第162話:選択


 結局、エリクの王太子就任を祝うパーティーで。俺は100人近い貴族女子たちのダンスの相手をすることになった。

 まあ、エリスとソフィアとだけ話をして。他の女子を無視する訳にもいかないからな。


 貴族女子を抱えながら、アクロバティックなダンスを踊る。

 俺は目立ちたい訳じゃないけど。こういうの・・・・・を期待されていることは解っているからな。


「「「アリウス様……素敵!」」」


 貴族女子たちの黄色い声と熱い視線。若い貴族男子たちが嫉妬して睨んでいるけど。俺が視線を向けると、青い顔になって一斉に目を反らす。

 いや、別に殴ったりしないからさ。そんなに怖がるなよ。


「アリウス、貴様という奴は……今日はエリク殿下の祝いの席だぞ。貴様が目立ってどうするんだ!」


 怒鳴り声を上げてやって来たのは、ラグナス・クロフォード。クロフォード公爵の嫡男で、エリクの取り巻きだ。まあ、只の取り巻きというには大物だけど。

 ラグナスだけは俺が『魔王の代理人』になっても全然態度が変わらないよな。


「ラグナス。彼女たちの相手をするように、僕がアリウスに頼んだんだよ」


 いつもの爽やかな笑顔を浮かべながら。エリクが登場する。


「エリク殿下……ですが、さすがにやり過ぎでしょう!」


「それも含めて、アリウスに頼んだんだよ。ねえ、アリウス」


「いや、間違ってはいないけどな。王太子殿下に、俺のフォローなんてしている暇があるのかよ?」


 エリクに頼まれたのは本当だけど。考えがあって言ったことくらい解っている。

 ロナウディア王国にも、魔王や魔族を敵視する貴族はまだ沢山いるからな。『魔王の代理人』の俺が貴族たちと交流を深めることで、イメージアップを図るつもりだろう。


「アリウス、何を言っているんだ。『魔王の代理人』の君は、今日一番の来賓だからね。僕が相手をするのは当然だよ」


「あら、エリク殿下。アリウスの相手は私たちがするから、問題ないわよ」


「そうですよ、エリク殿下……この度は王太子ご就任、おめでとうございます」


 ダンスの間は他の貴族女子に譲っていたエリスとソフィア。2人は俺の左右に立つと、自然な感じで俺と腕を組む。


「ソフィア、ありがとう。姉上に殿下などと言われると調子が狂うけどね」


 エリスは分家してマリアーノ公爵になったから。立場としては王家に仕える貴族の1人だ。公の場だからエリクを『殿下』と呼ぶのは正しいけど。エリスはエリクを揶揄からかうためにわざと言っているんだろう。


「将来のロナウディア王国を担う者たちが集まると、なかなか壮観なものだな」


 威厳ある声を聞いて。ラグナスが深く頭を頭を下げる。


 豪奢な金髪で碧眼。イケオジって感じの外見ハイスペック。ロナウディア王国国王アルベルト・スタリオンの登場だ。


「ビクトリノ公爵にマリアーノ公爵。『魔王の代理人』アリウス殿は、まさに両手に花という感じたな」


 わざわざ『魔王の代理人』と言ったのは、アルベルト国王も魔王アラニスとの友好関係をアピールする意図だろう。


「アルベルト陛下、お久しぶりです。魔族の国ガーディアルと同盟を結んで以来。色々なことで陛下の手を煩わせてしまってるようですね」


 シンたちがアラニスに敗北したことと、冒険者ギルドが魔石の取引に加わったことで。冒険者ギルドを支配する奴らと『奈落』は、大人しくなったけど。

 東方教会は、今でもロナウディア王国にテロリストを送っている。まあ、奴らが事件を起こす前に、諜報部が片づけているけど。


「アリウス殿が気にする話ではない。魔族の国ガーディアルと同盟を結んだのは私の意志であり、それが間違いではなかったことは証明済みだ。我々は魔族と争うことなく。それどころか取引により大きな利益を得ている」


 取引で魔族から得るのは魔物モンスターの素材や魔石――俺が最難関ハイクラスダンジョンで取って来るダンジョン産じゃなくて、天然の魔物の魔石だ。


 ロナウディアからは高級酒や加工食品。香辛料や衣料品など様々な品。魔族には専門の職人や料理人がほとんどいないからな。この取引は両者にとって価値がある。


「魔族と取引きが上手く行っているのも、エリスのおかげですから。ガーディアルの戦士に護衛を頼むなんて、俺の発想にはありませんでしたよ」


 ロナウディア王国は、魔族の国ガーディアルだけじゃなくて。魔族の領域に点在する魔族の氏族とも取引をしている。

 ガーディアルだけを相手にしても、魔族と人間の争いは終わらないからな。


 だけど魔族の領域には凶悪な魔物が普通にいるし。武装して魔族の氏族が支配する地域に行けば、魔族を刺激することになる。


 そこで同じ魔族であるガーディアルの戦士に護衛を頼んで。トラブルが発生したら仲裁して貰うことにした。

 いや、こっちの勝手な都合だし。ガーディアルの戦士たちが護衛なんて引き受けるとは思わなかったけど。エリスがアラニスと交渉して話を纏めたんだよ。


『アラニス陛下。魔族との取引で得る利益の半分を、護衛の代価と氏族との交渉料としてお支払いします』


 俺はグレイとセレナと一緒に、エリスを魔都クリステアに連れて行った。

 リスクがない訳じゃないけど。友好関係を結ぶ相手に警戒ばかりしていたら、話が進まないからな。

 何があってもエリスを守るつもりで、エリスとアラニスに会わせた。


『それだけの対価を払って利益が出るのか? それに護衛ならアリウスたちに頼めば良いんじゃないか』


『利益については多くを求めません。私たちの目的は魔族と人間の友好関係を築くことですから。それに私は魔族の領域中の氏族と取引するつもりですから。アリウスたちだけでは人手が足りないんです。アラニス陛下、どうか力を貸して下さい』


 エリスは本気で魔族と人間の争いをなくそうと考えている。その想いが伝わったのか。アラニスは承諾した。


『良いだろう。どうせガーディアルに攻めて来る人間は、当面いないだろうからね。エリス、私は君が気に入ったよ。

 護衛と交渉の対価は、利益の半分ではなく2割で構わないから。その代わりに、護衛の戦士には君たちの品を優先的に売って貰おうか』


 エリスは自分たちが魔族と取引するだけじゃなくて。他の商人から商品を預かって取引の仲介をしている。

 必要経費として手数料は取るけど、魔族の領域へ商品を運ぶリスクを考えれば破格の安さだ。しかも相手がロナウディア王国以外の商人でも、分け隔てなく引き受けている。


『私も慈善事業をするつもりはないわよ。薄利多売でも十分利益は出るわ』


 エリスはこんなことを言っていたけど。エリスのおかげで、魔族との取引が軌道に乗ったのは紛れもない事実だからな。


「マリアーノ公爵には、我が娘ながら頭が下がる思いだ」


 アルベルト国王は誇らしげに言う。


「だがそれもアリウス殿が傍にいてくれるからだろう。アリウス殿がいなければ、魔王アラニスと会うことも叶わなかったからな」


「いいえ、陛下。エリスなら俺がいなくても、いずれはアラニスと交渉を纏めたと思いますよ。エリスの商会にも手練れがいますからね」


 エリスは魔族の領域での護衛を、全部ガーディアルの戦士に頼るつもりはなく。魔族の領域で戦えるレベルの私兵を雇っている。ガーディアルの戦士に護衛を依頼するのは、魔族との争いを極力避けるためだ。


 アラニスはこっちが敵対しなければ、無暗に攻撃するような奴じゃないし。エリスなら護衛を連れて魔都クリステアまで行って、交渉を纏めるくらいしそうだからな。


「アリウス、そんな筈がないわよ。そもそもアリウスがいなかったら、私は魔王と交渉しようだなんて考えないわ」


 エリスは俺のことを理解してくれて。俺のために頑張ってくれている。


「エリス、ありがとう」


「アリウス。気持ちを言葉にしてくれるのは、物凄く嬉しいわ。だけど、いつか絶対に別の言葉を言わせて見せるから」


 海のように深い蒼の瞳が真っ直ぐ俺を見つめる。綺麗な瞳に吸い込まれそうだ。

 俺はエリスのことが大切で、エリスを守りたい。俺がエリスのことが好きなのは間違いない。


 だけど――隣で優しく微笑んでいるソフィア。ソフィアはエリスの想いが解っているし。自分よりも俺のために頑張っているエリスを差し置いてとか考えているんだろう。

 だけどソフィアが魔族を敵視する連中に、魔族という種族・・が敵ではないと説いていることを俺は知っている。

 そんなソフィアのことも俺は大切で、守りたいと思う。


 決めないといけないことは解っているけど。俺はエリスとソフィアのそれぞれ違うところが好きだからな。どちらが大切だとか。2人を比べたくないんだよ。

 1人しか助けられない状況で、どちらを助けるんだとか訊かれても。俺は絶対にみんな・・・を守るからな。


「なるほど。アリウス殿は悩んでいるようだが。ならば簡単な話では……」


「陛下、お止めください。それはアリウスが自分で決めることですから」


 アルベルト国王の言葉をエリクが遮る。


「アリウス。君がどんな選択をしたとしても、君が真剣に考えた結果なら……いや、アリウスが真剣に考えない筈がないからね」


 エリクはいつもの爽やかな笑顔じゃなくて。真顔で俺を見る。


「だからどんな答えを出しても、みんなは受け入れると思うよ」


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:13,608

HP:144,270

MP:220,042

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