第185話:敗北


 魔神ナイジェルスタットは、本当に様子を見に来ただけらしく。話が終わると、何もしないで帰っていった。


「邪魔が入ったが――アリウス、グレイ、セレナ。最後に私と手合わせするか」


 魔神エリザベートがそう言うと、周囲の景色が一瞬で変わって。俺たち3人とエリザベートは、他に誰もいない広大な空間にいた。


「城の広間では、おまえたちが本気で戦うには狭過ぎるだろう。ここなら邪魔する者もいない。おまえたちの実力を見せてみろ」


 エリザベートが挑発するように笑う。


「私は3人同時に相手にしても構わぬが。それではおまえたちが面白くなかろう?」


 3対1でも勝てるとは思わないけど。エリザベートとの実力の差を、見極めるには願ってもない話だ。


「エリザベート陛下。じゃあ、俺から行かせて貰うよ」


 グレイとセレナに視線を向けると、2人が頷く。すると2人と取り囲むように金色の球体が出現した。


「これでグレイとセレナのことを気にする必要はない。2人の安全は私が保証しよう。さあ、アリウス。最初から全力で来い」


「ああ。そうさせて貰うよ!」


 俺は一気に限界まで加速して、エリザベートに迫る。2本の剣に全力の魔力を込めて、長く伸びた魔力の刃を叩き込む。

 だけどエリザベートは巨大な身体を、最小限動かすだけで躱した。


 俺は短距離転移ディメンジョンムーブと、高速移動を織り交ぜて。動き回りながら、続けざまにコンマ数秒毎に攻撃を繰り出す。

 だけどエリザベートは、俺の攻撃を全て余裕で躱した。


「そろそろ、こちらも攻撃させて貰うぞ」


 エリザベートは巨大な金色の剣を出現させると、物凄い速度で振るう。

 勿論、只速いだけじゃなくて、膨大で濃密な魔力を纏っていて。狙いもミリ単位の精度だ。


 俺は反応して躱すけど。エリザベートの剣が帯びる魔力が掠るだけで、HPがゴッソリと削られる。こんな攻撃が直撃したら一溜りもないな。


「アリウス、貴様の実力はこんなものか?」


 もっと本気を出せと、エリザベートがニヤリと笑う。


 俺は『完全治癒パーフェクトヒール』でHPを回復させながら。再び短距離転移ディメンジョンムーブと高速移動で動き回って、エリザベートの死角を突く。

 だけどエリザベートは、これも余裕で躱す。まあ、エリザベートなら当然か。


「狙いは悪くないが。アリウス、動きが遅過ぎるぞ」


 そう言われても、俺は初めから限界まで加速しているからな。フェイントや剣の軌道の変化、魔法攻撃を織り交ぜたり。やれることを全部試す。


 エリザベートはパワーもスピードも攻撃の精度も、全てが桁違いだ。

 俺の攻撃は掠りもしないで。魔法は発動する前に解除ディスペルされる。俺の方はHPを瞬く間に削られて行く。


 それでもまだ動けるからな。俺は頭をフル回転させて、エリザベートの動きを見極めようする。


 直撃だけは何とか躱して、HPを削られる度に回復しながら。

 MPが尽きて、HPがレッドゾーンになるまで。俺はエリザベートに挑み続けた。


「アリウス、なかなかやるじゃないか。私を相手にしてこれだけ持ったのは、おまえが初めてだぞ」


 いや、そんなことを言われても全然嬉しくない。俺は何もできなかった。

 エリザベートに触れることさえできずに、俺はボロボロになって床に転がっている。


 しかもエリザベートは全然本気じゃなかった。エリザベートが本気だったら、俺は瞬殺されていた。それだけの力の差があることだけは、俺も解っている。


「エリザベート陛下、俺の完敗だよ。いや、勝負にすらなっていなかったから。負けたと言うのも、おこがましいな」


 敗北を味合うのは久しぶりだな。

 グレイとセレナとパーティーを組んでいた頃は、模擬戦で何度もボコボコにされたけど。学院に入学してから、俺は今日まで敗けたことがなかった。


 もっとも最難関トップクラスダンジョンを攻略しているときに、何度も撤退を余儀なくされたし。

 アラニスとは戦う理由がないから、戦わなかっただけで。出会った頃にアラニスと戦っていたら、今日みたいに敗北していただろう。


「それでもおまえは最後まで勝つことを模索し、おまえの目は死んでおらぬ。どうすれば私に勝てるか、今もずっと考えておるだろう?」


 エリザベートは全部お見通しみたいだな。

 俺は敗けることなんて、恐れていない。敗けることで、誰かが何かを失うなら話は別だけど。


 敗けることで俺に足りないことや、俺より強い奴の実力が解るから。俺はもっと強くなるために、何をすべきか考えれば良い。


 エリザベートたち魔神の領域は、遥か高みにある。どうすれば辿り着けるのか、ずっと考えているけど。今の自分と差があり過ぎて、答えが見つからない。

 だけど結局のところは、必死に鍛練を続けて。俺が強くなるしかないからな。


 グレイとセレナも、1人ずつエリザベートに挑んで。結果は完敗だったけど。2人の顔をみると、2人も何か思うところがあったみたいだな。


 ボロボロになって城の広間に戻った俺たちを、悪魔たちが蔑むことはなかった。

 むしろ良くそこまで戦ったと称賛するような視線や、まるで同胞に向けるような視線を感じる。


 とりあえず、エリザベートとの手合わせは終わったけど。俺が魔界に来た目的は他にあるからな。


 魔王アラニスから事前に聞いていたけど。魔界には4人の魔神がいて。それぞれの魔神は魔界に国を築いて、悪魔たちの上に君臨している。


 魔界は天界とも繋がっていて。天界にも神が天使を支配する国があって。魔界と天界の戦力は拮抗している。


 まあ、魔神や神と言っても。この世界を創った『神たち』のような存在じゃなくて。強大な力を持つだけの存在らしい。


「エリザベート陛下。魔界や天界の国が、俺たちがいる地上に侵攻する可能性はあるのか?」


 これが俺が考えている最悪のシナリオだ。

 1,000レベル以上が当たり前にいる魔界や天界の奴らが侵攻したら、地上は一溜りもないだろう。


 この世界を創った『神たち』は直接干渉しないって話だけど。魔神や神を使えば、直接干渉することにはならないからな。


「アリウス、おまえはそれを危惧して魔界に来たのか。だが案ずることはない」


 魔神エリザベートは理由を詳しく教えてくれた。


 地上にいる奴は『異界の門ゲート』を通ることで、魔界や天界に来ることができるけど。魔界や天界の存在は『異界の門』を通ることができない。

 魔界や天界の存在が地上に行くには、地上にいる奴が魔法で『召喚』する必要がある。


 魔界や天界の存在を『召喚』しても。彼らが地上にいられるのは、魔法が発動している間だけで。強い力を持つ存在ほど『召喚』するには膨大な魔力が要る。

 魔神や神クラスを召喚するだけの膨大な魔力を、地上にいる奴らが操ることは不可能らしい。


「それでも物事には例外があり。『依り代』となる肉体を用意し、儀式魔法で魔神や神を『受肉』させて地上に呼び出すことは不可能ではない。『召喚』とは違い、『受肉』することで魔神や神は、そのまま地上に留まることができる。


 だが『依り代』となる肉体には様々な条件があり。条件に適合する『依り代』を見つけることは難しい。

 まあ、仮に『依り代』を用意して魔神や神を呼び出したとしても。『受肉』した状態では本来の力の一部しか使えぬからな。

 アリウスやアラニスならば、弱体化した魔神や神など脅威ではなかろう」


 エリザベートの話では、魔界や天界の奴が地上の脅威になる可能性は低いみたいだけど。ルールそのもの・・・・・・が変わる可能性だってあるからな。


 地上の奴しか『異界の門』を通れないのは不自然だからな。おそらく『神たち』が決めたルールだろう。

 だからもしそのルールが変わったら……全ては『神たち』次第ってことだ。


 まあ、可能性の話をしていても仕方ないし。俺はやることをやるだけだ。


 魔界と天界に、魔神や神という強大な存在がいることが解った以上。脅威に備えるために、俺はもっと強くならないと――


 いや、正直に言うよ。俺はもっと強くなりたいんだよ。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:14,112(+52)

HP:149,638 (+556)

MP:228,220(+845)

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