確かにジェイクとは上手く行っていないわ。今直ぐパーティーを抜けるとか、そういう話じゃないけど。ずっと一緒にやっていくのは難しいかも知れないわね」


 これまでもジェシカたちは、ずっと同じメンバーでパーティーを組んでいた訳じゃない。俺がジェシカに最初に会った頃からいるのは、魔法系アタッカーのマイクと、ヒーラーのサラだけだ。


 同じ冒険者だからと言っても、考え方や目指しているモノは、それぞれ違うからな。パーティーのメンバーが入れ替わっても仕方ないだろう。


「そうか。他のメンバーを探すなら言ってくれ。俺も伝手で探してみるから」


「アリウス、ありがとう。だけどその前に、ジェイクともう一度じっくり話してみるわ」

 考えを押し付けても、相手が不幸になるけど。話し合うことで、互いに歩み寄ることができかも知れないからな。


「アリウス、心配してくれてありがとう」


 ジェシカが嬉しそうに微笑む。


 その後も、俺とジェシカは色々な店を見て回った。買った物は俺の『収納庫ストレージ』に入れて運ぶから、幾ら買い物しても問題ない。


「アリウス。私のモノばかり見ていて、ごめんね。退屈しているんじゃない?」


 ジェシカが申し訳なさそうに言う。


「いや、今日はジェシカに付き合う約束だから構わないよ。ジェシカの方こそ、俺と買い物しても楽しくないだろう。俺は服や雑貨に、正直興味がないからな」


「そんなことないわよ! アリウスと一緒に買い物ができて、私は楽しいわ。だけど……そうだ! 今度はアリウスの服を選んであげる。興味がないって言っても、服はあっても困らないでしょう!」


 ジェシカに手を引かれて、俺たちは男物の服の店に入った。

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