第234話:勇者の意味


「アリウス陛下・・。君と会うのは、君たちの結婚式以来だね」


 ロナウディア王国の王宮。エリクが俺を『陛下』と呼んで、いつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「エリク、そういう冗談は止めてくれよ。俺だって怒るぞ」


「アリウス、悪かったよ。君も堅苦しいのが嫌いだからね」


「そうだな。今度俺のことを陛下なんて呼んだら、『自由の国フリーランド』はロナウディア王国と国交を断絶するからな」


「それは随分と手厳しいね。僕も口が滑らないように気をつけないと」


 俺たちがいるのは王太子であるエリクの私室。俺とエリクはゆったりしたソファーに座って、紅茶を飲んでいる。


 お茶の用意をしたのは、如何にも仕事ができる感じの2人の女子。

 藍色の髪のベラと亜麻色の髪のイーシャは、学院時代からエリクの侍女兼護衛で。エリクの懐刀ってところだ。


 ベラとイーシャは俺たちに一礼して部屋を出て行く。エリクがいちいち指示しなくても、2人は空気を読んで行動する。そういうところも有能だよな。


「アリウス、そろそろ本題に入ろうか。勇者アベルが死んで、ブリスデン聖王国に新たな勇者が誕生したことは、アリウスも知っていると思うけど」


 ブリスデン聖王国は、マルスの父親が枢機卿を務める西方教会や、平和主義を謳いながら裏ではテロ活動を行っている東方教会とは別に存在する、教会の第三勢力が創った国で。勇者アベルが魔族の領域へ侵攻したときは、アベルを支持する同盟国の中心だった。その国力はグランブレイド帝国に匹敵する。


 話はそれだけで終わらない。アベルが勇者の力を失った後に、俺が魔石の取引を持ち掛けたとき。魔石に目が眩んだブリスデン聖王の王弟ジョセフ・バトラー公爵が、俺たちを殺そうとした。勿論、俺が捻じ伏せたけど。


「ああ、知っているよ。よりにもよって、ブリスデン聖王国かよと思ったけどな」


 ブリスデン聖王国は魔族の国ガーディアルとの同盟を拒絶して、今でも魔族は全て敵という姿勢を崩していない。裏では信者を使って魔族と取引している東方教会よりも、余程強硬派で。戦力的にも魔族を敵視する者たちの中では最大だろう。


 魔族との取引に加わらないことで、ブリスデン聖王国の国力は相対的に衰えて来たけど。勇者という駒を手に入れたことで、他の魔族を敵視する勢力の支持を得て、勢力を盛り返すだろう。


「新たな勇者が脅威になるかどうかは別にして。ブリスデン聖王国が魔族の国ガーディアルや、同盟国のロナウディア王国やグランブレイド帝国に、本気で戦争を仕掛けて来たら厄介だな。敗けるとは思わないけど、大国同士の戦争になったら、たくさんの犠牲者が出るだろう」


 一番被害が出るのはブリスデン聖王国だろうけど。罪のない一般の兵士や市民まで犠牲になる可能性があるからな。


「僕もそれは危惧しているよ。カサンドラはこの機会に、ブリスデン聖王国を併合することを考えているみたいだけど。僕はさすがに手を貸すつもりはないからね」


 エリクの妻であるグランブレイド帝国の元王女、ルブナス大公カサンドラ・ルブナスは野心家だからな。ブリスデン聖王国が戦争を始めるように、カサンドラの方から計略を仕掛ける可能性もある。


「エリク、カサンドラのことは頼むよ。俺はおまえとは戦いたくないからな」


 これまでは証拠もないし。カサンドラが相手に・・・戦争を仕掛けさせても・・・・・・・・・・見過ごして来たけど。ブリスデン聖王国との戦争による犠牲を考えると、場合によってはカサンドラと敵対することも考えられる。


「僕もアリウスと戦う気はないよ。友人として君を裏切るつもりはないし、君に勝てると思うほど僕は己惚れていない。アリウスを敵に回したら、ロナウディア王国とグランブレイド帝国が滅ぶからね。カサンドラだって、そんな愚かな真似はしないよ」


 まあ、本気でカサンドラが何か仕掛けるなら、エリクがこんな話をする筈がないけど。


「アリウス。新たな勇者に関しては、もう1つ情報があるんだよ。まだ証拠はないけど、それなりに信憑性が高い話だ。新たな勇者は、君と同じ・・・・転生者らしい」


 エリクにも俺が転生者だということは話してある。エリクに隠す理由はないし。頭の周るエリクは、とうに気づいていたからな。


「『RPGの神』のことは君から聞いているけど。今の状況から考えると『RPGの神』が新たな勇者を誕生させた目的は、勇者の存在によって戦争を起こすことだと思ったけど。勇者が転生者だとなると、他にも目的がありそうだね」


 戦争を起こすことが目的なら、ブリスデン聖王国に勇者を誕生させるにしても。王族や貴族のようにすでに権力を持っている奴を勇者にした方が都合が良い筈だ。敢えて転生者を勇者にしたってことは、他に理由かあるんだろう。


「諜報部には引き続き、情報を探って貰っているけど。ブリスデン聖王国のガードも堅くてね。勇者と直接接触することができないんだよ」


 『RPGの神』の声を聞くのは勇者自身だし。勇者が一番情報を持っているだろうな。


「エリク。この話を俺にしたってことは、俺に動けってことだろう?」


「アリウスには初めから、情報自体は伝えるつもりだったけど。君ならブリスデン聖王国に潜入するのも簡単だし。転生者同士なら情報を聞き出し易いと思ってね」


「まあ、その通りだし。情報を早く掴むのに越したことはないからな。解ったよ、エリク。俺がブリスデン聖王国に行って探って来るよ」


 俺が姿を見せると、ブリスデン聖王国を刺激することになるけど。ブリスデンの奴らに姿を見せないで、勇者だけに接触することもできるからな。


「アリウス、頼んだよ。君なら上手くやれることは解っているからね。次はロナウディア王国と『自由の国』の交易の話だけど――」


 それからしばらくエリクと政治的な話をする。交易自体はエリスが取り仕切っているから、俺たちがするのは『自由の国』への移住者と、交易に関わる商人たちの治安や魔族との関係について。


 ロナウディア王国にも反魔族を掲げる勢力はいるから、エリクと諜報部に動いて貰っていて。今のところは、そいつらの直接的な動きは完全に封じている。


「グランブレイド帝国の反魔族勢力は、とりあえず様子見って感じだね」


「エリク、ありがとう。おまえが動いてくれて、色々と助かるよ」


「『自由の国』と友好関係を築くメリットは大きいし。僕としても人間と魔族の争いを終わらせたいからね」


 エリクも俺と同じように。魔族だから、人間だからと、種族を理由に争うことを止めたいと思っている。だからロナウディア王国とグランブレイド帝国が、魔族の国ガーディアルと同盟を結ぶときも協力してくれた。


 勿論、エリクは魔族と友好関係を結ぶことにメリットがあるから動いたんだけど。エリクは利害だけで動く奴じゃないからな。


「そう言えば、アリウスは知っていると思うけど。ジークとサーシャに3人目・・・の子供ができたみたいだね」


「ああ。みんなから話は聞いているよ」


 エリクの双子の弟ジークは学院を卒業して半年後、婚約者のサーシャと結婚して。すでに2人の子供の父親だ。


 ジークは兄であるエリクの実力を認めているから。王位を争うつもりなんて初めからなくて。サーシャと結婚すると同時にフェザー公爵になった。ロナウディア王国で王子が爵位を名乗ることは、王位を継がない意思表示なんだよ。


 ジークとサーシャの結婚式には俺たちも出席したし。みんなとサーシャとの交友関係は続いている。『伝言メッセージ』で頻繁にやり取りしているし。フェザー公爵領にいるサーシャに、ときどき会いに行っている。


 ちなみにエリクにもカサンドラとの間に、3歳になる娘と1歳の息子がいる。

 こういうとき。エリクは『アリウスたちは子供をどうするんだ?』とか、デリカシーのない発言は絶対にしない。俺はともかく、エリスたちにとってはデリケートな問題だからな。


 男同士だから何でも訊いて良いとか勝手に思うんじゃなくて、エリクはみんなのことも考えてくれる。ホント、良くできた友人だよな。

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