第213話:魔法省


 数日後。俺はロナウディア王国の王都にある魔法省に来ている。


「アリウス君、いらっしゃい。今日は私がアリウス君を案内するね」


 ノエルが笑顔で出迎えてくれる。ノエルは学院を卒業した後、王国魔法省の研究員になった。

 魔法省にいるときのノエルは、家にいるときのように髪を下ろしていない。学院の生徒だった頃のように三つ編みに眼鏡で。魔法省の制服も何となく学院の制服に似ているから、懐かしい感じだ。


 ノエルの案内で魔法省の中を歩く。魔法省は王宮と学院に次いで、王都の中心部に広い敷地を確保している。

 世界中から集められた魔法に関する大量の蔵書や、様々な魔法を研究する部署があることで知られている。王宮に仕える宮廷魔術士も、大半が魔法省出身だ。


 俺たちが向かったのは、魔法省の研究室ラボの1つ。研究室と言っても、魔法省の敷地内に独立した塔のような建物だ。


「『魔王の代理人』アリウス閣下、初めまして。私は魔法省第8研究室室長のヴィレッタ・コーネリアスと申します。お会いできて光栄です」


 クリーム色の長い髪を後ろで束ねた40代半ばの女性。白衣を着た如何いかにも研究者って感じの彼女は、ノエルの直属の上司だ。


「アリウスです。ヴィレッタさん、初めまして。俺もヴィレッタさんが魔導具開発の天才・・・・・・・・として有名なことは知っていますが。堅苦しいのは好きじゃないので、お互いに敬称も敬語もなしにしませんか?」


「そう言って貰えると助かるよ。私も堅苦しいのは苦手でね」


 俺の提案にヴィレッタはニッコリ笑って、右手を差し出す。


「改めて、ヴィレッタ・コーネリアスだ。やっぱりアリウス・・・・は、ノエルから聞いていた通りの人のようだね」


 ヴィレッタに案内されて、研究室の中を見て回る。そこかしこに照明やシャワー、冷蔵庫や空調器などの日常的に使う様々な魔導具が置かれている。

 この世界には、日用品として魔道具が普及していて。市民が気楽に買える値段じゃないけど。王都の一般家庭の多くに、冷蔵庫や給湯器があるくらいだ。


 だからヴィレッタの研究室にあるのは、どれも特にめずらしい物じゃないけど。ヴィレッタが魔導具開発の天才と呼ばれている理由は、彼女が開発する魔道具の魔力効率が物凄く良いからだ。


 一般的な魔導具は、魔石を消費して動く。魔力効率が良ければ魔石の消費量が抑えられるから、運用コストが安くなる。

 しかもヴィレッタは開発した魔道具を、性能が良くても他の魔道具と同じような価格で販売しているから。魔導具全体の市場価格が下がって、ヴィレッタは魔導具の普及に大きく貢献している。


「SSS級冒険者のアリウスに魔力効率の話をするなんて、おこがましいと思うけど。魔導具の魔力効率を向上させる余地はまだまだあるからね。

 王都やロナウディア王国だけじゃなくて。もっと魔導具を普及させて、世界中の人々の生活を豊かにする。これが私の当面の目標だよ」


 魔導具が普及していると言っても、ロナウディア王国でも地方に行けば、明かりはランプで、薪を燃料にしているところは沢山ある。


「ヴィレッタさんの目標は素晴らしいと思うけど。今の話と俺に何の関係があるんだよ?」


 俺はノエル経由でヴィレッタに頼まれて、今日ここに来た。だけど俺は魔道具に関する基本的な知識は一応あるけど。魔道具の開発なんて専門外だからな。


「魔力を効率良く使うことについて、SSS級冒険者のアリウスほど長けた者はそうはいないだろう。だから魔導具の魔力の効率化について、君の意見を聞かせて欲しいと思ったんだ。

 勿論、個人の技術を魔導具に応用することが難しいのは解っている。だけど何か参考になるんじゃないかと思ってね」


「それなら俺よりも、俺の師匠のセレナの方が適任だろう。俺の魔力操作は戦闘に特化しているし。魔法全般の知識については、俺なんてセレナの足元にも及ばないからな」


「なるほどね。アリウスが言いたいことは解ったけど。実は私は君の師匠のセレナ・オスタリカ……今はセレナ・シュタットだったね。彼女とは昔から知り合いなんだよ。今回のことはすでに彼女に頼んでいて、断わられてしまったんだ」


 ヴィレッタもセレナも魔法に精通しているから、知り合いだとしても不思議じゃない。

 セレナは国に関わることが好きじゃないけど。ヴィレッタがやろうとしていることは、世の中の役に立つことだからな。セレナが協力しない理由が解らない。


「なんで断ったのか、セレナに訊いてみるよ」


 『伝言メッセージ』をセレナに送ると、直ぐに返事が返って来た。

 どうやらヴィレッタの同僚の魔法省の奴が、ヴィレッタが開発した魔道具の販売に関わって。利権絡みで私腹を肥やしていることが、セレナは気に食わないらしい。


 ヴィレッタは利権とか、そういうことに疎いそうで。セレナが利用されていると指摘しても、大した問題じゃないと耳を貸さなかったそうだ。


『アリウスが手を貸す分には構わないけど。せっかくだから、私腹を肥やしている奴を排除したら? アリウスならできるわよね。そいつがいなくなれば、私も協力するわよ』


 まあ、エリクに頼めば、そいつを排除するのは簡単だし。俺もそういう奴は嫌いだからな。


「ヴィレッタさん、事情は解ったよ。俺に時間があるときで、俺にできる範囲なら協力しても構わない。だけど条件がある。俺が関わることでヴィレッタさんが開発した魔道具は、エリクを通して販売する形にして欲しいんだ」


「エリク殿下にも利益を回せってこと? アリウスとエリク殿下が仲が良いって話は本当みたいね。だけどそのせいで価格が高くなると、普及に響くから困るんだけど」


「いや、エリクが利益を取ることはないと思うよ。むしろエリクを通せば、マージンを取る奴が減るから価格は安くなるんじゃないかな」


 エリクを通す形にするのは、魔法省の奴らを牽制して、利益を掠め取る余地をなくすためだ。まあ、エリクなら協力してくれるだろう。


「価格が上がらないなら、私は構わないよ。何ならこれまで私が開発した魔道具も、全部エリク殿下を通して販売しても構わないけど」


 ヴィレッタは本当に利権に無頓着な性格みたいだな。だけどこれまで開発した分もエリクを通す形にすれば、ヴィレッタの利益を守って。利益を掠め取る奴らを完全に排除できる。


「じゃあ、俺にできる範囲しか協力できないけど。早速、ヴィレッタさんの話を聞こうか」


 セレナも協力してくれるみたいだからな。俺じゃ解らないことは、セレナに訊けば良いだろう。


「アリウス君、ヴィレッタさんに協力してくれてありがとう。やっぱりアリウス君に相談して良かったよ」


 ノエルも嬉しいそうだ。


「ノエル、礼を言うのは早いだろう。俺が本当に役に立つか、まだ解らないからな」


「アリウス君なら大丈夫だよ。私には信じられないようなことを、アリウス君はいつも簡単にやっちゃうから」


 ノエルが信頼してくれるのは嬉しいけど。俺だって何でもできる訳じゃないからな。

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