第176話:昔の自分


「アリウス。こんな簡単なことにも気づかなかった俺を、嘲笑うが良い」


「いや、俺はエイジさんを笑うつもりはないよ。エイジさんとは考え方が根本的に違うと思っていたけど。結構似ている部分もあるんだな」


 自分を追い詰めることで、自分を見つめ直すとか。大切なモノを守りたいとか。


 エイジは強くなることよりも、大切なモノを守ることを優先して。俺は強くなることが先で、手に入れた力でみんなを守りたいと思ったけど。

 俺だって本当にみんなが危険な状況になったら。みんなよりも強くなること優先したりはしないからな。


「まあ。エイジが納得ずくなら、何をどうしようと構わねえが。エイジ、おまえも漢らしい顔になったじゃねえか」


 グレイがニヤリと笑う。


「そうね。今のエイジなら文句はないわよ。自分が思う道を突き進めば良いんじゃない。だけどエイジ。貴方が生きていることを、ジュリアは知っているのかしら?」


 2年前の魔王アラニスとの戦いに参加したドレッドヘアーで褐色の肌のSSS級冒険者。ジュリア・エストリアは、エイジと仲が良かったからな。


「セレナさん。何故ジュリアの話が出て来るんですか? 俺は魔王と戦った後、ジュリアに会っていませんから。たぶんジュリアは俺が生きていることを、知らないとは思いますが」


 エイジの応えに、セレナが溜息をつく。


「あのねえ、エイジ……貴方も20代後半よね? その年齢で、さすがに鈍感じゃ済まされないわよ」


「あの……セレナさん? 俺にはセレナさんが何を言いたいのか、解らないんですが。俺とジュリアは同じ年で、B級冒険者の頃からの腐れ縁ですが。ジュリアの奴が俺のことを心配するとか、あり得ないですから」


「エイジ……本気で言ってるのよね?」


 セレナは呆れ果てた顔をする。いや、俺も大概だけど。エイジが魔王アラニスの魔力に飲み込まれたときに、ジュリアの顔を思い出すと。さすがにエイジの言葉に同意する気にはならない。


「なあ、エイジさん。エイジさんにとってジュリアさんは、守りたい大切なモノじゃないのか?」


「アリウス、いきなり何を言っているんだ。俺にとってジュリアは、背中を預けられる数少ない奴だが。俺がジュリアを守るとか、そんな関係じゃないからな」


 なんかエイジと話していると、昔の自分を思い出すな。いや、烏滸おこがましいことを言うつもりはないけど。俺もジェシカを、只の冒険者仲間だと思っていたし。他のみんなのことも、普通に友だちだと思っていたからな。


「とにかく、エイジさんはジュリアさんに連絡しろよ。『伝言メッセージ』の登録くらいはしているだろう?」


「ああ、そうだな。そのうち連絡くらいは……」


「エイジ、今直ぐ連絡しなさい!」


 真顔で言うセレナの圧が物凄いな。


「セレナさんがそこまで言うなら……」


 エイジが『伝言』を送ると、速攻で返事が来たみたいだ。


「ジュリアに質問攻めをされているんだが……これは、どういうことだ?」


そう・・言うことよ。ジュリアがどれほどエイジのことを想っているか、さすがに貴方にも解ったわよね?」


 しばらくの間、ジュリアからエイジに大量の『伝言』が届いて。エイジも『伝言』を返していたけど。


「エイジ、ちょっと待ちないさよ。じれったいから、私がジュリアを連れて来るわ」


 セレナもジュリアと『伝言』でやり取りをして。エイジと一緒にいることを伝えたら、ジュリアが今直ぐそこに行くと言って来たそうだ。


 セレナが『転移魔法テレポート』を発動して、10分ほど待っていると。セレナがジュリアを連れて戻って来た。


「嘘……エイジ君が……本当に生きてる!」


 ジュリアは感極まったのか。涙をボロボロと流しながら、エイジに抱きつく。


「おい……ジュリア、おまえは何を考えているんだ?」


 ジュリアの反応に、エイジは戸惑っているけど。次の瞬間、苦悶の声を上げる。

 ジュリアの渾身の右ストレートを、思いきり腹に叩き込まれたからだ。


「何を考えてるって……こっちの台詞だからね! 私が今日までどんな想いでいたか……馬鹿エイジ!」


 エイジがボコボコにされているけど。まあ、自業自得だからな。


「グレイ、セレナ。しばらく時間が掛かりそうだし。俺はデュランを冒険者ギルドに引き渡してくるよ」


「ああ、そうしてくれ。俺も行きたいが、このままエイジを放置するのもな」


 グレイが苦笑する。今のセレナがエイジの味方をする筈がないし。女子2人に囲まれたエイジを放置するのは、さすがに可哀そうだからな。


 俺は『簡易要塞セーフティーハウス』 の庭に出て、『絶対防壁アブソリュートシールド』に閉じ込めたままのデュランを拾うと。

 『転移魔法』を発動して。冒険者ギルド本部に向かった。


※ ※ ※ ※


 冒険者ギルド本部があるのは、世界最古の国と言われるヴァリアス王国の王都。

 デュランも一応SSS級冒険者だからな。普通に引き渡すだけだと、冒険者ギルドも対処に困るだろう。

 だから俺は冒険ギルド本部にいる知り合い・・・・に連絡して。デュランの処分を任せることにした。


「おい、アリウス・ジルベルトだ……」


「『魔王の代理人』がどうして……」


 『絶対防壁』に閉じ込めたデュランを連れて。突然やって来た俺に、冒険者ギルト本部の職員たちが騒めく。

 冒険者ギルト本部は、世界中の冒険者ギルドの運営を行っている機関で。一般の冒険者が訪れることは滅多にない。


 しかも俺は『魔王の代理人』として、シンたちが魔王アラニスと戦う場に居合わせながら。シンたちが殺されるのを黙って見ていたことになっている・・・・・・・・


 まあ、シンたちが殺されたこと以外は間違いじゃないし。シンたちが魔王アラニスと戦ったのは、冒険者ギルド本部の指示だからな。デュランが俺の悪い噂を広める以前の問題で。冒険者ギルド本部にしたら、俺は裏切者のような存在だろう。


「アリウス、事情は『伝言』で理解しているし。アドミラル連邦共和国に派遣した他の冒険者からも、報告を受けている。今回はデュランの件で、おまえたちには迷惑を掛けたな」


 冒険者ギルド本部の奥から現れたのは、オールバックの灰色の髪に一房だけ白いモノが混じる隻眼の男。現SSS級冒険者序列1位で、冒険者ギルド本部の役員を兼ねるオルテガ・グランツだ。


「別にオルテガさんのせいじゃないけど。デュランのような奴をSSS級冒険者にするなら、首輪くらいは付けた方が良いんじゃないか? 『神獣』と戦うためにスタンピードを放置するとか、あり得ないだろう」


 俺は『絶対防壁』を解除してデュランを解放する。


「アリウス、『魔王の代理人』が何を言ってやがる。一番あり得ないことをやってるのは、てめえだろうが」


 デュランは悪態をつくけど。襲い掛かって来る感じじゃない。冒険者ギルド本部で暴力沙汰を起こせば、どうなるかくらい理解しているんだろう。デュランは血に飢えた狂犬だけど、馬鹿じゃないからな。


「おい、デュラン。自分が何をしたのか、解っているな? おまえが請けた依頼は『神獣』を追い払うことだが。スタンピードの発生を確認した時点で、冒険者ギルドから緊急応援要請が出ているだろう。それをおまえは無視したんだ」


 冒険者ギルドの要請に応じる義務はないけど。たとえデュランが依頼に成功したところで、SSS級冒険者がスタンピードを無視して都市が崩壊したら。冒険者ギルドの評判は地に落ちるだろう。


「だったら俺をSSS級から降格させるなり、冒険者資格を奪うなり好きにしろよ。俺が冒険者をやってるのは、オルテガ、あんたみたいな強え奴と戦うためだが。冒険者を辞めたところで、強え奴と戦う手段なんて幾らでもあるからな」


「デュラン、SS級への降格は必須だがな。冒険者資格を剥奪して、おまえのような奴を野に放つような真似はしない」


 オルテガはそう言って、俺の方に向き直る。


「アリウス、今回の件はデュランに依頼を任せた俺の失態だ。尻拭いをさせて、本当に済まなかったな。依頼達成の報酬をおまえに渡すのは当然として。これからは俺がこいつに首輪をつける」


 デュランは犯罪者じゃないから、投獄することはできないし。オルテガはデュランを冒険者ギルトから追放するよりも、自分の監視下に置くことで責任を取るつもりらしい。


「オルテガさんがそう言うなら任せるけど。なあ、デュラン――」


 俺は正面からデュランを見る。


「俺と戦いたいなら、いつでも相手になるけど。おまえのせいで、もし俺の大切な奴が傷ついたら。俺は絶対におまえを殺すからな」


 これは脅しじゃない。警告だ。


「『魔王の代理人』様が、言うじゃねえか。だったら今直ぐ、俺と殺し合おうぜ」


「いや、おまえのことはオルテガさんに任せたからな。俺と戦いたいなら、先にオルテガさんの許可を貰えよ」


 俺が自分で戦った方が手っ取り早いけど。デュランのことは、オルテガが責任を持つみたいだからな。とりあえずは、オルテガに期待しておくよ。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:13,870

HP:147,058

MP:224,289

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