第237話:勇者の訓練

※一番下に、書籍版に関するお知らせがあります。


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※フレッド視点※


 王弟ジョセフ・バトラー公爵に魔王討伐を命じられてから、1ヶ月が過ぎた。


 俺は勇者の力を自在に操れるようになるための訓練として、ブリスデン聖王国にある中難易度ミドルクラスダンジョン『ランクスタの監獄』を攻略している。


 今、戦っているのは体長5mほどの炎を纏うバーニング金属の巨人メタルゴーレム。巨大な拳の一撃を盾で受け止めて、右手の聖剣をゴーレムに叩き込む。


「フレッド様には勇者の力があるんですから、そんな魔物はチャッチャと片づけてください。ほら、また動きが雑になっていますよ。フレッド様の剣術は素人レベルなんですから、今はキッチリ基礎を身につけてください」


「ノア、フレッド様だって頑張っているんだから、余り細かいことは言うなよ。フレッド様、まあ、適当に頑張ってください」


 後ろで良き勝手なことを言っているのは、水色のベリーショートの髪の小悪魔のような女と、金色の長髪でニヤケ顔の男だ。

 女の方がノア・アリエッタ。男の方はゼスタ・クラウス。2人ともブリスデン聖王国の聖騎士で、俺の教育係だ。


 ノアとゼスタに言われなくても、俺の剣術が素人レベルなのは解っている。俺は1ヶ月前まで交易商の仕事をしていて、剣術なんて護身のために身につけた程度だからな。


 それが突然勇者の力に覚醒したことで、レベルが1,000を超えて、ステータスが全部4桁になっても。技術が身につく訳じゃないからな。

 俺は自分の動きを確かめながら、ステータスでゴリ押ししないように注意して。3発目の攻撃でゴーレムを仕留めた。


 ゴーレムの巨体がエフェクトと共に消滅して、魔石だけが残る。これがダンジョンの魔物の特徴で、知識としては知っていたけど。実際に見たのは『ランクスタの監獄』に来てからだ。


「フレッド様、今日はこれくらいで終わりにしましょう。明日は勇者パ―ティーのメンバーと顔合わせをすることになっていますので、聖都ブリスタに戻りますよ」


 ノアとゼスタはあくまでも教育係で。勇者パーティーのメンバーは別に選定するって話だったな。

 ノアもゼスタも聖騎士だから、俺と比べれば剣術の腕は段違いだけど。勇者パーティーのメンバーになるには力不足らしい。


 ジョセフ公爵が魔王討伐にブリスデン聖王国軍を投入するかどうか、曖昧なことを言っていたから。最悪、傭兵や盗賊みたいなブリスデン聖王とは関係のない連中を引き連れて魔王と戦わされることも考えていたけど。とりあえずは勇者パーティーとして、それなりのメンバーを付けてくれるみたいだな。


 聖都までの街道を馬車に揺られて進む。俺は魔王と『魔王の代理人』というこの世界で圧倒的な力を持つ2人の強者と、さらにはグランブレイド帝国とロナウディア王国という2つの大国を打ち滅ぼすなんて、無謀な戦い強いられてる訳だが。


 所詮は平民の俺に拒否権はないし。俺の家族もブリスデン聖王国に住んでいるから、人質に取られているようなモノだからな。

 唯一の救いというか、救いになる可能性があるのは、俺に無謀な戦いを強いている王弟ジョセフ・バトラーが、どこまで本気か解らないことだ。


 ジョセフ公爵が本気で戦うつもりがなくて、魔王と戦うポーズを見せることが目的なら。俺は茶番に付き合わせられるだけで、死ぬことはないだろう。

 だけど何れにしても、俺が元の交易商の生活に戻れる可能性は絶望的だな。俺が解放されるのは勇者の力を失ったとき、つまり死んだときだろう。


 まあ、死刑宣告のような無謀な戦いに挑むことを命じられてから1ヶ月も経つから、俺も開き直っているけど。最悪な状況が回避できないなら、その中で足掻くだけの話だ。俺はまだ生きているからな。


 その日の夜は宿場街で1泊して。翌日の午前中に、聖都ブリスタに到着する。

 聖都に来たのは1ヶ月ぶりだ。俺の実家も父親が経営しているアーチェリー商会の本部も聖都にあるけど。俺は交易商の仕事で各地を転々としていたから、聖都に戻って来たという感覚はない。


 そのまま馬車で王宮に向かう。大広間に通されると、王弟ジョセフ・バトラー公爵と、玉座に座る聖王ビクトル。バトラー公爵の隣には、白銀のフルプレートを纏う銀髪ベリーショートの凛々しい感じの美人がいる。


 彼女はロザリア・オースティン。聖騎士団の騎士団長でバトラー公爵の右腕。ちなみにノアが同じ髪形なのは、ロザリアに憧れて真似をしているからだ。


「勇者フレッド、久しぶりだな。訓練の方は順調に進んでいると聞いているが」


「はい、バトラー閣下。私も素人ながら、閣下のご期待に添えるように日々精進しております」


 勿論、バトラー公爵の期待に答えようなんて気持ちは一切ない。俺が生き残るために、強くなることは必要な条件の1つだからな。


「そうか、良い心構えだ。期待しているぞ」


 バトラー公爵は作り笑いを浮かべるけど、目が笑っていない。バトラー公爵が俺を見下していることは解っている。なんでこんな奴が勇者の力に覚醒したんだと、腹の中で思っているのはモロバレだからな。


「今日、勇者パーティーに加わるメンバーと顔合わせをすることは聞いているな? 早速だが、その者たちと会って貰う」


 ジョセフ公爵の指示で、大広間の両開きの扉が開かれる。案内役の聖騎士に連れられて入って来たのは、フルプレートを着た2人とローブ姿が1人。


 フルプレートの2人は、どちらも聖騎士の鎧を着ている。1人はダークブラウンの巻き毛に青い目の20代半ばの男。もう1人はグレージュの長めのボブで、琥珀色の目の同じくらいの年齢の女。ローブ姿の方は白い髪と金色の目のもう少し若い男だ。


 3人は聖王ビクトルとジョセフ公爵の前で、片膝を突いて深々と頭を下げる。3人とも権力者の前に出ることに慣れている感じだ。


「聖騎士団特級騎士イアン・オルソーです」


「同じく、セシル・ランパードと申します」


「SS級冒険者のセイヤ・マクガフィンです」


 俺は交易商だから『鑑定アプレイズ』のスキルを元々持っているけど。これまでは物の鑑定しかしたことがないが、勇者の力に目覚めてレベルが上がったからか。『鑑定』を使うと相手のレベルやステータスが解るようになった。


 3人は全員600レベルを余裕で超えていて、ステータスも高い。勇者の力に目覚めた俺の方がどちらも高いけど、俺の場合は完全にチートだからな。


「イアンとセシルは、我らがブリスデン聖王国聖騎士団の中でも屈指の実力者だ。セイヤは聖王国の冒険者ギルドに所属する冒険者の中で、最強と言われる魔術士。このメンバーであれば、勇者フレッドも異存はないと思うが」


「はい。とても素晴らしい実力の方たちのようですね。私に異存はありません」


 一緒にパーティーを組むなら実力だけじゃなくて、性格が合うかどうかも重要だが。どうせこの場で相手の性格が解る訳じゃないからな。実力があるメンバーを選んで貰った以上、俺がゴネる理由はない。


「ではイアンとセシルには事前に伝えてある通りに、勇者パーティーに専念するために聖騎士団を脱退して貰う」


「はい、バトラー閣下」


「承知しております。バトラー閣下の仰せのままに」


 そう来たか。これで俺は後戻りはできないし。セイヤは元々只の冒険者で、イアンとセシルも聖騎士団を脱退すれば、ブリスデン聖王国と直接関係のない人間になる。

 これで勇者パーティーが何をしようと、ブリスデン聖王国が責任を取る必要はない。


 こうなるとメンバーの方も怪しいな。俺はイアン、セシル、セイヤの3人と一緒に大広間を出て、控え室に移動する。


「改めまして。一応、勇者をやることになったフレッド・アーチェリーです。これからよろしくお願いします」


 俺が挨拶すると、三人三様な反応が帰って来た。


「ああ、そういうのはどうでも良いから。俺は男には興味ないんだよ。今回の仕事は報酬のために引き受けただけで、あんたと仲良くやるつもりはないからさ」


 イアン・オルソーはこんな感じで。


「イアン。貴方はもう少し真面目になさい。勇者フレッド様、私は勇者パーティーのメンバーになれたことを誇りに思いますよ――」


 セシル・ランパードはニッコリ笑って。


「これで魔族と異教徒どもを皆殺しにできるのですから」


 狂気の光を瞳に宿す。


「僕もビジネスとして引き受けましたが。フレッドさんも苦労しそうですね」


 セイヤ・マクガフィンは苦笑すると。


「僕だけが真面みたいですから、フレッドさんの力になりますよ。勿論、全部有料ですけどね」


 いや、セイヤも大概だろう。誰も真面な奴はいないってことか。


 ジョセフ公爵は実力はあるけど切り捨てても惜しくないメンバーを、勇者パーティーに選定したということで。

 俺自身も、いつ切り捨てられてもおかしくない状況って訳だ……最悪だな。


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書籍版の情報公開第五弾として、カバーイラストの一部を近況ノートとX(旧Twitter)に公開しました。

カバーイラストにはこれまで未公開だったミリアも登場します。


https://kakuyomu.jp/users/okamura-toyozou/news/16817330664923547824

https://twitter.com/TOYOZO_OKAMURA


書籍版の方はマイクロマガジン社様より発売予定。

イラストレーターはParum先生です。


ここまで読んでくれて、ありとうございます。

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