第177話:面倒だけど


 デュランをオルテガに引き渡したから。俺は『転移魔法テレポート』でアドミラル連邦共和国の地方都市クーベルに戻る。


 セレナの『簡易要塞セーフティーハウス』に行くと。ジュリアとエイジの喧嘩は収まっていた。まあ、喧嘩というより。ジュリアがエイジを一方的にボコボコにしていたんだけど。


「アリウス、さっきは恥ずかしいところを見せて悪かったね」


 エイジと隣り合って座っているジュリアが、バツの悪い顔をする。

 エイジは全身傷だらけで。元SSS級冒険者が傷だらけになるほど、ジュリアは本気で殴ったってことだけど。エイジが『完全治癒パーフェクトヒール』を使わないのは、空気を読んでいるからだろう。


「いや、悪いのはエイジさんだからな。ジュリアさんが怒るのは当然だろう」


 エイジは自分が生きていたことを、2年間もジュリアに伝えていなかったからな。ジュリアの気持ちを考えれば、殴られるくらいは当然だろう。


「アリウス、おまえ……いや、何でもない」


 エイジは何か言いたそうだけど、言葉を飲み込んだ。全部納得した訳じゃないだろうけど。エイジもジュリアの気持ちを理解したみたいだな。


 ホント、エイジを見ていると昔の自分を思い出すよ。俺もみんなに歯がゆい思いをさせていたんだな。


「そろそろ官邸に行くか。向こうの準備もできた頃だろう」


 スタンピードから街を守った礼として、俺たちは太守の官邸に招かれている。

 正直に言うと、こういうのは面倒だけど。無下に断る訳にはいかない。太守の顔を潰すことになるからな。まあ、今回依頼を請けたデュランはいないけど。


 アドミラル連邦共和国の地方都市クーベルには初めて来たけど。都市の構造から、太守の官邸の場所は大よそ想像がつくし。太守のジェフリー・モルガンにさっき会ったから。『索敵サーチ』で太守の居場所は解る。


 クーベルは街中がお祭り騒ぎになっている。スタンピートが迫っていたことは、都市の外壁の上からも確認できたからな。絶望的な状況から一転して、誰一人傷つかずに都市が救われたんだから。浮かれ騒ぐのも当然だろう。


 俺たちが官邸に行くと、大きな広間に案内されて。広間には都市の有力者だろう着飾った人たちが集まっている。


 一緒に来たのはグレイとセレナとエイジ。それにジュリアも、エイジが勝手にどこかに行かないように見張ると言ってついて来た。

 他にもデュランとは別に、都市を守る依頼を請けた冒険者たちが、場違いな感じで広間にいる。


「それでは魔物モンスターの群れからクーベルを守った英雄の皆さんを紹介しよう。『魔王の代理人』アリウス・ジルべルト殿と、SSS級冒険者のグレイ・シュタット殿とセレナ・シュタット殿、そしてエイジ・マグナス殿だ」


 広間に集まった人たちから拍手と歓声が上がる。俺の名前は色々な意味で広まっているし。グレイとセレナはSSS級冒険者の中でも特に有名人だ。

 エイジは死んだことになっているけど。太守に訊かれて名前だけ名乗った。


「ジェフリー太守、ちょっと良いか」


 俺は太守に一言言って、集まった有力者たちに向き直る。


「俺たちはたまたま・・・・居合わせて、魔物を倒したけど。依頼を請けてこの街を守るために派遣された他の冒険者や、クーベルの兵士たちのことを忘れるなよ。彼らだって必死に街を守ろうとしたんだ」


 他の冒険者たちのことは、オルテガから聞いている。絶望的な状況の中で、派遣された冒険者たちは誰も街から逃げ出さなかった。クーベルの兵士たちも都市の外壁の上で武器を構えて、魔物の群れを待ち構えていた姿を俺は見たからな。


 俺の言葉に有力者たちは、冒険者と兵士たちを称えて再び拍手と歓声を上げる。

 突然の話を向けられて。場違いな感じの冒険者たちと、官邸の警備に当たっている兵士たちは戸惑っていたけど。思わぬ称賛を浴びて、照れ臭そうにしている。


「では改めて。クーベルを救った英雄の皆さんと、冒険者と兵士の諸君を称えて乾杯しよう! 今日は存分に楽しんで貰いたい!」


 俺の意図を汲んだジェフリー太守の言葉に、三度目の歓声が上がった。


 広間で行われる立食形式のパーティー。大量の豪華な料理と酒が振舞われる。


 クーベルの有力者たちは俺たちのところに押し寄せて来て。先を争うように、自己紹介と感謝の言葉を言う。

 まあ、気持ちは解るからな。礼の言葉は素直に受け取る。有力者たちだけを集めたのは、ちょっと気に食わないけど。あと気になるのは。


「私は宝石商を営んでおりますトニー・ベックと申します。『魔王の代理人・・・・・・閣下・・には我々の街を救って頂き、心から感謝しております」


 『魔王の代理人』が敬称として扱われるのには、もう慣れたけど。


「こちらは我が娘のナターシャです。是非、お見知りおきを」


 有力者たちの多くが娘を連れていて。あからさまにアピールして来るんだよ。


『エイジはジュリアと一緒だし。年齢的にもアリウスに集中するのは仕方ないわよ。それに『魔王の代理人』は、今では魔王に次ぐ有力者だと認識されているから』


 セレナが諦めろと言う感じの『伝言メッセージ』を送って来る。


 まあ、魔族との取引で大きな利益が出ることは、すっかり広まっているし。元SSS級冒険者序列1位のシンたちが敗北したことで、魔王アラニスは『手を出してはいけないアンタッチャブルな存在』だと認識されているからな。魔王と魔族に繋がっている『魔王の代理人』が、有力者として扱わるのは当然か。


 しばらくの間、有力者たちの相手をしていると。不意に俺の前に並んでいた有力者たちが、左右に分かれて道を開ける。


 出来上がった道を歩いて来るのはジェフリー太守と。肩の部分が露出した黄色いドレスの女子。髪の毛と目の色がジェフリー太守と同じだ。


「アリウス・ジルベルト殿。楽しんで頂けていますか?」


「俺はゆっくりメシが食いたいんだけど。そんな感じでもないしな」


「それは大変申し訳ありません。でしたら奥に貴賓室を用意しましたので、そちらでお寛ぎください。こちらにいる我が娘に案内させましょう」


「モルガン太守の三女、オードリー・モルガンと申します。さあ、アリウス様。どうぞこちらへ」


 オードリーが艶のある笑みを浮かべる。まあ、俺に気を遣ってくれたんなら、悪い話じゃないけど。それだけじゃないよな。


「じゃあ、せっかく用意してくれたなら。グレイ、セレナ。みんなで行こうか」


 俺はグレイたちに声を掛けると。


「いいえ、アリウス様。他の皆様は、それぞれ楽しんでおられるようですので。貴賓室には、アリウス様お一人でいらしてください」


 オードリーは熱っぽい視線で、俺の手を握る。いや、あからさま過ぎるだろう。


「俺一人なら、わざわざ部屋に案内して貰うまでもないよ。なあ、ジェフリー太守も同じ考えなのか?」


 ジェフリー太守はできた人間だと思ったけど。これがジェフリー太守の狙いなら、見損なったな。


「アリウス殿がそう言われるのでしたら。オードリー、出過ぎた真似は止めなさい」


「お父様……解りました!」


 オードリーはジェフリー太守を睨むと。俺たちに一礼して、コツコツと靴音を立てて離れて行く。

 まあ、本当のところはジェフリー太守の指示だったかも知れないけど。


 俺はこの世界に積極的に関わると決めたから。これからも今日みたいな面倒なことがあるだろう。

 だけど貴族として、しがらみに巻き込まれるよりはマシか。今の俺は『魔王の代理人』として、断ることができる立場だからな。


 一通り有力者たちの挨拶が終わって。ようやく解放された俺は、壁際に並べられた料理に向かう。

 腹が減ったからな。皿の上に肉中心に料理を大量に乗せて食べ始めると。


「アリウスさん。さっきはありがとうございました」


 声を掛けて来たのは、街を守るために派遣された冒険者たちだ。

 場違いな感じで居心地の悪そうな冒険者たちが、俺の周りに集まって来る。


「俺たちにまで気を遣って貰って。だけど何もできなかった俺たちが感謝されるなんて……」


「いや、おまえたちも最後まで街に残って戦うつもりだったんだろう。依頼を放棄して逃げることもできたからな。その覚悟は十分賞賛されると俺は思うけど」


 依頼を放棄すれば、冒険者ギルドからペナルティを受けるけど。死ぬよりはマシだからな。


「アリウスさんにそう言って貰えると嬉しいですよ!」


「アリウスさん、お偉方の相手をして疲れたでしょう。さあ、飲んでください!」


 冒険者に注がれた酒を、俺は一気に飲み干す。


「だけどさっきからアリウスさん・・とか。たぶん俺の方が年下だろう? 呼び捨てにして構わないからな」


「いや、さすがに。SSS級冒険者で『魔王の代理人』のアリウスさんを、呼び捨てになんてできませんよ」


「そうか? まあ、無理強いはしないけど。俺は堅苦しいのは苦手なんだよ」


 戦いの後は、他の冒険者たちと一緒に腹いっぱいメシを食べて酒を飲む。俺にとっては賞賛されるより、こっちの方が楽しいんだよ。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:13,870

HP:147,058

MP:224,289

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