第286話:ガルシアの来訪
今、俺は
魔物たちが放つ無数の集束した魔力の塊が、空間を埋め尽くす。
『
それでも俺は魔力を躱し続けながら、1,000体を超える魔物たちを次々と仕留めて行く。
「何故、当たらぬ? ノータイムで、これだけの数の攻撃をしているのだぞ!」
205階層の階層ボスは、エーテル体の魔神ガザベル。
ダンジョンの魔物だから本物の魔神じゃないけど、ガザベルの能力は魔界にいる本物の魔神たちを超える。
「思考する時間があるから、ノータイムじゃないだろう。思考時間と魔力が到達するまでの時間があれば躱せるよ」
世界迷宮で戦っていると、時間が引き延ばされたように感じる。100分の1秒単位で攻撃と回避を繰り返す。
思考速度が上がっているからなのは解るけど。今の俺なら加速した思考に、反応速度が追いついているし。魔力自体の速度も、世界迷宮の魔物たちよりも俺の方が速いからな。
俺はグレイとセレナと3人で、すでに242階層まで攻略しているから。ソロでも205階層ならノーダメージで攻略できるか。
ダメージを受ける前提で戦えば、もっと早く攻略できるけど。攻略済みの階層だからダメージを計算できるだけで。雑な戦い方が癖になると不味いからな。
俺は全ての攻撃を躱し続けながら、1,000体以上の魔物と、魔神ガザベルを殲滅した。
※ ※ ※ ※
「人間の中にも面白い奴がいることは知っていたが。ガルシア、おまえは俺の方が強いことが解っているのに全然動じない。なかなか面白い奴だな」
「バトリオさん、ありがとうございます。私は魔族の方と話したのは初めてですが。貴方のように実直で話が解る方は、非常に好ましいですよ」
魔族の|流浪者(はぐれもの)バトリオ・イエガーと、世界一の規模を誇るロレック商会のガルシア・ロレックが親しげに話をする。
ガルシアと奥さんのミランダが、約束通りに『
ガルシアとミランダは『自由の国』の街の様子が見たいと言うから。みんなと一緒に2人を案内する。
今の『自由の国』の人口は約5,000人で、人口のほんどが街に集中している。そのうち魔族は300人くらいだ。
人間と魔族が共存する国と言うにはバランスが悪いけど。人間の方は、魔族との取引が目当ての商人や護衛。そいつらを相手に街で仕事をしようって奴が、それなりに集まって来る。
だけど魔族が『自由の国』に移住するメリットは、イマイチ明確じゃないからな。
魔族との取引が進んだことで、人間が作る酒やその他の嗜好品、装飾品などが魔族たちに浸透した。人間と取引するメリットを、魔族たちも感じているようだけど。人間と同じ街で一緒に暮らすとなると、まだハードルが高いみたいだな。
それでも魔族の方から、魔物の素材を『自由の国』に少しずつ持ち込むようになったし。自分の意志で『自由の国』に来る魔族は確実に増えている。
まあ、その分トラブルも増えているけど。アリサたちが目を光らせているから、殺し合いになるような事態は起きていない。
「せっかく『自由の国』に来たんだから。魔族の人と一緒に食事がしたいわね」
ガルシアの奥さんのミランダは、ガルシア以上に魔族に対する考えが柔軟だからな。ミランダの希望で、みんなと一緒に魔族たちが集まる酒場に行くことにした。
たぶん外国で同じ国の人間が、同じ場所に集まる感覚と同じで。『大鷲亭』の客の半分以上は魔族だ。
『大鷲亭』に魔族が集まる理由は、魔族にはめずらしい料理人が『大鷲亭』を経営していて。人間の料理と魔族の料理の両方を出すからだ。
「ボルガ、8人だけど。席は空いているよな?」
「アリウス陛下、話は聞いているが。本当にうちで飯を食うのか? 俺が作る魔族の料理は、人間の口に合う物じゃないし。ここは客を連れて来るような上等な
店じゃないぞ」
『大鷲亭』の主人、魔族の料理人ボルガは困ったような顔で言う。
確かに魔族の料理は、塩だけのシンプルな味付けの物が多い。大抵の魔族は料理に拘りがないからだ。
魔族の国ガーディアルには、魔王アラニスのために専属の料理人がいるけど。魔族は基本的に全員が戦士で、料理人という職業は存在しない。
「客の方が魔族の料理を食べたいって言っているし。おまえたちと話がしたいみたいだからな。らしいから。今日は魔族の料理だけ出してくれるか」
店の中に入ると、20人ほどが酒を飲んでいて。ほとんどが魔族だけど、人間も数人いる。
「アリウス陛下、久しぶりだな」
「陛下の奥さんたちも、しばらく見なかったが。元気そうじゃないか」
魔族たちが気楽に話し掛けてくる。魔族たちと交流を持つために、俺たちは『大鷲亭』や、他の魔族が集まる店に通っている。
「ああ。ちょっと忙しかったから、しばらく来れなかったけど。今日は客を連れて来たから、皆に紹介するよ」
俺が促すと、ガルシアとミランダが魔族たちの前に進み出る。
「皆さん、初めまして。私はガルシア・ロレック、隣りにいるのが妻のミランダです。今日は魔族の皆さんと話がしたくて、アリウスにお願いしてこの店に来ました。よろしければ、皆さんに酒を奢らせてください」
ガルシアは笑みを浮かながら、魔族たちの反応を探る。とりあえず、悪い反応じゃないみたいだな。
ガルシアとミランダはカウンターで、酒が入ったジョッキを受けとると。魔族たちの席に酒を運んでいく。
「ガルシアです。よろしくお願いします。貴方の名前を訊いても構いませんか?」
「……ああ。俺はギャラックだ」
まさか自分で酒を運んで来るとは、魔族たちも思っていなかったみたいで。ちょっと戸惑っているけど。ガルシアとミランダは魔族の1人1人に酒を渡しながら話し掛ける。
魔族たちと乾杯して、食事が始まると。ガルシアとミランダは直ぐに魔族たちと打ち解けた。
同じテーブルで一緒に酒を飲みながら、魔族の料理や文化について話をしている。
「さすがはガルシアさんとミランダさんね。初めて魔族に会った筈なのに、偏見なんて一切なくて。すっかり溶け込んでいるわね」
エリスが感心している。
「ああ。もう少しフォローするつもりだったけど。その必要はないみたいだな」
俺たちは普通に魔族と一緒にメシを食べるけど。他の人間が同じようにするとは、正直、思っていなかったからな。
みんなもガルシアとミランダと一緒に、魔族たちと喋りながら、食事を楽しんでいる。
全ての魔族たちと、こんな風に一緒に酒が飲める筈だとか。俺はそこまで楽観的じゃないけど。
とりあえず、今日はガルシアとミランダに来て貰って、本当に良かったと思うよ。
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