第199話:シンたちの実力

※三人称視点※


「ムルシア、そこまで言うほどの相手か? まあ、それなりには戦えそうだから、退屈しないで済みそうだが」


「ボロニス、貴方は何を考えているのですか? 魔神シャンピエール陛下より我々が承った任務は、この者たちを捉えることですよ。ということですので、無駄な抵抗はしないで貰えると、手間が省けて助かるのですが」


 4つ腕で下半身が馬の悪魔ムルシアと、1つ目巨人の悪魔のボロニス。2人の悪魔が放つ魔力は、シンたちを遥かに上回っている。


 だけど元SSS級冒険者序列1位シン・リヒテンベルガーは不敵に笑う。


「なかなか手ごたえのありそうな相手じゃのう……ガルド、シュタインヘルト。デカブツの方は任せるぞ」


 ガルドは犬歯を剥き出しにして笑う。


「何言ってんだ、クソ爺。デカブツは俺1人で十分だぜ。シュタインヘルト、てめえは雑魚の相手でもしていろ」


 シュタインヘルトは目を細めて、2人の悪魔の力量を見極めようとする。


「つまり俺は、おまえたちが危うくなったらサポートする役目ということだな」


 4つ腕で下半身が馬の悪魔ムルシアがあざけるように笑う。


「随分と大口を叩きますね。結局は彼我の実力差も解らない愚かモノのようですが。良いでしょう。ギリギリ殺さない程度に痛めつけてあげますよ」


 ムルシアは4本の鈍色にぶいろの鞭を手にする。まるで生きているように、それぞれが独立して動く鞭は、音速を遥かに超える速度でシンに襲い掛かる。


 シンは一気に加速すると、4本の鞭の隙間を擦り抜けてムルシアに迫る。

 シンは三節槍を叩き込もうとするが、ムルシアの鞭が軌道を変えて瞬時に戻る。2本がシンの攻撃を防ぐのと同時に、残りの2本がシンの背後を狙う。

 だがシンもまるで背後が見えているように、2本の鞭を最小限の動きで躱した。


「人間風情にしてはやりますね。ですが、ここまででしょう」


 ムルシアは鞭をさらに加速させる。動きも不規則になって、4本の動きを同時に見極めるのは至難の業だ。

 だがそれでもシンは鞭と鞭の間の僅かな空間を、擦り抜けるように躱して。躱しきれないモノは三節槍で捌く。


「ほう……まだ付いて来ますか。貴方の戦闘技術の高さは認めましょう。ですがその程度の魔力で、どこまで持つか」


 魔力の強さに明らかな差があるのだから、シンはムルシアの鞭を捌く度に消耗している筈だ。ムルシアはそうタカを括っていたが。


「お主は勘違いしておるようだが、魔力の強さが全てではない。お主の魔力操作は、儂に言わせれば雑過ぎるわ。この程度の攻撃なら幾らでも捌けるぞ」


「何を戯言を……私を煽って隙を突くつもりですか?」


 ムルシアは魔神シャンピエールに仕える幹部の1人だ。いくら魔力が強くても、魔力操作に長けていなければ、魔神の幹部になれる筈はない。

 ムルシアは自分の魔力操作に自信があるから、シンの言葉を戯言と切り捨てるが。


「ならば、儂の言葉が正しいことを証明してやろう」


 シンは再び鞭の間を擦り抜けて、ムルシアに迫ると。三節槍の両端の槍先で切り付ける。

 ムルシアも鞭を操作して2本でシンの攻撃を受けると同時に、残りの2本がシンの背後から襲い掛かる。先程の繰り返しのようなシーンだが、シンはムルシアの動くを完全に見切っていた。

 2つの槍先にピンポイントで集約したシンの魔力が、ムルシアの鞭を断ち切る。


「何!」


 そのままシンは追尾する残り2本の鞭を躱しながら、ムルシアに切り付ける。

 集約した魔力がムルシアが纏う魔力を貫いて、胸に傷をつけた。

 決して深い傷ではないが、魔力の強さでは遥かに勝るムルシアは予想外のダメージに唖然とする。


 その隙をシンが逃す筈もなく、立て続けに攻撃を放って。反射的にガードするムルシアの4本の腕に、無数の傷を作る。


 一方、ガルドと1つ目巨人の悪魔のボロニスはと言うと。


「鼠が……ちょこまかと動きおって!」


 ボロニスは巨体を生かした素手での戦闘に長けており。柱のような腕と足を、巨体に似合わない速度で放って相手を粉砕する。パワーと速度を兼ね揃えた戦闘スタイルだ。


「確かに速えが……動きが直線的なんだよ。てめえなんざ、クソ爺の足元にも及ばねえぜ!」


 魔王アラニスに敗れて、死んだことになって。ガルドはシンと共に魔族の国ガーディアルに残って、度々手合わせをするようになった。

 ガルドはシンが自分よりも強いとは思わないが。戦闘技術ではシンの方が勝ることは認めている。


 そんなシンを2年半以上相手にして来たガルドにとって。ボロニスの攻撃は確かに強力だが、当たらなければ意味がないという程度にしか感じなかった。

 それでもガルドの魔力操作の精度は、シンほどではないから。ガルドの攻撃は命中はするが、ボロニスが纏う魔力に阻まれて。ほとんどダメージを与えられていない。


「ガルド、攻めあぐねているようだな。手を貸すぞ」


 シュタインヘルトはシンとガルドの傍らで、他の悪魔たちの相手をしている。


 シンとガルドと背中合わせで戦っていたからこそ、100人近い悪魔を相手にすることができた訳で。2人がムルシアとボロニスに集中している今。シュタインヘルト1人では、悪魔たちに包囲されて、なぶり殺しにされそうなものだが。

 シュタインヘルトは絶妙な位置取りで、悪魔たちを翻弄しながら戦っている。


 ムルシアとボロニスが好き勝手に戦っているから、他の悪魔たちは2人の間合いに入ることができない。シュタインヘルトはそれを壁のように利用して、悪魔たちが攻撃して来る方向を制限している。


 無論、それでも複数の悪魔を同時に相手にすることになるが。シュタインヘルトはアリウスばりに高速移動と、『短距離転移ディメンジョンムーブ』を繰り返して。悪魔たちの攻撃を躱しながら、1体ずつ確実に仕留めて行く。


「シュタインヘルト、うるせえぞ。このデカブツは俺の獲物だぜ!」


 シュタインヘルトの言葉に、ガルドの集中力が増す。

 シンと何度も手合わせすることで、ガルドは戦闘技術を学んだが。元々は技術云々よりも本能で戦うタイプだ。

 技術を学ぶことで精度が上がった魔力操作に、極限までの集中力が加わって。集約した魔力の刃が、ボロニスの身体を切り裂く。


「な、なんだと……」


 戦力の差は明らかな筈なのに。相手を翻弄しているのは、シン、ガルド、シュタインヘルトの3人の方だ。悪魔たちの戦力は少しずつだが、確実に削られていく。


「おい……貴様たちは、いったい何をやっているのだ? この程度の相手に後れを取るなど、どこまで俺を失望させるつもりだ?」


 突然響く声。シン、ガルド、シュタインヘルトが同時に崩れ落ちる。

 血まみれの3人は、意識を刈り取られていた。


 忽然と姿を現したのは、体長10m級の美丈夫だ。

 流れるような蒼い髪と金色の瞳。光り輝く白銀の鎧を纏う姿は、まるで神のように神々しい。だけど皮肉な笑みを浮かべる顔は、妙に俗物じみていた。


 悪魔たちが片膝を突いて、深々と頭を下げる。


「魔神シャンピエール陛下……陛下が何故ここに?」


「貴様たちが不甲斐ないからに決まっているだろう。やはり貴様たちでは、アリウス・ジルベルトを仕留める戦力にはならんな」


 魔神シャンピエール・ラトリウスは苦々しげな顔で爪を噛む。


「仕方ない……を使うしかないか」


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書籍版の方はマイクロマガジン社様より発売予定。

イラストレーターはParum先生です。

情報公開第二弾として、ソフィアのデザインを近況ノートとTwitterに載せました。


https://kakuyomu.jp/users/okamura-toyozou/news/16817330661793862317

https://twitter.com/TOYOZO_OKAMURA


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