第180話:変化


「グレイ・シュタット殿。セレナ・シュタット殿。アリウス・ジルベルト殿。この度はスタンピードから我が国を良く救ってくれた。聞けば、貴方たちは冒険者ギルドに依頼されたのでなく。自ら動いてくれたそうではないか」


 アドミラル連邦共和国の国家主席ロベルト・ヒューリックが、俺たちに笑顔で握手を求める。


 俺たちはアドミラルの首都を訪れている。スタンピードを無傷で壊滅させた件で、改めて礼がしたいと招待されたからだ。

 国家主席の官邸には、アドミラルを代表する政界と財界の著名人たちが集まって。ロベルトから勲章と報奨金の目録を渡される俺たちを、拍手と歓声で称える。

 

 ちなみにエイジも冒険者ギルドを通じて招待されたけど。エイジは死んだことになってから、冒険者ギルドに一度も姿を見せたことがなく。連絡が取れないらしい。

 まあ、今のエイジは依頼とか関係なしに。自分の道を進んでいるみたいだからな。


魔物モンスター退治は冒険者の仕事だからな。俺たちは仕事をしただけだぜ」


 グレイの言葉に俺とセレナは頷く。


「なるほど。少しも驕るところがないとは、SSS級冒険者の皆さんは強いだけではなく、人格者のようだな」


「私は自分が人格者だなんて思わないわよ。それにSSS級冒険者の中にも自分勝手な馬鹿がいることは、貴方たちも知っているわよね?」


 デュランの話をすると冒険者ギルドの顔を潰すことになるけど。セレナは事実を隠したりしない。


「ハハハ……組織の中に異分子が混じるのは、仕方のないことだ。結果として我々はSSS級冒険者の皆さんに救われたのだから。冒険者ギルドに文句などある筈がない」


 ロベルトが苦笑する。アドミラル連邦共和国と冒険者ギルド本部は、組織同士ですでに和解している。だから式典に水を差すようなセレナの言葉は、ロベルトとしても余計な一言なんだろう。


 表彰が終わると。壇上から降りた彼たちは、アドミラルの著名人たちに囲まれる。

 今回も一番人が集まるのは俺のところで。特に若い女子が多い。


「アリウス閣下は、まだ婚約されていないそうですね」


「貴族社会では10代で結婚するのが普通と言いますが。アリウス閣下は冒険者ですから、やはり貴族社会の堅苦しい習慣は嫌いなのですか?」


「アドミラルは共和制の自由な国ですから、恋愛も自由ですよ」


 まあ、こうなることは解っていたからな。俺は人だかりを擦り抜けるように移動して。人だかりの外にいるドレス姿の女子に声を掛ける。


「エリス。待たせて悪かったな」


「こういうことに私も慣れているから。別に構わないわよ」


 エリスは悪戯っぽく笑って。自然な感じで俺と腕を組む。

 豪奢な金髪と海のように深い青の瞳。凛々しい感じの完璧美少女に、アドミラルの著名人たちは息を飲む。


「ロナウディア王国のエリス・マリアーノ公爵だ。エリスは俺にとって何よりも大切で。どんなことがあっても守りたいんだよ」


 俺にとって大切なのはエリスだけじゃないけど。嘘は言っていない。

 エリスを利用するようで悪いけど。アドミラルの中央政府から招待されたことをエリスに話したら、エリスの方から一緒に行くと言ってくれたんだ。


 著名人たちと卒のない会話をしながら。俺に向ける親し気な笑みと、さり気ないボディタッチで、エリスは親密さをアピールする。


「アリウス。こんなことで私を選んでくれたと勘違いしないから。心配しなくて良いわよ」


 エリスが耳元で囁く。エリスならそう言ってくれると思っていたし。政治絡みの場所に一緒に来るのは、エリスが最適なのは間違いないけど。


「エリスが一緒に来てくれて嬉しいよ。ありがとう、エリス」


「どうしたのよ、アリウス? 改まって言われると照れるじゃない……私の方こそ、アリウスの役に立てて嬉しいわ」


 エリスが頬を染めながら、満面の微みを浮かべる。


 なあ、エリス。俺はエリスを傷つけるようにことは、絶対にしないからな。


※ ※ ※ ※


 アドミラルの式典から何日か過ぎて。俺とエリスは魔族の国ガーディアルの魔都クリステアに向かった。

 魔族との取引について、魔王アラニスと打合せをするためだ。


「アラニス陛下。こちらが新たな交易品のリストとサンプルです」


 アラニスの居城の広間じゃなくて。俺たちがいるのはアラニスの私室だ。

 部屋の外には側近たちが控えているけど。部屋の中にいるのは俺とエリスとアラニスだけだ。


「エリスが選んだ品なら、間違いないことは解っているし。君たちと取引するのはガーディアルではなくて、他の氏族の魔族だからね。私に一々許可を取る必要はないよ」


「いいえ、アラニス陛下。私たちが無事に取引することができるのは、陛下の庇護にあるおかげですから。陛下の許可なく取引を進めることはできません」


「確かにガーディアルの戦士が交易に同行しているけど。十分な報酬は受け取っているからね」


 シンたちが魔王アラニスに敗れて、人間たちが攻めて来る可能性がゼロに近くなったことで。エリスはアラニスに部下を交易に同行させて欲しいと提案した。

 報酬は利益の半分。決して安い金額じゃないけど。俺たちの目的は利益じゃなくて、人間と魔族の争いを終わらせることだからな。


 アラニスの方も報酬目当てじゃなくて。エリスの意図が解ったから承諾したみたいだけど。


「だけどエリスの私兵がいれば、魔族の護衛なんて不要じゃないかな?」


 エリスは魔族との取引のために、多くの冒険者や傭兵を護衛として雇っている。単発の依頼としてじゃなくて。エリスが直接一人一人面談して、長期契約で雇用する形だ。

 中にはS級冒険者クラスもいるからな。戦力として考えれば十分だろう。


「そんなことはありませんよ。ガーディアルの戦士に同行して頂くことで、不要な争いを避けることができますから」


 魔族の取引が広がったことで、トラブルも少なくはない。だけど魔族と戦ってしまえば、勝ったとしても築いた関係を壊すことになる。


「そういう意味では、魔族と争いを起こした者たちのことは本当に申し訳ありません」


「いや、エリスが謝ることじゃないよ。彼らは君の忠告を無視したんだからね」


 魔族との取引で大きな利益を得られると知った商人たちが、エリスを真似て取引に乗り出したけど。利益目的の商人たちがトラブルを起こすことは多い。


 そんな商人たちにエリスは、取引のノウハウを惜しげもなく伝えて。さらには取引の仲介をすることを申し出た。それでもガーディアルの戦士に払う報酬を惜しむ商人たちは、独自に取引を行って、度々トラブルを起こしている。


「まあ、これまで互いを敵と考えていた魔族と人間が取引をするんだからね。多少のトラブルや犠牲は仕方ないよ。それを差し引いても、君たちは魔族と人間に利益以上のものもたらしていると私は思っているよ」


 アラニスはお世辞を言うような奴じゃないからな。本気でそう思っているんだろう。

 アラニスにとって守るべきものは、魔族の国ガーディアルだけで。他の魔族がどうなろうと関係ないって感じだったけど。

 取引きを通じて少しずつ変わっていく魔族と人間の関係に、アラニスも可能性を感じているんだろう。


「ところで、アリウス。以前に話した場所・・のことだけど。そろそろ君も行く気になったんじゃないか。今の君とってこの世界・・・・は狭過ぎるだろう?」


「いや、俺はダンジョンにばかり行っていたからな。やることは沢山あるよ。だけどその場所・・・・もこの世界の一部なんだよな?」


「まあ、神たちの箱庭の一部・・・・・ではあるね」


 俺とアラニスが何の話をしているのか。みんなにも神たちのことは伝えているから、エリスも解っているだろう。

 だけど黙って耳を傾けるだけで、エリスは口を挟まなかった。


「だったら色々と確かめたいことがあるからな。アラニス、俺もそこに連れて行ってくれよ」


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:14,013(+15)

HP:148,581(+161)

MP:226,612(+244)

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