第163話:みんなのこと


 エリクの王太子就任を祝うパーティーの後。俺は王都の繁華街の奥にあるバーに来ている。

 カウンター席しかない狭い店だけど、雰囲気は悪くない。


 午前零時を過ぎて。店内にいるのはバーテンダーと、客は俺1人だけだ。


「アリウス、待たせたね」


 エリクが『転移魔法テレポート』で現れる。

 突然、王太子が突然出現したのに。バーテンダーは驚かない。まあ、こいつは諜報部の人間だからな。


 この店は諜報部の拠点の1つで。エリクが密談をするために利用しているんだよ。

 だから『防音サウンドプルーフ』を発動しても、バーテンダーは文句も言わないで。エリクの分のグラスに酒を注ぐと、空気を読んで店の奥に消える。


「王太子がこんな時間に王宮を抜け出して良いのか?」


「アリウスは、僕が誰かに気づかれるような下手を打つと思うのかな?」


 質問に質問で返して。エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「いや、思わないよ。エリク、さっきは陛下を止めてくれて助かったよ。ありがとう」


 パーティーの席で、アルベルト国王が言い掛けた台詞。何を言おうとしたのかは、想像がつく。


「あの場で陛下が言ってしまったら、貴族たちは決定事項と受け取っただろうね。

 それ・・が陛下の狙いなのは解ったけど。僕はアリウスと友だち・・・でいたいんだよ」


 エリクもアルベルト国王も俺が王国宰相を継ぐことを望んでいる。

 だけどエリクが国王と違うのは、俺に無理強いする気はないってことだ。


 俺が宰相になることよりも、俺の意志を優先してくれる。

 エリクは計算高い策略家だけど。自分の利益のために、友だちを利用するような奴じゃないからな。


「それにアリウスが悩んでいるのは、姉上とソフィアのことだけじゃないだろう。2人だけの話にしてしまうのは、フェアじゃないからね」


 俺はエリスとソフィアが大切だけど。大切なのは2人だけじゃない。

 ミリアも、ノエルも、ジェシカも。俺にとって大切な存在で、守りたいんだよ。


「誰か1人に決めないといけないことは、俺だって解っているけど。誰が1番とか、みんなを比べたくないんだ」


 答えを出すことで、今の関係が壊れるとか。俺はそんなことを考えている訳じゃない。


 エリスは俺のことを理解してくれて。魔族と人間の争いを終らせようとする俺のために、頑張ってくれる。

 魔族との取引が順調なのは、半分以上はエリスのおかげだからな。


 そんなエリスにソフィアは遠慮しているみたいだけど。ソフィアだって俺のことを考えてくれて。自分にできることを精一杯やってくれているんだよ。


 他のみんなだって、本気で俺のことを想ってくれて。それぞれ自分にできることを、頑張っている。


 そんなみんなのことが、俺は大切だから。誰が1番とか、比べたくないんだよ。


「アリウス、僕は否定も肯定もするつもりはないよ。

 さっきも言ったけど。アリウスが出した答えならどんな答えでも、みんなは受け入れると思うよ。

 だからアリウスは、いくらでも悩めば良いよ。だけど答えが出ないからって、アリウスがみんなの前から消えることは、誰も望んでいないからね」


「ああ。俺が間違っていたことは認めるよ」


 俺にはみんなと距離を置こうとした前科がある。

 だけど誰か1人を選べないから、誰の想いにも応えない。それじゃダメなんだよ。

 みんなが俺のことを想ってくれる気持ちを、全部裏切ることになるからな。


 だからみんなを比べるとかじゃなくて。何が・・俺にとって1番大切なモノか。それを真剣に考えて、答えを出さないとな。


「エリク。今日は本当にありがとう。俺が決めなくちゃいけないことだけど。おまえと話ができて良かったよ」


「アリウス。僕の方こそ、いつも君に助けられてばかりだからね。

 みんなに関しては、意見を言うことくらいしかできないけど。僕は絶対にアリウスを裏切らないよ」


 エリクは俺を真っ直ぐ見て、そう言った。


※ ※ ※ ※


 次の日の日曜日。俺はミリアとノエルと出掛ける約束をしている。


 昨日のエリクの王太子就任を祝うパーティーは、貴族じゃないミリアとノエルは出席しなかったからな。今日は2人に付き合うことにしたんだよ。


 俺は午前中の日課・・を済ませてから。待ち合わせ場所に向かう。


「アリウス、待った?」


 王都の中央にある公園。時計台の傍で佇む俺に、ミリアが声を掛ける。


 白い髪と紫紺の瞳。『恋学コイガク』の主人公のミリアは美少女で。俺と同じ転生者だ。だからエリスとは違う意味で、俺のことを理解してくれる。


 今日のミリアは肩が露出した白いブラウスに、チェックのタイトスカート。ちょっと大人っぽいな。


「いや、今来たところだよ。ミリア。今日の服、良く似合っているな」


「そう……ありがとう、アリウス!」


 ミリアが嬉しそうに笑う。ミリアはホント、気の置けない奴だよな。


「ミリア、アリウス君、ごめん……ちょっと遅くなっちゃったかな?」


 ノエルが慌てて駆け寄って来る。

 学院に通っていた頃は、メガネに三つ編みの地味な感じだったけど。今日のノエルはメガネを外して、髪の毛も自然に伸ばしている。


 服はリボンのついたアースカラーのブラウスに、ロングスカート。可愛いけど落ち着ついているって感じたな。


「別に待ってないよ。ノエルの服も良く似合っているな」


「エヘヘ……アリウス君に褒めて貰っちゃった!」


 ノエルと俺は学院の図書室に良く行っていたから。自然と友だちになった。ノエルと一緒にいると、全然気を遣わないんだよな。


 俺たちは公園を歩きながら話をする。


「まだ仕事を始めたばかりだから。覚えることが多くて忙しいのよね」


「そうそう。ゆっくりお買い物に行く暇もなかったよ」


 ミリアは学院を卒業して、王国諜報部に入った。まだ見習いだから、諜報活動には参加していないらしいけど。


 ミリアは学院に通っている頃から、エリクの仕事を手伝っていて。エリクにスカウトされた。王国を陰で支える諜報部の仕事が、ミリアも気に入ったそうだ。



 ノエルは魔法省の研究員になった。魔法省の研究員は魔法を改良したり、魔道具の開発をするのが仕事だ。

 コツコツと努力するタイプのノエルには、向いていそうだな。


 2人とも自分のできることを、精一杯やろうとしている。だから俺も2人を応援したいんだよ。


 公園を出て、昼飯を食べにオープンカフェに入る。

 ミリアは弁当を作って来るって言っていたけど。ミリアが忙しいことは解っていたいたら、たまには外で食べようって誘ったんだよ。


「アリウス君は相変わらず良く食べるよね」


 大皿に盛られたバケットサンドの山と、ハンバーグやステーキの皿を、俺は次々と平らげる。


「午前中はダンジョンに行っていたから。腹が減っているんだよ」


 最難関トップクラスダンジョンは全部ソロで攻略済みだけど。鍛錬のために俺は毎日最難関ダンジョンに通っている。


「アリウスにとっては、ダンジョンが日常みたいなものよね」


「まあ、その通りだけど。これからは、もっと色々なことをやるつもりだよ」


 俺がやろうとしていることは、みんなにも話してある。


「アリウス、私たちにも協力させてね」


「そうだよ、アリウス君。私だって少しはアリウス君の役に立ちたいから」


「ああ、2人ともありがとう。そうさせて貰うよ。だけど今日のところは、一緒にゆっくりしようよ」


 食事の後は、所謂ウインドーショッピングという奴で。俺たちは色々な店を周りながら、他愛もない話をした。


 本屋に寄ったときは、ノエルが真剣な顔で本を選んでいたから。俺とミリアは喋りながら待っていたけど。


 結局、ノエルが本を選ぶのに1時間以上掛かった。ノエルは本に夢中になり過ぎて、時間を忘れていたらしい。

 ノエルは申し訳なさそうに謝ったけど。俺もミリアも、そんなことは気にしないからな。


 夕飯も一緒に食べてから。俺はミリアとノエルを部屋まで送って行く。

 2人は学院の寮を出てから、同じアパートでルームシェアをしている。


「アリウス、お茶くらい飲んでいきなさいよ」


「そうだよ。ミリアが入れてくれる紅茶は美味しいからね」


 アパートに着くと、2人に誘われた。

 女子が2人で暮らしている部屋に入るのは、ちょっと抵抗があるけど。断る理由はないからな。


 3人で紅茶を飲みながら、他愛もない話を続ける。

 こんな風にミリアとノエルと過ごしていると、本当に心地良いんだよな。


 だけど2人の気持ちに、いつまでも甘えている訳にはいかないからな。


「俺はみんなのことを真剣に考えるから。もう少し時間をくれないか」


「アリウスが真剣に考えてくれていることは、解っているわ。だから急かすつもりなんてないわよ」


「私だってアリウス君を見ていれば、真剣なのは解るよ。アリウス君の答えが出るまで、私は待つよ」


 ミリアとノエルが優しく微笑む。2人は自分の気持ちよりも、俺のことを考えてくれる。


 そんな2人のためにも、俺は精一杯考えて。俺自身の答えを出さないとな。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:13.613(+5)

HP:144,325(+55)

MP:220,124(+82)

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