第236話:前世の記憶
今、俺はブリスデン聖王国の聖都ブリスタに来ている。
目的は新たに誕生した勇者に会って、『RPGの神』の狙いを探るためだ。
ブリスデン聖王国は1,000年以上前に建国した、この世界で最も長い歴史を持つ国の1つだ。
ブリスデン聖王国を作ったのは、当時の教会勢力の主流派で。教会の最高権力者が聖王を名乗った。
聖都ブリスタはロナウディア王国の王都と同じくらいの規模の大都市で。教会勢力が作った国だからか。天使や聖獣の彫刻を施した凝った意匠の建物が、街のそこかしこにある、
教会勢力の国らしいもう1つの特徴は、街を歩くと聖騎士を頻繁に見掛けることだろう。
白銀や白塗りの鎧を纏うブリスデン聖王国の聖騎士たちは、聖都を守るために街を巡回している。
もっとも、聖騎士が巡回するのは聖王の力を見せつけるためのパフォーマンスだって言う奴も多いけどな。
「考えてみれば、アリウスと2人きりで出かけるなんて初めてよね」
「そうだな。ミリアと2人で喫茶店に行ったことはあるけど、それくらいで。2人だけで出掛けたことはないな」
隣にいるミリアが嬉しそうに笑う。俺もミリアも『変化の指輪』で姿を変えているから、ちょっと違和感があるけど。
5年ほど前。魔族の領域で勇者アベルとイシュトバル王国軍を、魔族のフリをして撃退した後。俺は勇者を支持した国の分裂を狙って、魔石の取引を持ち掛けた。
ブリスデン聖王国は勇者アベルを支持する勢力の中心で。俺たちは聖都ブリスタにも魔石の取引の交渉に来た。
結果は交渉決裂で、俺たちを殺そうした王弟ジョセフ公爵を捻じ伏せたけど。そのときにミリアも同行しているから、俺たちの面は割れている。
まあ、5年前のことだし。そのときミリアは目立った行動をしなかったから。俺だけ姿を変えれば十分かも知れないけど。用心のために、ミリアにも姿を変えて貰っている。
今回ミリアを連れて来た理由は、新たに誕生した勇者に会いに行くことをみんなに話したときに。ミリアの方から自分も転生者だから何か役に立つかも知れないから、同行したいと言って来たからだ。
新たな勇者がどんな奴か解らないし。ミリアが交渉した方が上手く行くかも知れないからな。
アリサも転生者で、勇者の情報は共有しているけど。元々は俺1人で来るつもだったから、今回アリサには声を掛けていない。
情報収集をするなら『
油断していると思うかも知れないけど。俺は半径5km以上ある『
聖都ブリスタには王宮や大聖堂の他にも、様々な歴史ある建物があって。観光スポットに事欠かない。俺たちは屋台のクレープを買って、2人で食べながら街を歩く。
普段は目的のために移動するだけで、観光なんて滅多にしないけど。たまにはこういうのも悪くないな。
ミリアと2人で観光スポット1つ、ルキスタの塔に登る。この塔は聖都ブリスタが今ほど規模が大きくない頃に。都市の外側の一部として建てられた塔の名残だそうだ。
螺旋階段を上って、80mほどの高さの最上階に行くと。眼下に広がる聖都ブリスタの街並み。時間帯の関係なのか、最上階には俺たち以外にほとんど人がいない。
「ねえ、アリウス。良い機会だから訊くけど……私の勘違いだったら忘れてね」
ミリアがめずらしく、言いにくそうにしている。何か理由があるんだろう。俺は黙って頷いて、ミリアの言葉を待つ。
「もしかしたら私は転生する前も、アリウスのことを知っていたのかもって。ときどき思うことがあるの。
ああ、こんな言い方じゃ、訳が解らないわよね。私、『
ミリアは少し寂しそうに笑う。
「だけどアリウスを見ていると、微かに憶えている大切だった人の記憶と重なるの。貴方の笑い方とか、言葉とか……私の勝手な思い込みかも知れないけどね」
ミリアは思い出せない自分が、もどかしいんだろう。転生した感覚があるのに、過去の記憶を思い出せなんて。
「ミリア、最初に言っておくけど。俺には前世の記憶が普通にあるけど。俺の記憶にある
」
ミリアが自分のことを、話してくれたから。俺も正直に応える。
「俺には前世で『
それに悪役令嬢のソフィアが、実は良い奴って設定があるとか。『恋学』の設定集のことまで教えて。あいつはホントに『恋学』が好きだったよな」
「アリウス、それって……」
ミリアが驚いた顔をする。何か思い出したのかも知れない。
「私も『恋学』がホントに大好きで。大切な人と一緒に遊んだ記憶があるの……」
ミリアが両目に涙を浮かべる。
「ねえ、アリウス……貴方の前世の名前と、幼馴染みの名前を訊いても良い?」
「ああ、別に構わないよ。俺の前世の名前は――」
俺と幼馴染みの名前を言うと、ミリアは寂しそうな顔をする。
「ごめん、アリウス。名前を聞けば、もしかしたら思い出すかも知れないって思って……でも、思い出せいのよ……」
涙を流すミリアを、俺はそっと抱き締める。
「前世のおまえが俺の幼馴染みでも、そうじゃなくても、俺の気持ちは変わらない。俺が好きなのは目の前にいるミリアだからな。
ミリア、おまえだってそうだろう。もしミリアが前世の記憶を思い出したら、俺やみんなに対する気持ちは変わるのか?」
「アリウス……そういう言い方、ズルいよ。私がアリウスを、みんなを大好きだって気持ちが、変わる筈がないじゃない!」
ミリアは俺の胸に顔を埋める。
本当のことを言えば、俺もミリアが前世の幼馴染みかも知れないって少し思っていた。
だけどミリアは、前世のことに全然触れないから。俺もミリアの前世を詮索するような真似をするつもりはなかった。
「だけどミリア、なんでこのタイミングで話をしたんだ?」
そこだけ疑問が残る。
「だって、アリウスと結婚する前にこんな話をして。もし私とアリウスが本当に前世で知り合いだったら。前世のことで貴方を縛って、振り向かせようとするみたいでしょう? 私はそんなことは、したくなかったの。アリウスに対しても、みんなに対しても」
前世でも知り合いで、大切に想っていたと伝えることは。女子なら運命的で、ロマンティックとか思いそうだけど。
ミリアは俺とみんなとの関係に、前世のことを持ち出すのはフェアじゃないと思ったのか。ホント、ミリアらしいな。
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