第175話:正義の意味


 俺はエイジとデュランを連れて。グレイとセレナがいるアドミラル連邦共和国の地方都市クーベルに向かう。

 デュランは『絶対防壁アブソリュートシールド』に閉じ込めたままだ。


「そっちも片づいたようだな」


 クーベルに戻ると、事後処理は全部終わっていた。1万体近い魔物モンスターの死体はグレイとセレナが魔法で焼き尽くして、埋めてしまったんだろう。

 都市の郊外一帯に土を動かした形跡があるけど。それ以外はここで大規模な戦闘が行われたとは思えないほど、ほとんど元通りに戻っていた。


「魔物の後始末まで全て行って頂けるとは……我々のクーベルを救って頂き、本当にありがとうございました。貴方たちが来て頂けなければ、都市は壊滅していたでしょう」


 兵士を引き連れた50代くらいの男が、深々と頭を下げる。男はクーベルの太守ジェフリー・モルガンと名乗った。礼を言いながら顔が引きつっているのは、俺たちが使った魔法に完全に引いているからだろう。


 1万体の魔物を仕留めるために、俺たちは第10界層の範囲攻撃魔法を連発して。周囲一帯を焼き尽くした。事後処理でも地形を変えるような魔法を使って、魔物の死体を埋めたんだろう。


「犠牲者が出なくて良かったわね」


「後始末も終わったことだし。俺たちは引き上げるか」


 グレイとセレナは事も無げに言う。2人にとって街を救うのは、当たり前のことだからな。


「何を仰られます! クーベルを救った英雄の皆様に、このままお帰り頂く訳にはいきません! ささやかながら、お礼の宴の席を用意しておりますので。是非、太守官邸にお越しください」


 さすがに無下に断る訳にもいかないからな。俺たちはジェフリー太守の申し出を受けることにした。


「じゃあ、後で官邸に行くけど。その前に俺たちだけで話をさせてくれないか。今回の件とは関係ないけど。エイジさんとは久しぶりに会ったから話をしたいんだよ」


「でしたら官邸の応接室を使ってください」


「いや、こいつ・・・を冒険者ギルドに引き渡す必要もあるし。こいつを連れたまま官邸に行くのもどうかと思うからな」


 『絶対防壁』に閉じ込めたままのデュランは、憮然とした顔で俺を睨んでいる。だけど俺の『絶対防壁』を壊せないことは解ったみたいで、今は大人しくしている。

 エイジに切り落とされた右腕も、自分で『完全治癒パーフェクトヒール』を使って再生していた。


「あの、そちらの方は……我々が『神獣』を追い払う依頼をしたSSS級冒険者のデュラン・ザウウェル殿ですよね?」


 ジェフリー太守は依頼を出した側だから、デュランと面識があるようだけど。そのデュランを『絶対防壁』に閉じ込めている状況は理解できないだろう。


「あんたたちは当事者だから、説明する必要があるな。こいつはスタンピードが発生しているのを知っていながら、放置して『神獣』と戦っていたんだよ」


 俺たちが間に合ったから良いけど。クーベルの兵士とデュラン以外の冒険者だけで戦っていたら、ジェフリー太守が言ったようにクーベルは壊滅していただろう。


「どうしてそのようなことを……『神獣』と戦うのに手一杯だったと……」


「まあ、詳しいことは後で冒険者ギルドから説明があると思うけど。デュランを放置する訳にもいかないからな。ということで、官邸には後で必ず行くから。宴の準備でもして待っていてくれよ」


「じゃあ、立ち話もなんだから」


 セレナが収納庫ストレージから、小ぶりだけど堅牢な壁に囲まれた二階建ての邸宅・・を出現させる。 


 これはセレナが創ったマジックアイテム『簡易要塞セーフティーハウス』。野営のときに快適に過ごすためのモノだ。大抵の物理攻撃にも魔法攻撃にも耐えられるのは当然として。

 中は完璧に温度調節された空間で。リビングとダイニングキッチン、3つの寝室に分かれていて。シャワー付きのフロとトイレや、調理器具まで完備されている。


 いきなり都市の郊外に邸宅が出現すると、さすがに目立つから。周囲に『認識阻害アンチパーセプション』は展開済みだ。

 とりあえずデュランは『絶対防壁』に閉じ込めたまま、邸宅の庭に放置する。


「それで。エイジさんはこの2年間、どこで何をしていたんだよ?」


 ゆったりしたソファーに座って、セレナが入れてくれた紅茶を飲みながら。俺たちは話をする。


「いや、俺の話をする前に。まずは謝らせてくれ。魔王と戦ったときは、勝手に暴走するような真似をして済まなかった」


 エイジは深々と頭を下げる。


「俺は何も解っていなかった。『正義』とは何か、『正義』を執行するために何が必要だということも……俺は魔族や魔王が悪だと決めつけて、自分の『正義』を押し付けていただけだ。結果、俺は無様に敗けて。魔王に2度も見逃して貰ったという訳だ」


 俺たちは黙って、エイジの言葉に耳を傾ける。


「魔王がそこまで甘い奴じゃないことは、俺も解っているつもりだ。だから魔王が2度も俺を見逃したのは、アリウスが頼んだからだな。あのとき、魔王がバイロン以外に誰も殺さなかったのも、おまえの計らいだろう?」


 まあ、嘘をついても仕方ないからな。


「俺が魔王アラニスに頼んだのは事実だけど。決めたのはアラニス自身だからな」


「初めは何でそんなことをしたのかと、悪に見逃されて無様に生き残るなどと……アリウス、おまえを恨んだが。生き残った俺は強くなるしかなかった。魔王を倒す力を手に入れて雪辱を晴らすしかないと」


 エイジは世界中を放浪しながら、自分を追い詰めるように鍛え直した。悪に敗北したまま無様に生きるくらいなら、鍛錬の途中で死んでも構わないと。


「それで最難関トップクラスダンジョン『太古の神々の砦』に、ソロで挑んだのね」


「ええ。ですが正直に言えば、初めは全く手も足も出ませんでしたが」


 エイジもグレイやセレナに対しては敬語を使うんだよな。

 それにしても、セレナは当然知っているような口調で言ったけど。俺はエイジが『太古の神々の砦』に挑んだことなんて、知らなかったからな。


 1,000体を超える凶悪な魔物が同時に出現する最難関ダンジョン。俺が言うのもなんだけど。普通に考えれば、ソロで挑むなんて死にに行くようなモノだ。

 だけどエイジはソロで挑み続けて生き残った。


「ギリギリの戦いを繰り返しても、最初の階層すら攻略できない日々。俺はどうすれば勝てるかということだけを考えた。そこには正義も悪も存在しない。だから俺は冷静に自分を見つめ直すことができた」


 結局、エイジは『太古の神々の砦』を攻略することはできなかったけど。


「俺は何が『正義』なのか、少しは解った気がする。『正義』とは大切なモノを守ることで、悪を殺すことが『正義』じゃない。そして『正義』を体現するためには力は必要だが、俺が求めるのは力じゃなくて。あくまでも『正義』を体現することだからな」


 闇雲に力を求めて自分を鍛え続けるよりも。エイジは世界中を巡りながら『正義』を体現することを選んだ。

 これまでのように自分の『正義』を押しつけるのではなく。誰かを守るために『正義』を体現することを。


「アリウス。こんな簡単なことにも気づかなかった俺を、嘲笑うが良い」


 エイジは自嘲するように言うけど。言葉とは違って、エイジは迷いのない自信に満ちた笑みを浮かべていた。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:13,870

HP:147,058

MP:224,289

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る