第233話:力の使い方


 この世界に新たな勇者が誕生したニュースは、唐突に流れて来た。


 勇者アベルが何者かによって、さらわれたのは3年ほど前のことだ。

 まあ、誰がアベルを攫ったのかも、どこに囚われているのかも、俺は知っていたけど。アベルを攫ったのは、創始者であるバイロンを失った非合法組織『奈落』だ。


 『奈落』がアベルを攫った目的は、勇者の力を利用するためだろう。

 アベルは俺が付けた最難関トップクラスダンジョン産の首輪によって、勇者の力を失ったけど。魔法に長けたSSS級冒険者クラスなら、首輪を壊せないこともないからな。


 なのにアベルが3年間も放置されていたのは、『奈落』に協力するSSS級冒険者がいなかったからだ。

 ここまでは既存の情報だけど。新たな勇者が誕生したのが本当なら、アベルが死んだってことになる。

 これは魔王アラニスから聞いた話だけど。『神たち』が決めたルールによって、この世界に勇者と魔王は1人ずつしか存在しない筈だからだ。


 まあ、そうは言っても。初代勇者が魔王アラニスに敗けて――『RPGの神』のせいで勇者と相討ちしたように歴史が捻じ曲げられているけど。それから300年近く、新たな勇者は誕生しなかった。


 魔王アラニスが強過ぎて、誰も勝てないから。勇者が誕生しなかったという訳でもないだろう。300年ぶりに誕生した勇者が、あの・・アベルだからな。『RPGの神』が勇者を誕生させる理由は、魔王を倒すこと以外にあるんだろう。


 正直、『RPGの神』が何を考えているか、俺には解らない。

 『RPGの神』はこの世界の魔神や神を誑かして、強くなり過ぎた俺を殺そうとした。理由は『神たちのゲーム』に勝つためだ。


 だけど強大な力を持つこの世界の魔神や神たちは、『RPGの神』の言葉を無視して。甘言に乗ったのは、魔神シャンピエールだけだ。

 そのシャンピエールも結局、魔神エリザベートが協力してくれたこともあって。俺たちは退けることができた。


 そして俺とグレイとセレナはシャンピエールと戦った後も、世界迷宮ワールドダンジョンに挑み続けることで確実に強くなっている。今なら、この世界の魔神や神にも負けないだろう。


 結果で判断すれば、『RPGの神』は完全に空回りしたことになるけど。この世界を創った『神たち』の1人は、そこまで間抜けなのか?

 まあ、魔王アラニスが初代勇者に圧勝したことも、『RPGの神』にとっては計算違いだった訳だし。何一つ上手く行っていないみたいだから、その可能性は高い。


 だけどこの世界を創った『神たち』は、途轍とてつもない力を持っている。『ダンジョンの神』が創造した世界迷宮ワールドダンジョンの魔物の力を考えれば、それは明らかだろう。

 だから今さら新たな勇者が出現したところで、俺たちとってはどうと言うことはないけど。決して油断するつもりはない。


「なあ、アリサ。新たな勇者が誕生したって話は本当なのか?」


「おそらくな。うちのステータス画面から『勇者の心ブレイブハート』が消えて。新たな勇者が勇者の力を使ったって信憑性が高い情報があるんや。十中八九、間違いないやろう」


 勇者の力を封印しても。勇者アベルがアリサたちに与えたスキル『勇者の心』は使うことができた。『勇者の心』が消えたなら、アベルは死んだ可能性は高い。

 だったら新たな勇者が誕生してもおかしくないし。アリサは新たな勇者の情報も掴んでいるみたいだな。


「アリサ。とりあえず、引き続き情報収集を続けてくれよ。新たな勇者がどう動くか、出方を探る必要がある。アベルのときの二の舞にはなりたくないからな」


 アベルのときは、まだ何もしていないと魔族の領域に侵攻するまで放置したことで。魔族を見殺しにしてしまったからな。新たな勇者が動く前に、勇者と周りの連中の狙いを探る必要がある。


「アリウスはん、解っとるがな。うちはアリウスはんに、二度と嫌な思いをさせるつもりはないで」


 アリサはしれっと言っているけど。アリサは元勇者パーティーだから、勇者アベルの魔族の領域への侵攻に思いきり関わっている。俺がアリサを裏切らせて、アベルとイシュトバル王国軍を退けることに協力して貰ったけど。


 それにアリサはアベルが死んだことにも、間接的に関わっている。アリサはアベルが攫われたときに、わざと見逃したからな。

 本人は認めないけど。アリサはアベルが攫われたときに、アベルと同じイシュトバル王国の王宮にいたんだから。アリサなら犯人の侵入に気づいていた筈だ。


 アリサに悪意があったとは思わないけど。魔王アラニスにアッサリと破れて、勇者の力を失ったアベルは、アリサにとって不要な存在だったし。アベルが攫われたことで、勇者復活の希望を完全に断たれたイシュトバル王国は、残された最強戦力である元勇者パーティーのアリサたちを、さらに頼ることになった。


 アリサが情報収集に長けていることは解っているし。アリサなら新たな勇者の情報を確実に掴むだろう。だけどアリサは損得で動く奴だからな。その方が得だと思えば、アリサの都合が良いように情報を書き換える可能性もある。


 その辺・・・も理解した上で、アリサとは付き合う必要があるんだよ。

 だから俺はアリサを情報源の一つとして捉えて。他のルートからも情報を得るようにしている。まあ、情報の信憑性を判断するのも、俺の仕事だからな。


 アリサと別れて、城塞の廊下を歩いていると。


「アリウス、てめえ……」


 元勇者パーティーの1人、クリス・ブラッドに出くわした。


 クリスと最初に会ったのは5年前。勇者アベルから、俺を勇者パーティーに誘うように言われていたらしく。カーネルの街の冒険者ギルドに来たこいつは、いきなりアランとジェシカを殺そうとした。当然、俺が排除したけど。


 勇者アベルから俺が従わないなら、殺しても構わないと言われたらしいけど。クリスの行動は完全にイカれていた。

 クリスはどうしようもない奴だと思うけど。アリサはまだ利用価値があると、クリスを使っている。


「クリス、俺に何か言いたいことがあるのか?」


「てめえにやられた恨みを、俺は絶対に忘れねえ。必ず後悔させてやるぜ!」


 言葉は威勢が良いけど、クリスは俺と目を合わせようとしない。

 『自由の国』に来てから、何度か見掛けているけど。これまでのクリスは、俺に気づくと殺意の籠った視線を向けてきた。


 だけど今のクリスは只の負け犬にしか見えない。結局こいつは狂戦士化する勇者のスキル『勇者の心』に依存して、イキがっていたってことか。

 だけどこういう奴は自分の保身のために、平気で人を裏切るからな。裏切ればどうなるか、解らせておく必要がある。


「クリス、勘違いするなよ。俺はおまえを許した訳じゃない。カーネルの街でおまえを殺さなかったのは、無駄な殺しをする気がなかっただけだ。

 おまえが裏切ろうとしたら、警告なしで殺すからな。証拠とかそんなものは関係ない。おまえはジェシカとアランを殺そうしたんだ。それだけでおまえを殺すには十分だ」


 『勇者の心』を失っても、クリスは600レベル超えだ。みんなにとっては十分脅威になるし、他の奴と手を組む可能性もある。

 俺はこんな奴のために、みんなを危険に晒すつもりはない。だから証拠なんて関係なしに、こいつが裏切ろうとした時点で殺す。それで俺が罪に問われたとしても構わない。


 俺は一応『自由の国フリーランド』の国王だからな。一国の国王を裁く法律なんてないかも知れないけど。俺は誰に何を言われようと、どんな制裁を受けても。全部無視して、みんなを守るってことだ。


 俺が本気なのが解ったらしく、クリスが血の気を失って真っ青になる。とりあえず、これで問題ないだろう。


「クリス、何をやっとんのや。クリスがアリウスはんに喧嘩を売るなんて、1万年早いで」


 このタイミングで、再びアリサが登場する。まあ、アリサは魔法を使って全部見ていたんだろうけど。


「アリサ、てめえまで……」


 クリスは血のように赤い眼でアリサを睨む。だけどアリサの冷ややかな笑みを見て、直ぐに眼を反らした。


「クリス、元々あんたとアリウスはんじゃ格が違うんや。その上『勇者の心』を失ったあんたに大した価値はないで。

 だけどうちは優しいからな。あんたを見捨てたりせんで。少くとも、あんたが役に立つ内はな。だから精々、うちとアリウスはんのために働きや」


「……ああ、解っているぜ」


 クリスが逃げるように立ち去る。アリサはクリスを完全に掌の上で転がしているようだな。今のクリスが俺と会ったらどうなるか。それも解っていたんだろう。


「アリサ。クリスが何かしたら、おまえの責任ってことで良いんだよな?」


 アリサに上手く使われたからな。こっちも使わせて貰う。


「勿論や。クリスには、うちが見えない首輪を付けとるからな。アリウスはんに迷惑は掛けへんで」


 アリサはしたたかに笑った。

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