第53-2(2)話:ジーク・スタリオン
バーンとの模擬戦を終えた後。
「なあ、バーン。鍛錬をして基本ができて来たら、今度一緒に学院のダンジョンに行くか? ダンジョン実習以外でも申請すれば入れる筈だからな。学院のダンジョンの完全攻略を、当面の目標にするってのはどうだよ?」
そうは言っても、バーンはストイックに鍛錬を続けるような性格じゃないから。すぐにでも実戦で成果を試したいだろう。
バーンはグランブレイド帝国でも、ダンジョンに行っていたみたいだし。目標がある方が、鍛錬に身も入るからな。
「アリウス……俺のために、ダンジョンに付き合ってくれるのか!」
バーンが俺に抱きつこうとする。暑苦しいから、当然避けたけど。
「まあ、俺にもやることがあるから。たまになら付き合うよ。だけど生半可な実力じゃ、ダンジョンは攻略できないからな。徹底的に鍛錬しろよ」
「ああ。勿論、解っているぜ。親友のアリウスと一緒に戦えるんだ。足を引っ張らないように、徹底的に鍛えるからな」
「ねえ、アリウス。バーン殿下と一緒にダンジョンに行くって聞こえたんだけど」
ミリアが窓から身を乗り出して、いきなり割り込んで来る。
俺たちが模擬戦をしていたのは別荘の中庭で。ミリアたち女子が集まってお喋りをしてる部屋から、丸見えなのは知ってたけど。
「そのときは、私も一緒に連れて行ってくれないかな? 私も強くなりたいのよ」
ミリアは遠慮がちに言う。もっとグイグイ来ると思ったけど。
「そうだな。ミリアも一緒に行くか。強くなりたいなら、俺は応援するからな」
「うん! アリウス、ありがとう!」
ミリアが嬉しそうに笑う。本当に強くなりたいんだな。ちょっと顔が赤いけど、貪欲に強くなりたいと思うことは、恥ずかしいことじゃないからな。
ソフィアが羨ましそうな顔をしているけど。ソフィアも強くなりたいのか? だったら協力するけど。
まあ、まずはヨルダン公爵の襲撃に備えるのが先だ。
諜報部の連中がブラストを尋問したけど。ブラストは俺たちを襲撃する仕事を請けただけで、他の情報は持っていなかった。
エリクが言ったように、裏で動いている『死の商人』って奴は用心深いようだな。ブラストのことは、初めから捨て駒にするつもりだったんだろう。
まあ、ブラストの情報に期待していた訳じゃないし。俺はやることをやるだけだ。
襲撃する側はタイミングを計って仕掛けて来るけど、こっちは常に襲撃に備えておく必要がある。そういう点では、向こうの方が有利だ。だからと言って寝ないで待つとか。そんなことをすれば消耗して、相手の思う壺だ。
夜の見張りは、エリクの護衛と諜報部の連中が交代で行う。
諜報部の連中は、外では『
寝ないで待つと消耗すると言ったけど。俺は2日くらい眠らなくても問題ないから、ずっと起きているつもりだ。
俺は『
最悪の状況を想定して準備をしているから、みんなを守るだけなら問題ないだろう。だけどエリクの目的は、ヨルダン公爵を徹底的に潰すことだからな。
『僕はヨルダン公爵本人が襲撃に参加すると思うよ。彼はそういう人だからね』
エリクがそんなことを言ってたけど。ヨルダン公爵は完全に追い詰められているようだし。エリクの掌の上で踊らされているな。問題は裏にいる『死の商人』の方か。
『死の商人』は金で動いているだけだから、ヨルダン公爵が破滅すれば手を引くだろうけど。他に目的がある可能性もゼロじゃないし。とにかく油断しないことだな。
旅行1日目は、別荘の周囲を散策しただけで。あとは自由時間だ。
この世界の旅行は、前世のように観光スポットを詰め込むようなことはなくて。ゆっくりとした時間を楽しむ感じだ。
ソフィアたち女子3人は馬車の中と同じように、一緒の部屋に集まって楽しそうに喋っている。
バーンは模擬戦の後も、2人の護衛を相手に鍛錬している。
エリクは1人で部屋で読書。まあ、それは表向きで。護衛たちや諜報部の連中と『
ジークは2人の護衛を連れて、別荘の管理人のジェフリーと、警備について打ち合わせをしている。ジークもエリクに言われたように、王家の人間の務めとして、自分にできることをやろうとしてるようだな。
ジェフリーとの打ち合わせを終えて、広間のソファー座るジークに声を掛ける。
「ジーク。頑張るのは良いけど、あまり片肘を張るなよ。いざというときは、落ち着いている奴が勝つからな」
「アリウス……おまえは本当に落ち着いているな。実力も踏んできた場数も、俺と兄貴じゃ全然違うことは解るが……」
ジークは不安を気持ちを我慢するように、顔を上げる。そう言えばジークと2人で話すのは初めてだな。
「偉そうなことを言うつもりはないけど。ジークはエリクの弟である前に、ジークという1人の人間だよな。エリクみたいにとか、考えるんじゃなくて。大事なのはジークが何をしたいかだろう」
「アリウス……」
ジークが俺を真っ直ぐに見る。それでも自信がないのか、瞳が揺れている。
「ジーク、おまえはサーシャを守りたいんだろう。みんなのことだって、守りたいと思っている。だけどエリクみたいに上手くやれる自信がない。
だったら努力するしかないけど、今できることをやることも大切だと思うよ。そうしないと後悔すると思うし。自分がやれることをやった積み重ねが、先に繋がるからな」
別に気休めを言うつもりはない。俺だって初めから上手くやれた訳じゃないからな。これは俺が経験してきたことだ。
まあ、俺は転生者だから、ジークよりも倍以上長い経験がある。そういう意味では、ズルをしていることになるけど。
「そうだな……俺も兄貴の真似じゃなくて、自分がやりたいことを、やれることをやってみるか。アリウス、その……ありがとうな」
ジークが照れ隠しに頬を掻く。
ミリアも言っていたけど、ジークは悪ぶっているだけで。本当は素直で良い奴だよな。
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