第279話:ノエルの兄弟
ミリアの故郷であるシュケルの街に、ミリアの両親に年始の挨拶に行った翌日。
俺たちはノエルの故郷であるロナウディア王国の地方都市ベルキアに向かった。勿論、今度はノエルの両親に挨拶に行くためだ。
ベルキアはロナウディア王国の西端に位置するブランカード侯爵領の領都。現ブランカード侯爵は、ロナウディア王国第2王子のジークと結婚したサーシャの父親だ。
サーシャとノエルは同郷ということになるけど。貴族と平民だから元々面識がある訳じゃないし。
ジークはフェザー公爵になって、サーシャと一緒にフェザー公爵領に住んでいるから。ついでに挨拶しに行くことはない。
ちなみに、みんなの両親に挨拶に行く日も、俺は朝の鍛錬と
みんなを待たせる訳にはいかないからな。世界迷宮の攻略は2時間コースだけど。
「ノエル、良く帰って来たわね。アリウス陛下、皆さん。お待ちしておりました」
「狭い家で申し訳ありませんが。どうぞ、寛いでください」
ノエルの父親も母親も、眼鏡を掛けた真面目そうな人で。2人ともベルキアで学校の先生をしている。
2人は50代だから、ノエルは30代のときに生まれている。この世界の感覚だと、生まれたのが遅いけど。理由はノエルが末っ子で、上に兄が3人いるからだ。
「アリウス陛下にお会いするのは、ノエルとの結婚式以来ですね。このような場所にお越し頂きまして光栄です」
「マーシュ兄さん。ノエルの旦那に対して、堅過ぎないか? アリウス陛下、いらっしゃい」
「いや、ロフト。おまえが適当過ぎるんだ」
「マーシュ兄さんもロフト兄さんも、止めなよ。皆が戸惑っているから。皆さん、良く来てくれましたね」
ノエルの兄たちは上から、マーシュにロフトにオルト。マーシュが言ったように、3人とは俺たちの結婚式のときに会っている。
マーシュり仕事はブランカード侯爵家の使用人で。ロフトはバーテンダー。オルトは両親と同じように学校の先生をしている。
ノエルの父親が狭い家とか言っていたけど。ノエルの実家はそこまで狭い訳じゃなくて、集まった人数が多いだけだ。
「ノエルお姉ちゃん! ギルがイジメるんだよ!」
「ロアン。ノエルお姉ちゃんじゃなくて、ノエル叔母さんでしょ!」
「みんな。お客さんがいるんだから、騒がしくしないで!」
マーシュもロフトもオルトも、すでに結婚していて全員子持ちだ。
3人の奥さんと、上は10歳から下は生後3か月まで子供が6人。俺たちを含めると20人いるんだから、家が狭く感じるのは仕方ない。
「みんな、うるさくてごめんね」
ノエルが申し訳なさそうな顔をする。
「ノエル、子供がいるんだから当たり前じゃない。それに賑やかな方が楽しいわよ」
「そうよ、ノエル。気にすることなんてないわ」
「そうそう。私は兄弟がいないから、羨ましいわよ」
「それに予行練習になるわ……あ、あくまでも将来って意味ですけど!」
みんながフォローする。別に気を遣っている訳じゃなくて。全然気を遣わない雰囲気で、みんなも楽しそうだ。
「『魔王の代理人』でSSS級冒険者。しかも人間と魔族が共存する『
「おい、ロフト。アリウス陛下に失礼だろう!」
次男のロフトの発言に、長男のマーシュが眉をひそめる。
「いや、俺は堅苦しいのが嫌いだからな。名前は呼び捨てで、敬語もなしにしてくれよ」
「そうだよ、マーシュ兄さん。アリウスはそういうの、本当に全然気にしないからね」
「いや、ノエル。そういう訳にいかないだろう」
「マーシュ兄さんはホント、堅いよね。アリウスさん、一杯どうですか?」
三男のオルトが俺のグラスに、並々と酒を注ぐ。新年の挨拶などの祝い事の席では、昼間から酒を飲むのも、この世界では一般的だ。
俺はグラスの酒を一気に飲み干す。口当たりの良い甘い白ワインだ。
「美味いな」
「そうだろう。その酒は、俺が仕入れたんだぜ」
次男のロフトが自慢げに言う。バーテンダーだから、酒に詳しいようだな。
「他にも色々持ってきたから、ジャンジャン飲んでくれよ。ほら、マーシュ兄さんも!」
俺たちが酒を酌み交わす傍らで。みんなはノエルの母親と、マーシュたち3人の奥さんたちと一緒に、料理の手伝いをしながら女子トークをしている。
最初は、みんなはお客さんだから座っていてくれと言われたけど。皆でやった方が早いからと、みんなは率先して手伝っている。エリス曰く、女子的には、こういうときは言葉を鵜呑みにしないで動くのが正解らしい。
マーシュたち3人の奥さんがノエルを囲んで話している。
「ノエルは学院に入学するまで、地味だったのに。すっかり垢抜けて、綺麗になったわね」
「ホント、見違えたわよ」
「こんなに綺麗な人たちの中にいても、全然見劣りしないもの」
「そ、そんなことないよ!」
ノエルが真っ赤になる。まあ、ノエルは地味な格好をしていただけで。元々美人だってことは、初めから気づいていたけど。
3人の奥さんたちはニマニマして。
「ノエルが綺麗になったのは、アリウス陛下に
「そうよね。女は恋すると綺麗になるって言うけれど。好きな男に
「え……ちょ、ちょっと待ってよ!」
ノエルが沸騰しそうなほど真っ赤になる。もう女子トークと言うか、完全にセクハラトークだろう。言葉自体は過激じゃないから、周りの子供たちは気づいていないみたいだけど。
ノエルは恥ずかしさに耐えられなくなったのか、こっちに逃げて来る。
「ヒック……なあ、
俺がノエルのことを気にしているうちに。堅物な感じだったマーシュは酒に酔って、まるで別人のようになっていた。完全に目が据わっているし。
「もう! マーシュ兄さん、完全に酔っぱらっているよ。アリウス君、ホント、ごめんね!」
女子トークから逃げて来たノエルが、呆れた顔をする。
「いや、ノエル。俺は構わないよ。うちは両親とシリウスとアリシアだけだかな。こういう大家族って感じには、ちょっと憧れるよ」
俺の父親のダリウスと母親のレイアに兄弟はいないし。俺の祖父母に当たる2人の両親は、すでに他界している。
前世でも俺は親戚付き合いをほとんどしなかったら。親戚の子供が騒がしくしているのが、なんか新鮮に感じる。
俺はマーシュに勧められるままに、グラスの酒を次々と飲み干す。レベルが高いせいで耐性があるから、俺は幾ら酒を飲んでも酔わないんだよ。
酔えないのは、なんか勿体ない気もするけど。いつでも戦える状態にしておきたいからな。結局、俺的には酔わない方が良いんだけど。
「ほら、マーシュ義兄さんも飲んでくれよ」
「義兄さんって……アリウス、私を兄と呼んでくれるのか!」
上機嫌になったマーシュは、勝手にぐいぐい酒を飲んで酔い潰れる。
ノエルの父親とロフトとオルトも、良い感じで酔っぱらっているな。
「ねえ、一緒に遊んでよ!」
不意に声を掛けて来たのは、5歳くらいの男の子だ。他の子供から、ロアンって呼ばれていたな。
母親たちが女子トークに夢中で、父親たちはすっかり酔っぱらっているから。子供たちは退屈しているようだな。
「そうだな。おまえの母さんが良いって言ったら、一緒に遊ぶか」
人の子供と勝手に遊ぶのは問題だろう。ロアンの母親に確認すると、恐縮されたけど。遊んでやること自体は問題ないらしい。
さすがに家の中だと、周りに迷惑だから。ロアンを連れて庭に出る。
他の子供たちも興味津々という感じでついて来た。
「何して遊ぶの?」
俺は7歳で冒険者になったからな。双子の弟と妹のシリウスとアリシアと、ほとんど遊んだ記憶がない。だから子供の相手の仕方とか、正直なところ良く解らないけど。
俺はロアンを抱き上げて両腕を伸ばす。俺の身長は198cmだから、2mを軽く超える高さにロアンを持ち上げて。振り回すようにして、自分の身体を回転させる。
「キャハハハ……凄ーい!」
ロアンの歓声に、他の子どもたちが集まって来る。
「「「「ロアンだけ、ズルいよ(わ)! 次は僕(私)も!」」」」
俺は順番に子供たちの相手をすることになった。
さすがに生後3ヶ月の赤ん坊を振り回す訳にはいかないから。残りの5人の子供を順番に振り回したり、肩の上に乗せたり。
仕舞いには、頭の上と両肩に子供を1人ずつ乗せて。両腕に1人ずつ抱えた状態で、走り回ることになった
勿論、万が一にも、子供たちに怪我をさせないように。十分気をつけているけど。
俺が子供たちと遊んでいるのを、みんなが微笑ましそうに見ている。
「アリウスは良い父親になるわね」
「ちょっと意外だけど。あの姿を見ると納得できるわ」
「そうですね。この様子なら、何の心配もありませんね」
「アリウスは昔から大人びていたから。私は子供の面倒見が良いと思っていたわよ」
エリス、ミリア、ソフィア、ジェシカが口々に感想を言う。
だけどノエルだけは、ちょっと様子が違った。
「わ、私もそう思うけど……ア、アリウス君が、お、お父さんになるなんて……」
3人の奥さんたちのセクハラトークのせいだろう。ノエルは何を想像しているのか、さらに沸騰して真っ赤になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます