第178話:工作


「アドミラル連邦共和国で発生したスタンピードを、被害ゼロで壊滅させるとはね。まあ、アリウスなら当然だろうけど」


 ロナウディア王国の王宮。俺はエリクの私室に来ている。


 スタンピードの件を最初に教えてくれたのはアリサだけど。その直後にエリクからも『伝言メッセージ』が来た。

 アドミラルはロナウディアから遠く離れた大陸東方の国だし。アリサの方が冒険者絡みの情報には詳しいだろうけど。エリクの情報収集能力は凄いよな。


「今回はグレイとセレナにエイジさんもいたし。俺だけで解決した訳じゃないけどな」


「それは凄いメンバーだね。エイジさんって、元SSS級冒険者のエイジ・マグナス殿のことだろう?」


 死んだことになっているシンたちが実は生きていることは、エリクには話してある。まあ、俺が話す前にエリクは察していたけど。


「だけどアドミラルの件は、これで全部終わりって訳じゃないからな」


 地方都市クーベルの太守ジェフリー・モルガンから、俺たちがスタンピードを無傷で壊滅させた話が、アドミラルの中央政府に伝わって。アドミラルの国家元首が改めて礼をしたいと、冒険者ギルド経由で言って来た。


 冒険者ギルドも依頼を請けたデュランが、スタンピードを放置した件があるからな。断り切れなかったと、オルテガが申し訳なさそうに連絡してきた。


「戦い以外の手段で国を相手にするのも、アリウスには良い経験だと思うけど」


「まあ、面倒だけど。俺もそう思うよ」


 俺が『魔王の代理人』になったのは、人間と魔族の争いを終わらすためだ。だけど『魔王の代理人』という肩書は、俺が想像していた以上に大きな影響力を持つようになった。

 大きな影響力は、それだけ多くの利用しようとする奴を引き付ける訳で。面倒なことが起きるのは、仕方ないだろう。


「だけど争いと言えば。エリク、カサンドラの件はやってくれたな」


 エリクの妻で、グランブレイド帝国のルブナス大公カサンドラ。カサンドラは隣国であるタイラント王国と紛争を起こした。


「いや、アリウスには申し訳ないけど。今回の件に僕は関わっていないんだよ。カサンドラ計略家だからね」


 形としてはタイラント王国の方から仕掛けた紛争だ。だけど紛争の原因は、タイラント王国に隣接するルブナス大公領が、独自に高額の関税を掛けたことだ。

 ほとんど同時に、タイラント王国で内乱が起きたのもタイミングが良過ぎるし。カサンドラが色々と工作しているんだろう。


「元々タイラント王国とグランブレイド帝国の間では、何度も紛争が起きているからね。カサンドラはタイラント王国を併合するつもりなんだよ。

 だけどカサンドラはタイラント王国の王族と兵士以外を殺すつもりはないからね」


 エリクはカサンドラの工作であることを隠そうとしない。まあ、結局のところ仕掛けたのはタイラント王国だし。カサンドラは工作の証拠なんて残していないだろう。


 俺なら紛争を力づくで止めることもできるけど。止めても一時凌ぎに過ぎないだろう。タイラント王国で内乱が起きているからな。カサンドラが関わるのを止めても、争いは終わらない。


「エリクがそう言うなら、カサンドラも無茶はしないだろうけど。何をしても俺が味方になるとは思わないでくれよ」


「ああ、僕はアリウスと友だちでいたいからね。僕は内密でカサンドラの元に行くつもりだよ」


 エリクが妻のカサンドラに会うのは、普段なら何の問題もないけど。今は紛争の最中で、カサンドラがいるのは戦場だからな。

 ロナウディア王国の王太子がカサンドラに会いに行けば、ロナウディア王国が介入したと捉えられる可能性が高い。


「まあ、何かあったら呼んでくれよ。俺は紛争に加担しないけど。エリクを無事に逃がすことくらいしても構わないからな」


「ありがとう、アリウス。もしものときは、君にお願いするかも知れないね」


 まあ、俺が手を貸さなくても。エリクなら自分でどうにかするだろう。

 準備万端で、あらゆる不測の事態を想定している。エリクはそういう奴だからな。


※ ※ ※ ※


 次の日の午後。俺は久しぶりに王立魔法学院を訪れた。

 俺は3月に学院を卒業したから、もう生徒じゃないけど。飛び級で入学した双子の弟と妹、シリウスとアリシアの様子を見に行く。


「……ねえ! あれってアリウス先輩じゃない!」


「キャー! ホントにアリウス様だわ!」


 正門を潜ると。沸き上がる女子たちの黄色い声と熱い視線。

 さすがに卒業したから、俺に嫉妬の視線を向ける男子はいない。まあ、周りの反応なんて、どうでも良いんだけど。


 俺は1年の途中から、あまり学院には来なかったから。大して懐かしいという感じもしない。

 弟と妹に会うために、真っ直ぐに学生寮へ向かう。


 俺が貴族用の寮じゃなくて、平民用の寮を使っていた影響だろう。シリウスとアリシアも平民用の寮を選んだ。


 男子と女子で寮は分かれているから、まずはアリシアの部屋に向かう。

 シリウスは自分は男だから、甘えたくないってところがあるからな。この順番が正解だろう。


 さすがに男の俺が女子寮に入るのは不味いからな。寮の近くでアリシアに『伝言』を送る。


「アリウスお兄ちゃん! 約束通りに来てくれたのね!」


 『伝言』を送ってから数分で。制服姿のアリシアが現れた。

 俺と同じ銀色の髪と氷青色アイスブルーの瞳。今年12歳になるアリシアは兄の贔屓ひいき目じゃなくて。美少女に磨きが掛かって来た。


「俺もアリシアとシリウスの様子を知りたかったからな。学院や寮のことで、なにか困っていることはないか?」


「アリウスお兄ちゃんが、心配してくれるのは嬉しいわ。だけど大丈夫よ。お友だちもできたし。毎日楽しく過ごしているわ」


 アリシアが実家から離れるのは初めてのことだし。たぶん強がりもあるんだろうけど。本人が頑張っているんだから、下手に口出ししない方が良いな。


 アリシアと2人でシリウスの部屋に向かう。部屋の前に立って、ドアをノックすると。


「アリウス兄さん、いらっしゃい! あれ、アリシアが一緒ってことは……ううん、何でもないよ」


 シリウスは歓喜してドアを開けたけど。アリシアに気づいて、表情が少しだけ曇る。

 シリウスも何だかんだ言って、自分を優先して欲しいってことか。


「俺はシリウスもアリシアも同じくらい大好きだからな」


 俺は2人の頭を撫でる。


「ちょっと! アリウス兄さん、恥ずかしいよ。僕はもう子供じゃないんだから!」


「そうよ、アリウスお兄ちゃん! 子ども扱いしないでよね!」


 2人は文句は言うけど、満更でもない感じだな。


 前世の俺に兄妹はいなかったし。この世界でも冒険者になってからは、ほとんど実家にいなかった。だから正直に言えば、まだ俺には兄弟という感覚がイマイチ良く解らない。

 それでも俺はシリウスとアリシアを守りたいと思う。


「今日はどこかに食べに行くか? たまには外食するのも良いだろう」


 シリウスとアリシアが学院に入学するまで。俺は2ヶ月に1回くらいのペースで、2人を遊びに連れて行った。だから一緒に食事に行くくらいは、さすがに慣れている。


「アリウスお兄ちゃん、私はパンケーキが食べたいわ!」


「アリシア。パンケーキはご飯じゃなくて、おやつだろう?」


「あら。シリウスは、何を言ってるのよ。アリウスお兄ちゃんは外食するって言っただけで、ご飯を食べに行くとは言ってないわ」


 窘めようとするシリウスに、アリシアが勝ち誇るように反論する。


「じゃあ、おやつにパンケーキを食べて。夕飯は別の店に行くか。シリウス、何が食べたいんだよ?」


「僕は……アリウス兄さんに任せるよ」


 シリウスは男は細かいことは言わないとか。変なところにこだわっているみたいだな。


「じゃあ、今日の俺はハンバーグが食べたい気分だから。最近王都で有名なハンバーグの店に行くか」


 俺がそう言うと、シリウスは思わず唾を飲み込む。シリウスの好物がハンバーグなのは知っているからな。


「ねえ、アリウスお兄ちゃん。おやつと夕ご飯の間は、どうするの? 私、アリウスお兄ちゃんに、剣術を教えて貰いたいわ」


 アリシアが上目遣いで、甘えた声で言う。アリシアは甘え上手だからな。


「だったら僕も、もっと効率的な魔力操作の仕方を教えて欲しいんだ。イマイチ、コツが掴めなくて」


 シリウスとアリシアは、俺みたいに赤ん坊の頃から鍛えている訳じゃないけど。同年代の中では、相当頑張っている方だろう。


「ああ。俺もシリウスとアリシアが、どれだけ上達したか見たいからな。冒険者ギルドの鍛錬場なら押さえてあるよ」


 シリウスとアリシアなら、そう言うと思ったし。俺も2人の成長ぶりを見たいんだよ。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:13,998(+128)

HP:148,420(+1,368)

MP:226,368(+2,079)

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