第268話:根本的なこと


 この日。俺が向かったのは、自由都市連合の都市の1つであるラルバの街だ。

 非合法組織『奈落』の本部が、今もラルバの街にあることは調べがついている。


 迷路のように入り組んだ旧市街。高い壁に囲まれた古びた邸宅が非合法組織『奈落』の本部だ。


 ここに『奈落』の本部があることは公然の秘密・・・・・らしく。ラルバの人間なら、『奈落』の名前を決して口にすることはないそうだ。

 だけど邸宅門の前には、如何にもカタギじゃない筋骨隆々の門番が、堂々と武器を持って立っている。


「この街の人間が『奈落』をどう思っているか知らないけど。勇者アベルを何年も幽閉して、殺したことがバレていないと、『奈落』の連中は本気で思っているのか?

 それとも『奈落』に喧嘩を売る奴なんていないと、タカを括っているのか。どっちにしても、考えが甘いよな」


 フレッドが新たな勇者になったことで、先代勇者のアベルが死んだとが解った。この世界に勇者は1人しか存在しないからだ。

 それまで何年も、何者かに拉致されたアベルの居場所も生死も、不明だと言われていたけど。アリサとエリクは『奈落』が幽閉していることを知っていたからな。


「アリウス、てめえらの情報収集能力が異常なんだよ。アベルを誘拐したのが『奈落』の連中だと解っても、その後のアベルの消息まで掴むのは無理だぜ。

 普通に考えれば『奈落』はアベルの誘拐を金で依頼されたと思うだろう。組織の中で何年も幽閉して、闇の中で葬ったなんて、誰も想像しねえからな」


 俺の隣にいるのは、伸び放題に伸ばした髪と髭。獣のような獰猛な目。上半身裸で、禍々しい巨大な戦斧を無造作に肩に担ぐ男。『奈落』の元刺客ガルドだ。

 

 ガルドが勇者アベルの結末を知っているのは、俺が説明したからだ。


 世界迷宮ワールドダンジョンの攻略のついでに、魔界で鍛練を続けていたガルドたちのところに行ったときに。『奈落』がフレッドを狙う可能性があることを話したら、ガルドが乗って来たんだよ。


『そろそろ俺も地上に戻ったときのシノギをどうするかって、考えていたところだ。アリウス、『奈落』のことは俺に任せろよ』


 ガルドは1人で、門番に近づいていくと。何か言い掛けた門番を、いきなり殴って地面に叩きつける。頭蓋骨が陥没しているから、完全に殺したな。


「おい、ガルド。やり過ぎだよ」


 血生臭い非合法組織『奈落』の連中が、人を殺すことを何とも思っていないことは知っている。

 だけど今回、俺は『奈落』がフレッドを狙う可能性があるから来ただけで。今の時点で『奈落』の奴らを殺す理由はない。


「アリウス、これが『奈落』の流儀なんだよ。無駄に殺すなとか、余計な口出しはするんじゃねえぞ」


 騒ぎを聞きつけて集まって来た連中を、ガルドは容赦なく蹂躙していく。


「おい、てめえら。『奈落の化物』ガルド様のご帰還だぜ! 今日から『奈落』の支配者は俺だ。文句がある奴は、纏めて掛かって来いよ!」


 血と肉片に塗れて、そこら中に死体が転がる『奈落』の本部。

 5年前の時点で『怪物』と呼ばれていたガルドが、魔界で修行して来たんだから。『奈落』の連中にガルドを止められる筈もない。


 ガルドはバイロンの後を継いだ連中を皆殺しにして、『奈落』の新たな支配者になった。


 ガルドのやり方に、納得した訳じゃないけど。俺が『奈落』を黙らせるとしたら、組織を潰すことになるからな。ガルド以上に『奈落』の連中を、殺すことになるだろう。


 『RPGの神』に唆されて、フレッドたちを狙う可能性がある奴らの中で。ブリスデン聖王国内と他の国の奴らについては、政治絡みだからジョセフ公爵と聖王ビクトルに相手をさせるのが正解だろう。


 東方教会の方は、アリスト公国にいる教皇ルード・マクラハンに釘を刺しておいた。

 東方教会の連中はテロリスト集団と言っても、所詮は素人だからな。フレッドを利用することが目的なら、そこまで過激な手段に出ることはないだろうし。対処するのは難しくない。


 だから一番厄介なのは『奈落』だったけど。『奈落』の新たな支配者になったガルドは、フレッドたちに一切手出ししないと約束した。


「アリウス、その代わりだ。てめえらと無関係な奴を俺がどうしようと、文句を言うんじゃねえぞ」


「それは状況次第だな。ガルド、おまえと『奈落』の連中が好き勝手にやるなら、俺はおまえたちの敵になるよ」


 『奈落』の内輪同士の争いだから、ガルドに任せただけで。俺はガルドと取引をしたつもりはない。


「アリウス、てめえ……ふざけるんじゃねえぞ! ……まあ、とりあえず今は、俺もてめえと喧嘩するつもりはねえがな」


 ガルドも魔界で鍛練していたことで、ギリギリの引き際を弁えたんだろう。

 ガルドは確かに強くなったけど。魔界で誰にでも喧嘩を売っていたら、直ぐに死ぬことになるからな。


※ ※ ※ ※


「『奈落』を抑えたなら、当面、勇者フレッドのことは心配ないね。アリウスは随分と派手にやったみたいだから、ブリスデン聖王国の連中も素直に従うんじゃないかな」


 俺とエリクは、ロナウディア王国の王都にあるバーに来ている。

 繁華街の奥にあるバーは、王国諜報部の拠点の1つで。エリクが密談するときに使っている。エリクの王太子就任パーティーの後も、俺はエリクとここで待ち合わせた。


 とりあえず、『奈落』の件が片づいたから。俺はブリスデン聖王国とフレッドの件を説明しに来たんだけど。

 俺がブリスデン聖王国の辺境にある岩山を消滅させたことを、エリクはすでに知っていた。


 まあ、あれだけ派手なやったんだから、目撃者がいると思う。巨大なクレーターが残ってるいんだから、情報を繋ぎ合わせれば、エリクなら想像がつくだろう。


「だけどフレッドが、勇者のスキルって爆弾を抱えていることは変わりないからな。根本的な問題を解決するには、勇者の力を封じる方法を見つけないと」


 勇者のパッシブスキル『魔道具破壊アイテムブレイク』のせいで、マジックアイテムで勇者の力を封じることができなくなった。


 だけど『魔道具破壊』も聖属性の魔力を付与したモノは破壊できない。だから聖属性のマジックアイテムで魔力を封じるモノが存在すれば、勇者の力を封じることができる。


「魔力を封じるマジックアイテムに、魔力属性を持たせること自体、無理があるけど。そんなアイテムが存在するとしたら、可能性があるのは天界だろうね」


 俺もエリクと同じ考えだけど。天界に行けば、この世界の神を相手にすることになる。


 この世界の神と魔神の力は均衡しているって話だから。今の俺ならこの世界の神に対抗できる力があると思う。だけどそんな力を持つ俺が天界に行けば、この世界の神を刺激することになるだろう。


 俺はこの世界の神の実力を把握していないし。聖属性を持つ魔力を封じるアイテムが本当に存在するか、解っている訳じゃない。こんな状況で、天界に行くことが正解なのか?


 あとは『RPGの神』のことだけど。この世界を創った『神たち』のルールで『RPGの神』はこの世界に直接干渉できない。だから、とりあえずは『RPGの神』が唆した奴らに対処すれば問題ない。


 だけど『RPGの神』は、この世界の魔神と神を唆して俺を殺そうとした奴だし。先代勇者のアベルのときも、フレッドのときも、仕組んだのは『RPGの神』だからな。


 仮にフレッドの件を完全に解決したとしても、たぶん『RPGの神』はまた何か仕掛けて来るだろう。結局のところ、『RPGの神』を黙らせない限りは、全部解決したことにはならない。

 この世界を創った『神たち』に対抗する手段なんて、想像もつかないけど。


 まあ、1つずつ解決していくしかないな。俺は力を手に入れたけど、全部力ずくで解決できる訳じゃないし。

 フレッドの件を完全に解決する方法を探しながら、人間と魔族の共存を進める。

 あとは『RPGの神』が次に何を仕掛けて来ても対処できるように、準備しておくことだな。


「アリウス。解っていると思うけど、全部君が抱える必要はないよ。僕やカサンドラ、君の師匠たちだっているし。何よりも君のことを支えてくれる奥さんたちがいるだろう」


 気負い過ぎているつもりはないけど。エリクに気を遣わせたみたいだな。


「ああ、そうだな。エリク、おまえのことは頼りにしているよ」


「僕の方こそ、アリウスに頼らせて貰うよ。僕もこの世界を変えたいからね。とりあえず、今は勇者フレッドの件が粗方片づいたことに乾杯しよう」


 俺とエリクはグラスをぶつけて、中の酒を飲み干した。

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