第285話:姉妹
俺はキシリア王女と一緒に、王宮の広間を後にする。ここで話をすると、ロドニー国王が余計な口出しをしそうだからな。
移動した先はキシリア王女の私室で。何故か妹のエルザ王女まで、一緒について来た。
俺は長椅子に座って、対面にキシリア王女とエルザ王女が並んで座る。
侍女がお茶を入れて退室すると。キシリア王女が
「アリウス陛下、改めまして。マバール王国第2王女のキシリア・マバールです。ローアン地方の民をアンデッドから救って頂き、本当にありがとうございました」
キシリア王女は深々と頭を下げる。エルザ王女も立ち上がって、一緒に頭を下げる。
「アリウス陛下が言われたように、東方教会の圧力に負けてローアン地方を切り捨てた父は国王として失格です。そして父を止められなかった私たちも同罪……
アリウス陛下がアンデッドの軍勢を倒してくれなければ、ローアン地方の民だけではなく、もっとたくさんの犠牲者が出ていたでしょう。
愚かな選択をした私たちの尻拭いを、アリウス陛下にさせることになってしまいましたが……本当に、本当に、ありがとうございました!」
キシリア王女は体裁とか損得とか、そんなモノは関係なしで、本気で言っていることは解る。
「キシリア、エリザ、頭を上げろよ。そもそも前提条件が間違っているだろう。アンデッドを倒したのは俺じゃないからな」
俺がしたことは完全に内政干渉だからな。アンデッドを殲滅したことを素直に認めると、面倒なことになる。
「はい。アリウス陛下の事情は、私も理解しています。それでも私はローアン地方を救ってくれた
キシリア王女は完全に俺がやったと思っているな。
「もし俺がローアン地方を救った誰かって奴に会ったら、キシリアの気持ちを伝えておくよ。だからそれくらいにして、とりあえず座れよ」
「アリウス陛下、ありがとうございます!」
キシリア王女は顔を上げると、尊敬するような視線を俺に向ける。エルザ王女も俺の顔をじっと見て、2人がソファーに座る。
「私がアリウス陛下に会うのは、実はこれが初めてじゃないんです。私はマバール王国を飛び出して、冒険者をしていました。アリウス陛下は3年くらい前に、アドミラル連邦共和国で起きたスタンピードを殲滅していますよね。私もそのときに冒険者として、戦いに参加しているんですよ。たくさんいた冒険者の中の1人ですか、アリウス陛下は憶えていないと思いますけど」
「いや、キシリアのことは憶えているよ。クーベルの街で挨拶したよな」
3年前のアドミラル連邦共和国で起きたスタンピードは、辺境の奥地から『神獣』が出て来たことが原因で。当時SSS級冒険者だった『狂犬』デュランが冒険者ギルドから依頼を請けて、色々とやらかして。結局、俺とグレイとセレナ、そしてエイジが動くことになった。
冒険者ギルドは他の冒険者にも、街を防衛する依頼を出していて。依頼を請けた冒険者の中に、キシリア王女がいた。当時は王女だってことは知らなかったけど。
「私のことを憶えていてくれたんですね……」
キシリア王女の顔がパッと明るくなる。『
キシリア王女のレベルなら、俺とロドニー国王の会話を魔法で盗聴するくらいは余裕だろう。マバール王国のセキュリティが甘いのもあるけど。
「アリウス陛下がスタンピードを殲滅するところを、私は実際に見ていませんが。同じSSS級冒険者のグレイさんとセレナさんと、あともう1人の冒険者と、たった4人で殲滅したんですよね」
エイジは死んだことになっているから、名乗らなかったけど。スタンピードに対処したのは俺たち4人だ。
キシリア王女は、俺たちが4人でスタンピードを殲滅したことを知っているから。今回のアンデッドの軍勢も
「なあ、キシリア。おまえが言いたいことは解ったけど。おまえは何で冒険者を辞めて、マバール王国に帰って来たんだよ?」
「私は……政略結婚が嫌で、マバール王国を飛び出したんですけど。妹たちに自分の責任を押しつけることになることは、解っていましたから。ずっと気にしていたんです」
キシリア王女は申し訳なさそうな顔で、妹のエルザ王女を見る。
「私はもう22歳で、政略結婚するような年齢じゃありませんし。もし父が無理矢理結婚させようとしても抵抗します。父が妹たちを政略結婚の道具として不幸にするようなら、私が間に立って守ろうと思って。マバール王国に戻って来たんです」
キシリア王女の言葉に、隣りに座るエルザ王女が溜息をつく。
「キシリアお姉様は……お父様の言葉を無視して、冒険者として1人で生きることができるだけの力があるから。私の気持ちなんて、解らないんですよ」
「え……エルザ、どういうことよ?」
「私は王家の娘として生まれた者の務めとして、マバール王国のために政略結婚することは当然だと考えています。キシリアお姉様がしていることは、私に言わせて貰えば、只の我がままですよ。
それでもキシリアお姉様には、我がままを通すだけの力があるから、好きにすれば良いとは思いますけど。私まで巻き込まないで欲しいです」
エルザ王女の言葉に、キシリア王女は唖然とする。自分の妹がそんな風に思っているとは、考えたこともなかったんだろうな。
「アリウス陛下。私もローアン地方を切り捨てた父の判断は誤りだと思います。それを止められなかった自分たちの落ち度も認めます。ローアン地方を救ってくれたアリウス陛下には、感謝の言葉しかありません。本当にありがとうございました。
父が勝手な思い込みで、アリウス陛下に私を差し出すような真似をしたことも、本当に申し訳ありません。アリウス陛下が
エルザ王女は真剣な顔で、真っ直ぐに俺を見る。
「アリウス陛下が奥様たちのことを大切にされていることは解ります。そこに私が入る余地がないことも。ですからアリウス陛下の正式な妻にして欲しいとは言いません。愛人でも妾でも構いません。アリウス陛下に気に入って貰えるように、精いっぱい努力しますので」
「エルザ、そこまでする理由は何だよ。結局、おまえも俺を利用したいのか?」
「勿論、
エルザ王女の視線が熱を帯びる。ロドニー国王の言いなりになる人形じゃないとは思っていたけど。ここまでハッキリ自分の考えを言うような奴とは思っていなかった。
「エルザ。俺は他の誰とも結婚する気はないし。おまえを愛人や妾にするつもりもない。。だから変な期待はするなよ」
俺は長椅子から立ち上がる。
「だけどおまえとキシリアが真面な奴だってことは解ったからな。今後、マバール王国が俺と話をするときは、おまえたちが出て来いよ」
「アリウス陛下、ありがとうございます」
エルザ王女は俺が断ることが解っていたんだろう。それでも真っ直ぐに俺を見る。
「アリウス陛下……私のことも、認めてくれるんですか?」
エルザ王女に言われたことがショックなのか。キシリア王女は落ち込んでいるけど。
「盗聴するとか、いきなり広間に乗り込んで来るとか。キシリアのやり方は大概だとは思うし。エルザもキシリアに文句を言うなら、俺のいないところでやれよとは思うけど。2人がマバール王国のことを、真剣に考えているのは解るからな。
ロドニーは魔族と共存するとか、口先だけで言っていたけど。おまえたちが本気で考えたことなら、また話くらいは聞くよ」
「アリウス陛下……」
キシリア王女は瞳に涙を溜めながら俺を見つめる。
「アリウス陛下、解りました。また改めまして、是非相談させてください」
エルザ王女とキシリア王女は、性格が全然違うし。2人とも拙いところがあるけど。俺はこいつらが嫌いじゃないし。
2人が一緒に考えれば、マバール王国は変わるんじゃないか。
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