第212話:夏休みの予定


 王国諜報部を後にして。俺とエリク、ミリア、シリウス、アリシアの5人は、王都の繁華街を歩く。

 エリクの護衛が同行しないのは、俺とミリアがいるからとエリクが断ったからだ。


 諜報部でも主力クラスのミリアの実力は、王宮でも知られているみたいだし。ミリアは学院の生徒の頃からエリクの仕事を手伝っているから、信頼されているんだろう。


 行き交う人たちがエリクに気づいて、我先にと声を掛けて来る。エリクはいつもの爽やかな笑顔で1人1人に応えながら、街を歩く。

 不用意に近づいて来る奴もいるけど、エリク自身に隙がないし。俺とミリアがさり気なく動いて、エリクとの間に入る。魔法を使えば守るのは簡単だけど、そういうのは野暮だからな。


 俺も『魔王の代理人』として、それなりに有名人になったけど。エリクみたいに一般人にまで顔を知られている訳じゃないし。シャツ1枚にズボンというラフな格好だから、護衛くらいにしてか見えないだろう。


「ミリアさんには、今の僕じゃ全然敵わないよ」


「ホント、ミリアさんは強いわよね」


「それは、私の方が2人よりも7歳年上だからね。2人に負ける訳にはいかないわよ」


 ミリアは周りを警戒しながらも、道すがらシリウスとアリシアと話をしている。

 シリウスとアリシアもミリアに一目置いているみたいだな。


 シリウスとアリシアは俺と同じように、父親のダリウスと母親のレイアの子供だからスペックが高い。

 だけどミリアも『恋学コイガク』で元々スペックが高い上に、学院の生徒の頃から真面目に鍛錬を続けているからな。強いのは当然だろう。


「だけどシリウスとアリウスが頑張っていることは解っているから。私も負けないように、これからも頑張るわよ」


 ミリアもシリウスとアリシアのことは認めていて。


「僕もミリアさんに負けないように頑張るよ!」


「私もミリアさんに負けないように頑張るわ!」


「うん。2人とも、よろしい。ご褒美に、今日は私が奢ってあげるわよ」


 ミリアがシリウスとアリシアの頭を撫でる。今ではまるで姉弟や姉妹みたいに、3人は仲が良いんだよな。


 俺たちが向かった先は、繁華街の奥まったところにある古ぼけた喫茶店カフェ


 ミリアが学院の生徒の頃から通っている行きつけの店で。渋い感じの老店主が1人でやっていたんだけど。

 最近は孫娘が手伝いに来るようになって。孫娘が作る昔ながらのシンプルだけど上品な味のスイーツが、知る人ぞ知るって感じで。ひそかに評判になっているらしい。


「このフルーツパフェ……物凄く美味しいわ! 完熟マンゴーとパインに、濃厚なバニラアイス。生クリームは逆にサッパリしてて……うん、幸せ!」


「アリシアは良く解っているじゃない。見た目が今どきの派手な感じじゃなくて、シンプルなのも良いのよね。マリアさんは見た目じゃなくて、味にこだわっているのよ」


 ミリアが注文したのは、プリンアラモードで。プリンとバニラアイスと生クリーム、フールツ満載だ。

 アリシアとミリアがスイーツを熱く語る。やっぱり、女子はスイーツが好きだよな。


「このチーズケーキも濃厚で、凄く美味しい……」


 シリウスが目を丸くする。まあ、スイーツが好きなのは女子だけじゃないからな。


「確かに美味しいね。僕は王宮のお土産に買って行こうかな?」


 エリクが感心している。俺とエリクもコーヒーと一緒に、今日のお勧めのチーズケーキを注文した。エリクはスイーツ好きと言うか。甘いモノも酒も行けるクチだ。


「皆さん、ありがとうございます! ですが、エリク殿下。こう言っては何ですが、私のケーキはとても王宮に出せるような上品なモノじゃありませんよ!」


 店のカウンターから、癖のある栗色の髪の女子が慌てて出て来る。年齢は20代半ばってところだ。彼女が店主の孫娘のマリアだ。


「そうですよ。エリク殿下、冗談が過ぎます。うちの孫娘が作る菓子は、身内贔屓抜きにしても悪くはないとは思いますが。王室の料理人の方と比べるのは失礼ですよ」


 店主はエリクとも顔見知りみたいで、ハッキリ断っている。


「いや、言いたいことは解るけど。僕はこのチーズケーキの美味しさは、王宮の料理人たちも認めると思うよ。基本に忠実だけど、焼き加減が絶妙だし。使っているチーズや砂糖、小麦にも拘っているよね?」


「ええ、そうです……エリク殿下、ありがとうございます!」


 マリアが深々と頭を下げる。自分のこだわりに、エリクが気づいてくれたことが嬉しいんだろう。


「じゃあ、チーズケーキを1ホール。お土産用に包んで貰えるかな」


 ここまで言われたら断る理由もなく。マリアは再び頭を下げると、お土産用のチーズケーキを用意しに行く。

 すっかり話題がチーズケーキとエリクの方に行ったけど。アリシアとミリアは目の前のスイーツに夢中で、別に気にしていないみたいだな。


「学院は1学期の試験も終わって。シリウスとアリシアは相変わらず、成績の方も優秀みたいだね」


 学院の1年生は5月に1学期の試験があるけど、2年生と3年生は夏休み前の7月に試験がある。

 シリウスとアリシアは毎回トップ争いをしていて。今回はシリウスが学年1位で、アリシアが2位だった。2人は勉強も真面目にやっているからな。


「学院はもうすぐ夏休みだけど。シリウスとアリシアの予定はどうなのかな? 去年は夏休みの間も、ほとんど毎日諜報部の訓練に参加していたみたいだけど」


 シリウスとアリシアは1年生の途中から諜報部の訓練に参加するようになって。去年の夏も父親のダリウスと母親のレイアと一緒に1週間のバカンスに行ったとき以外は、訓練に参加していた。


 ちなみに去年の俺は、この世界の魔神や神に対抗する力を手に入れるために。夏の間も世界迷宮ワールドダンジョンに四六時中挑んでいたけど。


「とりあえず、シリウスとアリシアは冒険者になりたいみたいだからな。カーネルの街に連れて行こうと思っているんだ。

 ジェシカたちは『竜の王宮』ってダンジョンを攻略中だから、カーネルの街を離れているけど。他にも冒険者の知り合いがいるし。カーネルの街の近くには、冒険者の登竜門と言われる『ギュネイの大迷宮』があるからな」


 『ギュネイの大迷宮』は高難易度ハイクラスダンジョンの中でも、屈指の攻略難易度だけど。攻略難易度が高いのは中層部以下で、低層部は中難易度ダンジョンと大差ない。だから自分の力を試すにはうってつけだ。


 父親のダリウスと母親のレイアには、当然相談済みで。


「『ギュネイの大迷宮』に挑むのも楽しみだけど。カーネルの街には、アリウス兄さんを昔から知っている冒険者がいるんだよね? 僕は兄さんの昔の話を聞いてみたいな」


「アリウスお兄ちゃんは10歳のときに、グレイさんとセレナさんと一緒に『ギュネイの大迷宮』を攻略したのよね。今の私の力がどこまで通用するか、試してみたいわ」


 シリウスとアリシアも乗り気だ。俺も時間を見つけて、2人のダンジョン攻略に付き合うつもりだよ。

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