第58-2話:まだ終わらない一日


 諜報部の連中には、交代で仮眠して貰って。みんなで昼飯を食べてから、俺たちは王都へ戻るために出発する。


 『死の商人』が仕掛けて来る可能性もあるし。俺は帰り道も眠らないで、警戒していたけど。結局、王都に着くまで襲われることはなかった。

 まあ、念のために警戒していただけで。予想通りの結果だけど。


 俺たちは馬車でそのまま学院に向かって、解散することにする。襲撃があった訳だし、みんなも疲れているだろう。平然としているのは、エリクとバーンくらいだ。


「じゃあ、俺は帰って寝るよ。みんな、また明日学院でな」


 今回の件で週末の時間を取られたから、明日は授業をサボってダンジョンを攻略したいところだけど。旅行のために金曜日の授業をサボったから、さすがにサボり過ぎだろう。


「アリウス、今回は本当にありがとう。あとの政治的なことは僕に任せてくれるかな」


 エリクがいつもの爽やかな笑みを浮かべる。 ヨルダン公爵は破滅したけど、残された公爵家に関わる人間や、領地や財産をどうするか。事後処理はまだ残っている。だけど、それは俺の仕事じゃないからな。


「アリウス、私からもお礼を言わせて」


 ソフィアが真っ直ぐに俺を見る。


「私たちを守ってくれて、ありがとう。それに無理しないで良いって言ってくれた貴方の言葉が、嬉しかったわ。今日はゆっくり休んでね」


 優しく微笑むソフィアの隣で、ミリアは頬を染めながら。


「そうよ、アリウス……私だって感謝しているんだから。もう襲撃される心配はないんだし、ちゃんと眠りなさいよ」


 面と向かって礼を言うのは恥ずかしいよな。


「2人がそう言ってくれるのは嬉しいけど。俺は自分がやりたいことをして、言いたいことを言っただけだからな」


「だからアリウスは、またそんなことを言って……」


「ホント、アリウスらしいけど」


 みんなと別れて学院の敷地の中を歩く。腹が減っているから、寝る前に何か食べたいんだけど。今日は日曜日だから学食はやっていない。

 寮の夕食の時間にはまだ早いし、街に出て店を探してみるか。そんなことを考えながら学院の門を出ると。


「いやー、こんなところでアリウスはんに会うとは、凄い偶然やな。うちは夢にも思ってへんかったわ」


 真っ赤な爬虫類系の革のローブと、大きな宝石が幾つも付いた首飾り。白い髪と金色の瞳の小柄な女子。勇者パーティーのアリサ・クスノキが目の前にいて、こんな風にわざとらしいことを言った。


 俺の『索敵サーチ』の効果範囲は5km以上あるけど。アリサは突然、目の前に現われた。

 まあ、ネタは解っている。アリサは俺の『索敵』の効果範囲の外から、『短距離転移ディメンジョンムーブ』を連発して移動して来た。


 だけど俺たちが王都に戻ったタイミングで、アリサが現れた理由とか。こっちも訊きたいことがあるし、とりあえず腹が減っているから。アリサと一緒に、適当にメシが食べられる店に入ることにする。


 そこは50歳代の夫婦がやっている小さな食堂で、俺は何度か来たことがある。


「おっちゃん、今日のおすすめは何や?」


 アリサが店に入るなり、店主に話し掛ける。エセ関西弁に、店主は最初戸惑っていたけど。アリサのコミュ力は半端なかった。

 アリサと店主は直ぐに仲良くなって。気がつくと2人分のおすすめ定食と、サービスの肉の串焼きがテーブルに並んでいる。


「それで。アリサ、俺に何の用だよ?」


 メシを食べながら話を訊く。おすすめ定食の皿は1分で空になって、今俺は串焼きを食べているところだ。


「アリウスはんは、食べるのも豪快やな。見ていて気持ちがええわ」


 アリサは俺と向かい合わせじゃなくて、何故か隣に座っている。


「なあ、アリウスはん。ちょっと面倒臭い話と、凄く面倒臭い話があるんやけど。どっちから聞きたい?」


「俺はどっちも聞きたくないよ」


 アリサが来た時点で、面倒な話を持って来たことは解っていたけど。


「まあ、そう言わんといて。聞いておいた方が、アリウスはんのためやで」


 意味深な笑みを浮かべながら、アリサは話し始める。


「まずは、ちょっと面倒臭い話の方や。話を蒸し返すようで悪いけどな、勇者アベルがアリウスはんを連れて来いって、また言っとるのや」


 もうアリサは勇者アベルを『様』付けで呼ぶつもりがないようだな。

 まあ、それは良いけど。他人に訊かれたら、不味いと思っているのか。アリサは俺に顔を近づけて耳元に囁く。だけど、ちょっと近すぎるだろう。


「アリウスはんが勇者パーティーに入る気がないことは解っとるけど。スキルを与える勇者アベルの能力には、アリウスはんも興味あるやろう?」


 この世界のスキルは鍛錬や実戦の中で習得するものなのに、勇者アベルはスキルを他人に与えることができる。


 勇者パーティーのクリスに与えた『勇者の心ブレイブハート』は、バーサーカーのように闘争心を掻き立てて、ステータスを大幅に向上させるスキルだ。

 クリスは元々凶暴な性格だとは思うけど、『勇者の心』を発動したクリスの凶暴さは異常だった。


 俺は勇者と魔王について、情報収集を続けている。

 この世界に300年ぶりに復活した勇者と魔王。魔王はまだ何もしていないのに、勇者アベルは魔王を倒して世界を救うと宣言している。


 だけど勇者アベルに賛同する奴は多いし。幾つも国が魔王を倒すために協力すると表明している。

 この世界の人間と魔族が、長い間争いを続けて来たことが、理由の1つだけど。理由はそれだけじゃないだろう。


「うちは会うだけ会ってみたらええと思うわ。勇者アベルが無理矢理拘束するとか、アホな手段に出たとしても。アリウスはんなら、力づくで対処できるやろう?」


「アリサは俺と勇者アベルを喧嘩させたいのかよ?」


「それも面白いと思うけどな。アリウスはんと喧嘩したら、アベルに勝ち目なんてあらへんからな。うちが全力で止めるわ」


 俺は勇者アベルに会ったことがないから、実力が解らないからな。アリサは何を考えているのか良く解らない奴だし。俺を嵌めようとしているのかも知れないけど。


「なあ、アリサ。おまえは勇者アベルとビジネスとして付き合っているって言っていたけど。勇者アベルを支持する国は、魔族の領域にある利権を狙っているんだろう?」


 魔族の領域には妖精銀ミスリルや天然の魔石など、貴重な資源が眠っているし。魔族の領域にしかいない魔物を倒せば、その素材は高く売れる。


「へー……さすがは、アリウスはんやな。全部お見通しってことか。うちはアリウスはんが、ますます欲しくなったわ」


 アリサは面白がるように笑う。まあ、アリサが欲しいのは俺の力だけど。


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