第46-2(10)話:襲撃者


※三人称視点※


「ようやく指示が来たか。このまま無駄足になるかと思ったぜ」


 国際指名手配中の掃除人スイーパーザック・トリガーは、匿名の『伝言メッセージ』を受け取って呟く。


 ザックは『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』を発動して、ロナウディア王国の王都に潜入した。


 用心深いザックは自身の魔力も巧妙に隠しており。『索敵サーチ』を発動して、相手がザックの存在に気づいたとしても、只の一般人だと思うだろう。


 ザックは『認識阻害』と『透明化』を発動したまま、『収納庫ストレージ』から細長い鉄の塊といった形状の魔道具を取り出す。


 全長2m以上ある黒光りする魔道具は、魔銃と呼ばれる魔力の塊を射出する武器だ。

 魔銃のおかげでザックは長年、一流の掃除人として仕事を続けることができたから。もはや魔銃はザックの相棒と言える存在だ。


 『飛行フライ』を発動して上空へ飛び上がると、ザックは魔銃のスコープを覗き込んで狙いを定める。標的はロナウディア王国第1王子エリク・スタリオンだ。


 ここからエリクがいる学院の試合場まで、直線距離で3km以上あるが。魔力の弾丸を放

つために風の影響を受けない魔銃なら、有効射程距離の範囲だ。

 標的までの距離が長いほど魔銃の威力は落ちるが。ザックの魔力なら、この距離でもA級冒険者クラスなら余裕で殺せる。


 『伝言』で指示を受けてから、ザックが標的に狙いを定めるまで約2分。迅速に行動することが標的を確実に仕留めるためにも、仕事を終えた後に逃亡するためにも必要だと、ザックは良く心得ている。


 今回も楽な仕事だったと思いながら、ザックは魔銃に魔力を込めて、引き金を引いた。


※ ※ ※ ※


 空から物凄いスピードで飛来した魔力の塊が、エリクに襲い掛る。

 音速を余裕で超える速度。放電現象を起こす魔力の弾丸が直撃したら、エリクのHPは持たないだろう。だけど――させるかよ。


 俺は最大加速でエリクを庇うように移動。2本剣で魔力の弾丸を粉砕する。

 一瞬の出来事に反応できたのは、わずかな人数だけど。その中にエリク自身と、隠れていた諜報部の連中が含まれる。


 エリクは咄嗟に『短距離転移ディメンジョンムーブ』を発動して、魔力の弾丸の射線を躱して。エリクがいた場所には、諜報部の連中が放った防御魔法が何重にも張られている。

 ここには父親のダリウスもいるし。これなら俺がいなくても問題ないだろう。


 最大加速のまま『認識阻害』と『透明化』を発動して、魔力の弾丸が飛来した方向へ空を駆け抜ける。『短距離転移』を使った方が速いけど、転移すると一瞬でも射線を遮るものがなくなるからな。


 魔力の弾丸が飛来する直前。半径5km以上の効果範囲がある俺の『索敵サーチ』が、突然強い魔力を放つ奴を捉えた。

 襲撃があることは予想していたけど。そいつは3km以上の距離から、いきなり攻撃してきた。


 数秒で襲撃者がいた場所に辿り着く。『索敵』の反応で解っていたけど、襲撃者の姿はすでにない。

 『転移魔法テレポート』を使って逃げていたら、お手上げだけど。襲撃者の魔力が突然『索敵』に反応したことから、相手が魔力を隠すことに長けていることは解っている。


 俺やグレイやセレナのように『転移魔法』と、身を隠す手段を両方使いこなすのは少数派だ。それだけ習得に時間が掛かるからな。戦闘系のスキルや魔法を磨く時間を削ってまで、両方習得する奴は先ずいない。


 俺よりレベルが低い奴の『認識阻害』と『透明化』は見破れるし。そいつの魔力を『索敵』で捉えたからな。魔力を上手く隠したとしても、魔力の色・・・・は誤魔化せない。

 『索敵』のレベルを極限まで上げれば、魔力の強さだけじゃなくて。個々の魔力が持つ微妙な色の違いも、解るようになるんだよ。


 襲撃者はエリクを狙った場所から2kmほどの場所に移動していた。攻撃すると『認識阻害』と『透明化』は自動的に解除されるけど、再び発動して。魔力も巧妙に隠している。

 こいつは、このまま王都から逃亡するつもりだろう。


 襲撃者に近づいても、相手は俺の存在に気づいていない。俺は姿を隠したまま、手刀で意識を刈り取る。


「上手くやったつもりみたいだけど、残念だったな」


 こいつはエリクを殺そうとしたけど、生きた証拠だから殺すつもりはない。俺は襲撃者を担いで学院に戻る。


 試合場に戻ると、教師たちが生徒を安全な屋内に避難させようと誘導していた。

 来賓席のアルベルト国王と貴族たちは護衛に守られて、その場に留まっている。来賓席は魔道具による結界で守られているから、下手に動かない方が安全だという判断だろう。

 試合場に残っているのは諜報部の連中と、それを指揮する父親のダリウスとエリクだ。

 諜報部の一部の連中は、今でもエリクの配下に置かれていて。ここにいるのは全員エリクの配下だ。


 男を担いで戻って来た俺に、父親のダリウスとエリクが駆け寄る。


「アリウス、そいつが襲撃犯か?」


「ああ、父さん。他に魔力の強い奴はいなかったから、たぶん単独犯だな」


 貴賓席のヨルダン公爵の様子を窺うけど、特に反応はない。まあ、そこまで間抜けじゃないか。


「自白させるのは諜報部に任せるよ。とりあず、もう安全だとみんなに伝えてくれないか」


 ダリウスは貴賓席のアルベルト国王に、状況を伝えに行く。


「さすがはアリウスだね。諜報部の人間も、空中に現われた襲撃者に気づいたけど。直ぐに姿を消したから見失ったんだよ」


 エリクも襲撃者の動きを掴んでいたってことだな。襲撃を警戒して、諜報部の連中を街中にも配置していたんだろう。


「それにしても間一髪だったね。アリウスのおかげで助かったよ。本当にありがとう」


 エリクがいつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「エリクなら自分でどうにかしたと思うけど。実際に『短距離転移』で躱していたし」


「あれは君が声を掛けてくれたから、反応できたんだよ」


「まあ、そういうことにしておくか。とにかく、エリクが無事で良かったよ」


 父親のダリウスがアルベルト国王に報告したことで、学院の教師や生徒たちにも襲撃犯が捕まったことが伝わって。緊張した空気が弛緩していく。

 だけど一応、しばらくは警戒態勢を解かずに。諜報部の連中と教師たちが学院の警護に当たるみたいだな。

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