第228話:傀儡師

 冒険者ギルド本部長の部屋で。俺はオルテガと話を続ける。


「そう言えば、オルテガさん。ケヴィンさんの弟子に会ったよ。ヒュウガ・ロフトンってSS級冒険者だ」


「そうか。ヒュウガがアリウスのところを訪ねたのか。まだ粗削りだが、なかなか面白い奴だろう?」


「オルテガさんも、ヒュウガのことを良く知っているみたいだな」


「いや、良くってほどじゃないが。これでも俺は冒険者ギルド本部長だからな。S級以上の冒険者のことは、それなりに把握しているつもりだ」


 オルテガは懐かしそうな顔をする。


「アリウスがケヴィン・ファウラに勝って、SSS級冒険者になったのは、もう9年前か。12歳のSSS級冒険者なんて、末恐ろしい奴とは思っていがな。アリウスは本当にとんでもない奴になったな」


「ケヴィンさんに勝ったと言っても、ほとんど不戦勝みたいなものだからな。ケヴィンさんが勝ちを譲ってくれたんだよ」


 戦い始めてから僅か1分で、ケヴィンは負けを認めて戦いを止めた。


「まあ、ケヴィンは元々冒険者になりたくてなった訳じゃないらしいからな。辞めたがっていたのは事実だが。あいつが勝ちを譲ったのは、アリウスならSSS級冒険者に相応しいと思ったんだろう」


「ケヴィンさんが冒険者になりたくなかったって、どういうことだよ?」


「いや、俺もそこまで詳しい訳じゃないが。ケヴィンの奴は故郷のしがらみを断ち切るために、冒険者になったって聞いたことがある。SSS級冒険者になれば、国から完全に独立した存在になれるからな」


 世界に10人しかいないSSS級冒険者を、国が縛ることはできない。これは冒険者ギルドがある国々が取り決めたルールで。強大な力を持つSSS冒険者を国が抱え込むと、パワーバランスが崩れるからだ。


 SSS級冒険者本人が望むなら問題ないから、半ば形骸化したルールだけど。本気で国との関係を断ち切りたいなら、SSS級冒険者になるのは有効な手段だ。

 だけどケヴィンは初めからSSS級冒険者になるつもりで、冒険者になったってことか。


「自分からSSS級冒険者を辞めたってことは、もうその必要がないってことか。ケヴィンさんは冒険者そのものも引退したんだよな?」


「ああ。だからまさか、あいつが冒険者の弟子を取るとは思わなかったが。俺もケヴィンとそこまで親しい訳じゃない。今どこにいるからも知らないくらいだ」


 ヒュウガに頼めば、ケヴィンの居場所くらい教えてくれると思うけど。そのうち、ケヴィンに会いに行ってみるか。


「話を戻すけど。これからヴィラルのところに行くけど、何か伝えることはあるか?」


 ヴィラルというのは、さっき話した新しい街の防衛手段の件で、オルテガに交渉して貰った相手のことだ。オルテガは嫌そうな顔をする。


「いや、あの変人とは極力関わりたくない。おまえの依頼が順調に進んでいる以上、俺からは何も言うことはないぜ」


 まあ、俺もヴィラルと何度も会っているから。オルテガが言いたいことは解るけどね。


※ ※ ※ ※


 俺が向かった先は、とある国と国の間に広がる森林地帯。

 二つの国は森を迂回する街道で結ばれていて。凶悪な魔物が巣くう鬱蒼と茂る森に、わざわざ立ち入ろうとする者はいない。

 そんな森の中に高さ50mほどの苔むした塔が聳える。俺は塔を目指して空を駆け抜ける。


 塔の周りは木が伐採されて、広場のようになっている。塔に近づくと、周囲の森の中から突然5つの人影が飛び出して来た。

 背中から金属の翼が生えた、それぞれ髪の色と髪型が違う5人の女子――初めて見たときは、一瞬そう思ったけど。こいつら人間じゃなくて、表情のない人形だ。


 対戦車ライフルのような巨大な魔銃を構える2体が、躊躇ちゅうちょなく魔力の弾丸を放つ。残りの3体は拳銃サイズの魔銃を連射しながら突っ込んでくる。


「毎回思うけど、いきなり攻撃するなよ。俺じゃなかったら、死人が出るところだろう」


 俺は弾丸を全て躱しながら。『絶対防壁アブソリュートシールド』を展開して、5体の人形を閉じ込める。

 人形たちは暴れているけど。俺の『絶対防壁』から出ることは不可能だ。


 人形たちを放置して、勝手に塔の中に入る。

 塔の1階は工房として使われていて。人形の部品や材料と思われるモノが、そこら中に乱雑に置かれている。


「なあ、ヴィラル。事前に『伝言メッセージ』で行くことを伝えただろう。次に襲い掛かって来たら、おまえの人形を破壊するからな」


 奥にいたのはゴーグルを掛けた50代の男。髪と髭は伸ばし放題って感じだ。男は人形製作の真っ最中で。周りには外で襲い掛かって来たのとはタイプが違う人形たちが、作業を手伝っている。


「アリウス、細かいことは言うな。この森には魔物がウジャウジャいるんだ。近づいて来る奴を、いちいち区別なんてできるか」


 男は作業を止めずに、振り向くこともなく応える。


「それに何度も言っているだろう。人形じゃなくて傀儡くぐつと言え。俺の傀儡を破壊したら、おまえの依頼はキャンセルするからな」


 こいつは自称『傀儡師』のヴィラル・スカール。ゴーレム製作に特化した魔術士で。『傀儡』と呼ぶ他人には真似できない独創的なゴーレムを作る。

 ヴィラルは傀儡を製作するに必要な魔石や素材を集めるために、冒険者をしていて。冒険者としてもSS級だ。


 これだけだと素晴らしい人材のように聞こえるけど。ヴィラルにとっては傀儡が全てで、人を人とも思わない傍若無人な性格の変人だ。

 その性格のせいで何度もトラブルを起こしていて。今では人が一切寄りつかない森の奥で、傀儡に囲まれて暮らしている。


「そういうことは真面目に仕事をしてから言えよ。『伝言』では依頼を順調にこなしているって話だったけど。俺の依頼を放置して、何をやってるんだよ?」

 俺がヴィラルに依頼したのは、こいつが今作っている人形の製作じゃない。


「アリウス、俺を誰だと思っているんだ? 『傀儡師』ヴィラル様にかかれば、おまえの依頼など、詰まらん朝飯前の仕事だ。もう半分は完成しているから、きっちり期日までに仕上げる。だからグダグダ言うな」


「半分完成してるって、本当かよ? この前の打ち合わせで、ようやくスペックが固まったところだろう」


「疑うなら、勝手に地下室に行って見て来い」


 作業の手を止めないヴィラルを残して、俺は地下室に向かう。

 仄かな魔法の明かりに照らし出される地下室には、全長5mほどのゴーレム10体が置かれていた。


 傀儡と違って、鋼鉄の巨人って感じのフォルム。『自由の国フリーランド』の防衛手段の1つとして、俺がヴィラルに依頼したものだ。まあ、鋼鉄じゃなくて妖精銀ミスリル製だけど。


 街を守る戦力が必要なら、傭兵や冒険者を雇えば良いと思うだろう。一応、最低限の人数は雇っているけど。人間と魔族が対立したときに、傭兵や冒険者は人間側の戦力になる。魔族だってそう考えるだろう。


 均衡を保つために魔族も戦力として雇う手もあるけど、対立を助長するようなモノだからな。その点、ゴーレムなら人間にも魔族にも与しない中立的な戦力だから問題ないだろう。あからさまに配備すると威圧することになるから、非常時以外は城塞に隠しておくつもりだ。


 ちなみにゴーレムに使った妖精銀は、魔王アラニスと取引して、魔族の領域の鉱山で採掘したものだ。人間と魔族が共存する街については、何年前から考えていたんだよ。

 勿論、アラニスには相応の対価を払っているし。妖精銀の採掘自体は、俺が魔法を使えば簡単だった。

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