第56-2話:エリクのやり方


 それから1時間ほどして、別荘周辺の森から武装した集団が姿を現わす。


 数は500人弱で、そのうち騎士は20人ほど。残りは傭兵や冒険者崩れって感じだ。

 エリクに追い詰められヨルダン公爵の元には、騎士が20人しか残っていないってことだ。


 軍勢の先頭に立つのは、金色の髪と口髭を整えた40代半ばの男。豪奢なフルプレートと宝石が散りばめられた長剣。現ヨルダン公爵家当主ビクトル・ヨルダンだ。

 イケメンだった顔は憔悴して、悲壮感を顕わにしている。


「どうやら私はエリク殿下を侮っていたようだ。高レベル『掃除屋スイーパー』たちが、こうもアッサリ倒されるとは……」


 ヨルダン公爵の隣には、息子のキース・ヨルダンが立つ。


「父上、まだ我々は負けていません。相手の戦力は、わずか20人ほどと報告を受けていまする。数で押し切れば、我々の勝利は――」


 キースの言葉が途切れたのは、爆発音に掻き消されたからだ。

 第10階層魔法『流星雨メテオレイン』が軍勢に直撃して、多数の襲撃者たちの身体が吹き飛ぶ。


「ヨルダン公爵、敵襲です!」


 騎士の1人が慌てて叫ぶ。


「解っておる! 前方の建物からの攻撃か?」


「いえ。それがどこから攻撃されたのか――」


 だけど、これは始まりに過ぎなかった。多数の範囲攻撃魔法が降り注ぎ、500人の襲撃者たちが次々と倒れて行く。


 まあ、当然だけど。こっちだも襲撃者たちが別荘に迫るまで待ったりはしない。

 奴らの動きは『索敵サーチ』で捉えていたからな。『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』で姿を隠していた諜報部の連中が待ち伏せしていて、先制攻撃を仕掛けたんだよ。


 ヨルダン公爵が高レベル『掃除屋』たちを雇ったという情報を、エリクは掴んでしたから。俺の父親のダリウスに依頼して、諜報部でもトップクラスのメンバーを動員した。


 そいつらは今回の同行を俺が断っていたとしても、高レベル『掃除屋』たちを殲滅できるだけの実力がある。エリクは決して俺に頼り切ったりはしない。そういう奴なんだよ。

『僕に言わせて貰えば、ヨルダン公爵は脇が甘いんだよ』


 エリクの声が戦場に響く。『通話トーク』と『拡声ラウドボイス』を併用して、別荘の城壁の上に立つエリクの声を届けているからだ。


『喧嘩を売るなら、相手に一切悟らせない完璧な策を講じるか。そうでなければ、初めから全力で叩き潰すべきだね』


「エリク、貴様……」


 キースが悔しそうに奥歯を噛み締めるけど。エリクが喋っている間も、範囲攻撃魔法による攻撃続いていて。甚大な被害を受けた襲撃者たちは、すでに戦意を失っていて。生き残った者たちが我先にと敗走して行く。


 だけど自分に喧嘩を売った連中を、逃がすほどエリクは甘くなかった。諜報部の別動隊が退路に回り込んで、敗走する襲撃者たちの命を刈り取る。

 ヨルダン公爵とキース、そして周りの騎士たちが生き残っているのは、エリクの指示によるものだ。


「父上、我々はどうすれば……」


「キース。まだ負けていないと、おまえが言ったのだろう。エリク殿下は私たちを逃がすつもりはないようだ。ならば生きている限り、戦うまでだ」


 ヨルダン公爵は覚悟を決めたんだろう。騎士たちを引き連れて、王家の別荘へと向かっていく。


 エリクは無防備に城壁の上に立っている。ヨルダン公爵を挑発するように。

 勿論、無防備に見えるだけで。ヨルダン公爵が何かしたところで、傷一つ追わないように全て対策済みだ。


「エリク殿下。私も殿下の恐ろしさが、ようやく解った気がするよ。さすがはアルベルト陛下の嫡子。陛下に良く似ている」


 ヨルダン公爵は一瞬だけ懐かしむような笑みを浮かべる。だけど直ぐに真顔になって、エリクを睨みつけた。


「だが、私はまだ終わりじゃない。エリク殿下……いや、エリク! 貴様だけはヨルダン公爵家とともに滅んで貰おう!」


 騎士たちが『火焔球ファイヤーボール』と『雷撃ライトニングボルト』をエリクに向けて放つと。『反撃魔法カウンターマジック』が発動して、魔法を放った騎士たちが吹き飛ぶ。


 ヨルダン公爵の騎士はそれなりにレベルが高いから、これだけじゃ死なないけど。エリクを攻撃した時点でアウトだ。諜報部の連中が攻撃した騎士を、確実に仕留める。


 騎士たちが倒れて行く中で、キースは青ざめた顔をしているけど。ヨルダン公爵はずっとエリクを睨んでいる。


「最後まで抗おうという姿勢だけは、認めてあげるよ。だけどここまで来ると、悪足掻きに過ぎないけどね――さようなら、ヨルダン公爵」


 ヨルダン公爵とキースの首が同時に飛ぶ。騎士たちもすでに全滅していて、襲撃者たちは誰一人生き残っていない。


「エリク殿下、作戦完了です。後始末は我々にお任せください」


 ヨルダン公爵の首を刎ねたことで、『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』が自動的に解除されて。灰色の髪をオールバックにした20代後半の男が姿を現わす。

 王国諜報部第3課課長レオン・グラハム。俺の父親のダリウスの腹心の部下で、今回参加した諜報部の連中を束ねる指揮官だ。


 みんなは安全のために護衛と一緒に建物の中にいたけど。戦いが終わったことを知って外に出て来た。


「さすがはエリク殿下だな。完璧な勝利じゃないか」


 バーンが感心している。大量の死体を見ても全然動揺していないのは、さすがはグランブレイド帝国の皇子ってところか。

 他のみんなには、わざわざ死体を見ることはないからと。後片付けが終わるまで別荘の城壁の内側にいるように勧めたけど。


「これが本物の戦いってことだな……」


 ジークは青ざめた顔で、城壁の上から死体が転がる戦場を見つめる。

 一緒に行くと言い張った婚約者のサーシャは、死体を見た瞬間に気を失ってジークに抱き抱えられている。

 ジークは結局、自分は何もできなかっと言うだろう。だけど俺は決してそうは思わない。


 マルスも城壁に上がって来て、無言で外の光景を見ている。マルスが何を考えているのか、俺には解らないけど。


「エリク殿下、おめでとうございます」


 ソフィアは毅然とした態度で、笑みを浮かべる。少し震えているし、無理して笑っているのが解るけど。ソフィアにはエリクの婚約者としての覚悟があるんだろう。


「ソフィア……私、なんて言ったら良いのか……」


 ミリアもこうなることを覚悟していた筈だけど、ショックを受けているのは仕方ないだろう。それでもソフィアを支えたいと、ソフィアの手を握りる。


「ありがとう、ミリア。だけど私は大丈夫だから」


 無理して笑うソフィアを見ても、ソフィアの覚悟を考えたら、無理をするなとは言えないよな。


「みんな、最後まで付き合わせて悪かったね」


 エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「これは全部僕がやったことだから。僕のことを怖がっても、軽蔑しても構わないよ。僕は自分がしたことを全部背負って生きて行くつもりだからね」


 反国王派の貴族たちを一掃すること。ヨルダン公爵を破滅させたことで、エリクは目的を粗方果たしたけど。

 エリクにとって、これは将来のロナウディア王国国王になるための布石の一つに過ぎないだろう。


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