第235話:新たな勇者

※フレッド視点※


 俺はフレッド・アーチェリー。転生者だ。

 前世では大学生のときに事故で死んで。ブリスデン聖王国の交易商アーチェリー家の次男として転生した。


 ステータス画面が表示されるから、ここがゲームのような世界だと直ぐに気づいた。

 魔法やスキル、魔物が実在して。冒険者が活躍していることも、大人たちの会話から知った。


 せっかくゲームのような世界に転生したんだから、冒険者になる――なんてことは思わなかった。


 前世でゲームを全くやらなかった訳じゃないけど。RPGよりも、運営系のシミュレーションゲームの方が好きだったし。

 俺が生まれたアーチェリー家は、貿易業を広く営んでいて。俺も子供の頃から家業を手伝っていたら、家業の方に興味が湧いた。


 俺は次男だから、アーチェリー家を継ぐのは長男の兄だけど。『アーチェリー商会』事業規模はデカいから、商会の一員として働くことはできる。それに資金を貯めれば、独立することも可能だ。


 俺が前世で通っていた大学は経済学部で、貿易や金融について学んでいた。数学も得意な方で、交易商として役に立つ知識はそれなりにあるつもりだった。

 そして家業を手伝っていうちに、俺は自分に商人としての才能が、それなりにあることに気づく。


 両親も俺の能力を認めてくれて。交易商として大成するには、幅広い知識が必要だと。飛び級で10歳から、ブリスデン聖王国の大学に通うことになった。


 転生の俺にとって、大学は知識を得ることよりも。人脈作りをするのに役に立った。

 大学に通っている生徒の多くは、貴族や豪商の子供だから。彼らと繋がりがあれば、商売をする上で非常に有利になる。


 俺は人付き合いが嫌いじゃないから。同級生は勿論、上級生や下級生とも積極的に友だちになった。

 14歳で大学を卒業した後も、彼らとの交流は続いている。


 大学を卒業してから、俺は本格的に家業に携わるようになった。

 1年で支店を任されるようになって。その後も順調に業績を上げた。


 18歳になる頃には、俺の業績が10歳年上の兄を大幅に上回るようになった。

 そうなると誰がアーチェリー商会を継ぐかという話になる。


 だけど俺は兄と争うつもりはないから、家を出て独立するつもりだった。4年間で資金もそれなりに貯まっていた。


 だけど両親に引き留められて。家族会議の末、結局俺はアーチェリー商会に残ることになった。兄が商会を継ぐという条件で。


 俺は別に商会のトップになりたい訳じゃなくて。交易商の仕事が面白くてやっているだけだ。

 兄も俺に野心がないことを理解してくれて。2人で協力して、アーチェリー商会の事業を広げることになった。


 さらに5年間で、俺たちの事業は順調に成長して、アーチェリー商会は順風満帆。

 俺はこれからも交易商として人生を歩むつもりだった――突然、勇者の力に覚醒するまでは。


『フレッド・アーチェリーよ。おまえに勇者の力を授ける。おまえの使命は魔王を倒して世界を救うことだ』


 突然頭の中に直接響いた声。最初は、何の冗談だよって思ったけど。

 身体中に漲る力を感じて、ステータス画面を広くと――


 俺は一般人の交易商で、護身のために多少は鍛えている程度だ。

 だから昨日までは5レベルで。ステータスはINT以外、人並み。スキルも商売に関わるモノしかなかった。


 だけど今の俺のステータス画面には、『勇者の心ブレイブハート』という名前の謎のスキルと。1,000を超えるレベルに、全部4桁のステータスが表示されている――何なんだよ、これ?


 俺が勇者として覚醒したと、神の啓示があったらしく。ブリスデン聖王国の聖騎士たちがやってきて、俺は王宮に連れて行かれた。


「勇者ブレッド・アーチェリー。我らがブリスデン聖王国に、新たな勇者が誕生したことは、我々に魔王を倒せという神の導きだ。

 人間と魔族の共存などと戯言を掲げる『魔王の代理人』と同盟国を含めて、勇者の力で全て撃ち滅ぼすのだ」


 芝居じみた台詞を言ったのは、王弟ジョセフ・バトラー公爵。

 玉座に座る聖王ビクトルは素知らぬ顔をしていた。


 俺は転生者だし、交易商だから、情報の価値を理解している。

 交易商にとって世界情勢は重要な情報だから、金を払って情報を集めている。

 だからジョセフ公爵が言ったことが、途轍もなくイカれていると直ぐに気づいた。


 勇者アベルが魔王にアッサリと敗れたのは、6年ほど前の話で。ブリスデン聖王国も勇者を支持して、兵を出したが。ブリスデン聖王国軍が到着する前に、戦いは終わっていた。


 その後も冒険者ギルドが派遣した世界屈指の強さのSSS級冒険者たちが、魔王に惨敗して、半分以上が殺されている。


 つまりこの世界の魔王は、他者を寄せつけない圧倒的な強者であり。SSS級冒険者たちが敗れた後は、魔王討伐など誰も言わなくなった。


 そして『魔王の代理人』アリウス・ジルベルトは、史上最年少でSSS級になった冒険者で。魔王に付いたことで、裏切り者と呼ぶ者もいるが。魔王に匹敵する力を持つのではないかと噂される実力者だ。


 さらには魔族の国の同盟国は、ブリスデン聖王国に匹敵する大国のグランブレイド帝国と、それに準ずる国力のロナウディア王国だ。


 つまりジョセフ公爵は、圧倒的な力を持つ魔王と、魔王に匹敵する実力者。さらには2つの大国を相手に、魔王にアッサリ敗北した勇者の力で俺に戦えと、無茶苦茶を言っている。


 だけどこの世界では王が言うことは絶対だから、平民の俺が逆らえないことは解っている。

 王弟ジョセフ公爵は王じゃないけど。隣りにいる聖王ビクトルが何も言わないということは、ジョセフ公爵の言葉を黙認したということだ。


 だがジョセフ公爵もこんなことを言っているけど。無謀な戦いということは解っている筈で。逆らうことができないとしても、できる限りの抵抗はするつもりだ。


 俺はジョセフ公爵の前で片膝を突いて、深く頭を下げる。


「バトラー閣下。大変申し訳ありませんが、私には荷が重過ぎます。閣下のご期待に沿えるとはとても思えません」


「フレッド・アーチェリー、勇者ともあろう者が簡単に頭を下げるな。面を上げろ」


 俺が顔を上げると、一瞬だけジョセフ公爵の失望した顔が見えた。だがジョセフ公爵は直ぐに作り笑いを浮かべて。


「勇者フレッド。突然勇者の力に目覚めて、おまえが戸惑っていることは解る。だがそのように、性急に答えを出すものではない。


 無論、今直ぐに魔王に戦いを挑めというのではない。おまえが魔王に戦いを挑むのは、修練を積んで勇者の力を使いこなせるようになってからだ。


 修練を詰むことで勇者の力も成長するという話だからな。おまえはもっと強くなれる。

 だから何も心配することはない。神に選ばれた勇者のおまえなら、必ず魔王を倒すことができる筈だ」


 全く根拠のない戯れ言にしか聞こえないが。勇者アベルや魔王のことを、俺が何も知らないと思っているのか? 

 勇者の力に目覚めた俺をおだてて、無謀な戦いをさせようとしているとしか思えない。


「バトラー閣下、もう1つ訊かせてください。先程のお話ですと、ブリスデン聖王国は、魔族の国、グランブレイド帝国、ロナウディア王国の3国と全面戦争をするということですか?」


 俺の言葉に、ジョセフ公爵は嘲るように笑う。


「その辺の話は、おいおい決めることになるが。ブリスデン王国がどう動くかは、我々が決めることだ。勇者フレッドは勇者の力を磨くことに集中してくれ」


 ブリスデン王国が動くのかすら、曖昧にしたな。ジョセフ公爵も無謀な戦いはしたくないみたいだが。これって下手をすると、俺1人で戦うってことか?


 いや、さすがにそれはないと思うが。傭兵や盗賊みたいなブリスデン聖王国と関係のない連中を引き連れて、戦わされる可能性は十分あるだろう。

 

 このとき俺は、せっかく異世界に転生したのに人生が詰んだと。内心で頭を抱えていた。


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書籍版の情報公開第四弾として、バーンとマルスのデザインを近況ノートとX(旧Twitter)に公開しました。


https://kakuyomu.jp/users/okamura-toyozou/news/16817330663438052176

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書籍版の方はマイクロマガジン社様より発売予定。

イラストレーターはParum先生です。


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