第59-2(2)話:約束


「SSS級冒険者カールハインツ・シュタインヘルトは、魔王に寝返ったって話や」


 アリサが告げたことは、俺にとって寝耳に水だった。


「アリサ、どういうことだよ?」


 俺の反応に、アリサは満足そうな顔をする。


「1月くらい前の話やけど。シュタインヘルトは魔族の国ガーティアルに行くと言うて、消息を絶ったんや。だからシュタインヘルトは魔王に挑んで殺されたんじゃないかと、いっとき噂が流れとった」


 魔族の国ガーディアルは、魔族の領域にある魔王が治める国だ。

 魔族は基本的には、氏族単位で生活しているけど。先代魔王が周囲の氏族を纏めて、ガーディアルという国を創った。


 300年前に勇者と魔王が相討ちになった後。ガーディアルはずっと沈黙を守っていたけど。新たな勇者アベルが誕生した直後、ガーディアルの魔族が各地に突然現れて、魔王復活を宣言した。


「だけど最近になって、シュタインヘルトの姿が再び目撃されるようになったんや。しかも魔族と一緒にいるところを見たって話もあって。今度は魔王に寝返ったと噂になっとるで」


 アリサは言うけど、俺はそんな噂を聞いたことがない。

 情報収集は冒険者の基本だからな。俺は金を使って世界中の情報を集めている。だからそんな噂があるなら、俺が知らないのはおかしいだろう。


「アリウスはんが知らないのも、当然やで。魔王に殺されたとか、魔王に寝返ったとか。そんな噂が広まったら、冒険者ギルドの面目が丸潰れやからな。冒険者ギルド本部が躍起になって、揉み消したんや」


 俺の疑念を見透かしたように、アリサが告げる。


「じゃあ、なんでうちが知っとるかって話やけど。うちには冒険者ギルド本部の偉いさんに、知り合いがいるんや。再び姿を現わすようになったシュタインヘルトは、前にも増してアリウスはんを探し回っとるらしいで」


 話としては辻褄が合っているけど、突拍子のない内容だし。裏を取らないことには、俄かに信じられないな。


「勇者アベルの次は、今度は魔王か。アリサは俺に何をさせたいんだよ?」


「アリウスはん、嫌やなあ。さっきも言うたけど、うちはアリウスはんの役に立ちたいだけやで。まあ、信じる信じないは、アリウスはんの勝手やけど。うちが言ったことがホンマだったと、直ぐに解ることになると思うわ」


※ ※ ※ ※


 アリサは何を考えているか、良く解らない奴だし。勇者アベルとシュタインヘルトのことは、とりあえず保留だな。


 直ぐに実害がある訳じゃないし。シュタインヘルトは、勇者パーティーのクリスみたいな暴力馬鹿じゃないから。俺がいないときに来ても問題ないだろう。


「勇者パーティーのアリサ・クスノキ? 勿論、僕も彼女のことは知っているけど……なるほど、そう考えると辻褄が合うね」


 月曜日。朝から学院に行って、アリサのことをエリクに話したら。エリクもアリサが『死の商人』だと疑っているようだな。


 魔王とシュタインヘルトのことは、エリクには伝えていない。イマイチ信憑性のない話だし。シュタインヘルトのことを説明するには、俺がSSS級冒険者のアリウスだとバラす必要があるからだ。まあ、どうせエリクなら気づいているだろうけど。


 午前中の授業は座学だから、いつものように本を読んで過ごす。

 

 昼休みになって学食に行くと。


「「「アリウス様!」」」


 今度もいつものように、女子たちの黄色い声。


「アリウス様。ご一緒して、構いませんか?」


「あら、抜け駆けはズルですわ。アリウス様、私たちのテーブルへ是非!」


 貴族女子たちの遠慮が、どんどんなくなっていくのは、俺が社交界に顔を出すようになって知り合いが増えたことと。剣技大会とか、色々とやらかしているからだろう。


「悪いけど、先約があるんだよ」


 俺は一番奥の広いテーブルに向かう。ソフィアとミリアが他の女子たちと喋りながら、一緒に昼飯を食べているところへ。


「ア、アリウス様! どうぞ、こちらの席に!」


 ソフィアの隣に座っている女子が、慌てて席を空けようとするけど。


「いや、気にしないでくれよ。俺は空いている席に座るから」


 俺が端の方の席に座ると、ミリアとソフィアが料理が乗ったトレイを持って移動してくる。


「アリウスがこっちに来るなんて、めずらしいわね」


「邪魔したみたいで、悪かったな」


「そんなことないわ。アリウス、一緒に食べましょう」


 ミリアとソフィアと、他愛のない話をしながら昼飯を食べる。昨日の今日だけど、二人の様子は、いつもと変わらない感じだ。


「アリウス、ありがとう。貴方は私たちのことを、心配してくれたのよね?」


 ソフィアが嬉しそうに言う。


「まあ。ソフィアとミリアは、俺の友だちだからな。心配するのは当然だろう」


「そういうところ……アリウスはズルいわよ」


 ミリアの顔が赤い。ストレートに言い過ぎたか。


「そう言えば、学院のダンジョンに行く話だけど。バーンはいつでも構わないって話だし、今週の日曜日でどうだ?」


 王家の別荘でバーンと模擬戦をしたときに、2人で学院のダンジョンを攻略する約束をして。その話を聞いていたミリアも一緒に行くことになった。


「アリウス、憶えていてくれたんだ。予定は空いているから、私は日曜日で構わないわよ」


 集合場所と時間を決める。


「もし何かあったら、連絡する必要があるからな。お互いに『伝言メッセージ』を登録しておくか」


「アリウスと『伝言』……ううん、何でもないわよ!」


 ソフィアが、ちょっと羨ましそうな顔をする。一緒にダンジョンに行きたいのか?


「ソフィアも一緒に行くか?」


「アリウス、ありがとう。誘ってくれたのは嬉しいけど、週末は予定があるのよ」


 公爵令嬢のソフィアは派閥の貴族たちや、社交界の付き合いで、何かと忙しいんだろう。


「だったら予定が空いたときにでも、声を掛けてくれよ。都合が合ったら、みんなでダンジョンに行くとか。また一緒に出掛けるのも悪くないし。急に予定が空いたときに、連絡が取れる方が便利だからな。ソフィアとも『伝言』を登録しておくか?」


「確かに、そうよね。連絡が取れた方が便利だわ」


 ソフィアとも、お互いに『伝言』を登録する。ソフィアが嬉しそうなのは、これで時間ができたときに、遊びに行けるからだろう。  


「「「アリウス様とソフィア様が……」」」


 周りの女子たちが、また黄色い声を上げるけど。俺は他の奴がどう思うと構わないし。エリクにはソフィアと『伝言』を登録したことを、後で伝えておけば問題ないだろう。


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