第158話:黒い魔力


「魔王、てめえ……何をしやがった?」


 巨大な『絶対防壁アブソリュートシールド』を発動した魔王アラニスを、ガルドが睨みつける。


「簡単なことだよ。私の部下が近づけないようにしたんだ。勿論、『転移魔法テレポート』も阻害してある。この広さなら、戦うには十分だろう。もっとも君たちも逃げられなくなったけど、問題ないよね?」


 揶揄からかうように笑うアラニス。半径1kmの『絶対防壁』に『転移阻害アンチテレポート』なんて、俺には発動できない。

 どれほど膨大な魔力が必要なのか。シンたちも解っているみたいだな。シンたちの顔に緊張が走る。


「アリウス。良い機会だから、君も彼らと一緒に私と戦ってみるかい? 君たち・・・が手を貸せば、私に勝てるかも知れないだろう」


 アラニスが魔法を発動する直前。『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』を発動した状態のグレイとセレナが到着した。

 勿論、偶然じゃないことは解っている。アラニスは2人が来るのを待っていたんだ。


「俺たちは手出しするつもりはないよ。アラニスと戦う理由がないからな」


「そうか。ちょっと残念だけど、仕方ないね。じゃあ、私は彼らの相手をするとしよう」


 アラニスはシンたちに向き直る。


「ほら。準備の時間を上げるから、好きなタイミングで仕掛けて来るが良い」


「てめえ……舐めた真似しやがって。ぜってえ、後悔させてやるぜ!」


 ガルドが無詠唱で幾つもの支援魔法を発動する。他の連中も使えるだけの魔法を発動している。

 エイジは1人、魔力を溜めて全身に漲らせる。大地を貫き、上空へと立ち昇る魔力。エイジは最初から全ての魔力を注ぎ込むつもりだな。


 最初に動いたのはガルド。音速の数倍まで一気に加速して、アラニスとの距離を詰めると。禍々しい巨体な戦斧を正面から叩き込む。


 ほとんど同時に。SSS級冒険者序列2位のオルテガが短距離転移。アラニスの背後に回る。

 『転移阻害アンチテレポート』を発動していても、効果範囲内で転移するなら問題ない。悪くない判断だな。


 オルテガの武器は双剣。俺やグレイの二刀流と違うのは、オルテガの剣は一対の武器で。2本同時に使うことを前提に作られているし、オルテガの剣技も双剣に最適化されたものだ。


 前後同時の逃げ場のない攻撃。並みのSSS級冒険者では回避不可能な速度。膨大な魔力を込めた一撃必殺の威力で、動きも正確だ。

 だけどアラニスは刃が触れる直に、2人を超える速度で軽々と躱した。


 シンはその動きを予想していて。躱したアラニスの頭上にいた。シンの武器は三節棍として使うことも、繋げて槍として使うこともできる『三節槍』だ。

 シンの膨大な魔力に放電現象を起こす槍の一突き。だけどこれもアラニスは高速移動で躱した。


 シンは続けざまに、さらに加速した突きを放つ。同時に別方向から、ガルドとオルテガが攻撃。その全てをアラニスは誰よりも速く動くことで躱し続ける。


 エイジが動かないのは、タイミングを計っているからだ。普通に攻撃してもエイジの速度ではアラニスには当たらないし。下手に動けばシンたちの邪魔になる。

 それがエイジも解っているから。一撃に全てを懸けて、愛剣『裁きソードオブの剣ジャスティス』に、只ひたすらに魔力を込める。


「シンさんとオルテガさんの攻撃が全然当たらないなんて……あのガルドって奴も相当強いわよね」


 SSS級冒険者序列7位のジュリアが、他人事のように呟く。ジュリアも支援魔法を発動していたけど。エイジの隣で様子を伺うだけで、まだ動かない。


「あのレベルじゃ、私が普通に参戦しても意味がないわね」


 確かにジュリアの実力は、シンたちに比べると低いし。アラニスが相手だと、戦力になるのは難しいだろう。

 だけどアラニスの強さは、シンから聞いているだろう。何もしないなら、一緒に来た意味がないから。ジュリアにも何か考えがあるんだろう。


「貴様らも役に立たぬなりに、肉壁ぐらいにはなったらどうだ?」


 挑発するように言うのは、『奈落』の創設者バイロン・ガストレイだ。

 黒のグロテスクアーマーと、両手持ちのフランベルジュという不気味な装備の老人。バイロンもここまで様子見だったけど。全身に黒い光を放つ魔力を漲らせると、短距離転移で参戦する。


 粘つくような黒い異質な魔力。『鑑定』してもバイロンのスキルが見えないから、詳しいことは解らないけど。とりあえずバイロンの速度や動きは、シンたちに引けを取らない。

 だけど4人目が参戦しても、状況は変わらなかった。4人同時に相手にしても、アラニスは全ての攻撃を躱している。


 それでも手数が増えたことで。アラニスの動きが大きくなったように見える・・・

 だけど本当はアラニスが攻撃を誘うために、シンたちを盾にしないように動いているだけだ。相手を盾に使えば動き回る必要はないけど。相手がたった4人・・・・・しかいないから、それじゃ退屈なんだろう。


 だけどエイジは、アラニスの動きが大きくなったことを好機と捉えたみたいだな。無言で一気に加速して、戦場に飛び込んでいく。

 まあ、口出しするとエイジたちに加担したことになるし。これ以上待っていても、状況は変わらないからな。


「エイジ君。動くなら、声くらい掛けてよね」


 ジュリアもエイジに合わせて動く。ジュリアはエイジと仲が良いからな。フォローするつもりだろう。


 だけど魔力を極限まで溜めたことで、エイジの速度は上がっているけど。動きまで良くなった訳じゃない。直線的な動きは、避けてくれと言っているようなモノだ。


「エイジ、それが君の本気か……残念だよ。その程度の実力で、私に二度も挑もうとするとはね」


 アラニスはエイジを、冷ややかな目で眺める。エイジの突撃を躱すのではなく、待ち構えるようにして。指先に魔力を込める。

 ビー玉ほどの小さい魔力だけど。そこには膨大で圧倒的な魔力が凝縮されている。


「エイジ君、ダメだよ!」


 ジュリアがエイジの前に短距離転移。身体を張って止めようとするけど。


「ジュリア、構うな!」


 エイジも短距離転移を発動して、アラニスの背後に移動。

 振り向きざまに、全ての魔力を込めた『裁きの剣』を一閃する。


「今の動きは悪くないけど。私には届かないよ」


 アラニスはエイジの動きを完全に見切っていた。最小限の動きで『裁きの剣』躱すと。ビー玉のような魔力を放つ。


 アラニスの魔力は一気に膨張して、エイジを飲み込む。

 そして再び凝縮して魔力が消えると――エイジは消滅していた。


「エイジ……死に急ぎおって……」


 シンが奥歯を噛みしめて、魔王アラニスを睨む。


「嘘……エイジ君……」


 呆然とするジュリア。

 このとき。ジュリアの背後にバイロンが短距離転移する。


「チッ……肉壁にすらならぬか。役立たずが」


 バイロンは黒い魔力をジュリアに向けて放つと。コールタールのように粘つく異質な魔力は、触手のように伸びてジュリアに触れる。


 ジュリアは一瞬呻き声を上げるけど。直ぐに虚ろな目になって、ジュリアの身体が黒い魔力を帯びる。まるでバイロンの魔力が侵食したかのように。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:6,898

HP: 72,582

MP:111,031

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