第53-2(3)話:マルス・パトリエ


 ジークのことは、とりあえず、大丈夫だろう。

 まあ、一番心配と言うか。問題なのはマルスだけど。


 マルスはブラストの襲撃の後も、馬車の中でずっと青い顔をしていた。強引に連れて来られて、絶望している人質って感じだな。


 別荘で宛がわれた2階の部屋。マルスはバルコニーで椅子に座って黄昏ている。

 部屋のドアは開けっぱなしで、俺が入って来たことに気づいていない。


 正直、俺がマルスに肩入れする理由はないし。このまま邪魔をしないなら、放置しておいて問題ないけど。


「なあ、マルス。おまえが自分の意志で来た訳じゃないことは解るけど。このまま何もしないと、馬鹿を見るのはおまえじゃないのか?」


 エリクが相手にしているのはマルスじゃなくて、父親のルイス・パトリエ枢機卿だ。

 ゲームと違って、マルスはエリクに完敗しているから。ルイス枢機卿はマルスを半ば見限っているという噂だ。


 だから今回マルスを同行させた理由は、ルイス枢機卿とっては、マルスに起死回生の活躍をする最後のチャンスを与えること。エリクにとっては、マルスを人質にして、教会勢力の協力を得ること。お互いの利害が一致したってところか。


 つまりマルスがこのまま何もしなければ、ルイス枢機卿に完全に見限られて終わり。

 ルイス枢機卿に他に子供はいないけど、教会勢力は血を重視しないから。必要なら養子を取れば問題ないだろう。


「アリウス……君は何を言っているのかな? ボクには意味が解らないよ」


 誤魔化そうとしているのが見え見えだ。だから挑発してやる。


「まあ、俺はマルスがどうなろうと関係ないからな。現実から目を逸らすなら、勝手にしろよ」


「何を勝手なことを……君にボクの何が解るって言うんだよ!」


 マルスは思わず大声で叫ぶ。


「そうだな。俺にはマルスが何を考えているか解らないし。余計なお世話なのも解っている。だけど諦める前に、おまえはまだやれることがあるだろう」


 自分でもお節介だと思う。だけど俺は子供の頃から、腹黒いマルスを知っているからな。今のこいつを見ていると歯痒いんだよ。


「ボクにやれることって……ボクにはエリク殿下のように人を上手く操る力がないし。アリウスのように強い訳でもない。その上、護衛の1人もいないのに……ボクに何ができるって言うんだよ……」


 マルスは俯きながら涙を流す。これじゃ、完全に子供の理屈だな――だんだん、ムカついて来た。

 俺はマルスの襟首を掴んで、無理矢理立たせる。


「な、何をするんだ! ア、アリウス……ボ、ボクを殴るつもり?」


 怯えるマルスを睨みつける。こいつ、本当に何をやっているんだよ。


「おい、腹黒マルス。おまえは性格が悪い癖に、光属性魔法が得意だろう。回復魔法が戦場で必要なことくらい、解っているよな? それでも何もしないなら、勝手にしろよ!」


 放り投げるように手を放して、マルスの部屋を出て行く。これ以上ここいると、殴ってしまいそうだからな。


「アリウスは本当にお節介よね」


 部屋を出ると廊下に、ミリアとソフィアがいた。マルスの声が聞こえて、様子を見に来たってところだろう。


「そこがアリウスの良いところだけど」


「買い被るなよ。俺の勝手な八つ当たりだ」


 ジークは自分で頑張ろうとしているから、応援したいと思った。だけどマルスは何もしないから、ムカついただけだ。


「それでもアリウスは、マルス卿を何とかしたいのよね。別に放っておいても、アリウスの責任じゃないのに。アリウスは優しいから」


 ミリアが困ったような顔をする。


「だから俺は八つ当たりしただけだって」


「そうね、アリウス。そういうことにしておくわ」


 ソフィアが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あとりあえず、夕食まで一緒にお喋りしない? 少しくらいは私たちに付き合っても良いわよね」


 女子たちがお喋りしていた部屋に行く。サーシャはジークの手伝いをすると言って、ジークのところに行ったそうだ。


 ソフィアが3人分の紅茶を入れて、ミリアがクッキーを出してくれる。チョコチップが入ったクッキーが美味い。


「このクッキー、私が焼いたんだけど……どう?」


「ああ、美味いよ。ミリアは料理が上手なんだな」


「クッキーくらいで、何を言っているのよ。まあ、料理にはそれなりに自信があるけど」


「本当に、ミリアが作ってくれるお菓子は美味しいわ。私も見習わないと」


 ミリアとソフィアと話していると、これからヨルダン公爵が襲撃して来るとは、とても思えない。本当に2人とも度胸があるよな。


「今日もドラゴンが襲撃して来たし。これから大きな戦いが始まることは、解っていわ。私だって怖くない訳じゃないけど。アリウスが守ってくれるから」


 俺が考えていることを見透かすように、ミリアが言う。


「そうね。アリウスがいるから安心できるわ。だけど、これはエリク殿下の戦いだから。エリク殿下もアリウスに任せきりにするつもりはないわ。だから私も婚約者として、少しでもエリク殿下の役に立ちたいのよ」


 ソフィアが毅然と言う。戦いに挑む覚悟を決めている感じだな。


「じゃあ、私はソフィアの役に立ちたいわ。一番の友だちとしてね」


「ミリア、ありがとう。頼りにしているわ」

 ソフィアもミリアも、普通に旅行を楽しんでいるけど。決して遊び気分で参加した訳じゃないんだな。


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