第156話:かつての盟友 ※三人称視点※
※三人称視点※
自由都市連合の都市の1つ、ラルバの街。
迷路のように入り組んだ旧市街。高い壁に囲まれた古びた邸宅が非合法組織『奈落』の本部だ。
ここに『奈落』の本部があることは
邸宅門の前には、如何にもカタギじゃない筋骨隆々の門番が、堂々と武器を持って立っていて。庭には番犬が放し飼いにされていると言われているが。外に聞こえて来る鳴き声は、明らかに犬のモノではなかった。
「邪魔するぞ」
忽然と姿を現した老人。門番が一瞬戸惑っていると、老人は素通りして邸宅に入ろうとする。
「おい、そこの呆け爺! この邸宅が誰のものか知らねえのか?」
門番は老人の肩を掴んで止めようとするが。老人の予想外の力に引き摺られる。
「儂の顔を知らぬとは、お主は最近雇われたのか? だが人の身体に触れるときは、もう少し用心するべきじゃな」
老人――シン・リヒテンベルガーは門番の手首を掴むと、容赦なく握り潰した。
苦痛に叫び声を上げる門番に、シンが呆れた顔をしていると。叫び声を聞きつけた『奈落』の刺客たちが、中から飛び出して来た。
「悪いが、今の儂は年甲斐もなく血が騒いでおるんじゃ。邪魔立てするなら、全員殺してしまうかも知れんぞ」
獰猛な笑みを浮かべるシンの全身から、溢れ出した膨大な魔力が視覚化される。
「シン・リヒテンベルガー……おい! 早く
数人が慌てて邸宅の中に戻ると。残りの刺客たちは張り詰めた緊張の中で、シンと睨み合うことになる。
待たされたのは5分ほどだったが。シンの実力を知る刺客たちは、殺意を撒き散らすシンに生きた心地がしなかった。
「貴様という奴は……本当に年甲斐もないことをしおって」
邸宅の地下室でシンを待っていたのは、禿頭の痩せた老人。だが決して痩せ細っているのではなく。無駄な肉を全て削ぎ落したような身体だ。
この男こそ、シンと共に7番目の
「仕方なかろう。この年になって全盛期の儂を超える強者を、2人も見つけたんじゃからな。先に言っておくが、ガルドのことではないぞ。奴はアリウスにボコボコにされとったからのう」
シンの言葉に、バイロンは顔をしかめる。
「アリウス・ジルベルトが貴様の全盛期を超えただと……詰まらぬ冗談は止せ」
シンの実力とプライドの高さを、バイロンは嫌気がさすほど知っている。アリウスのような若造にシンが負けを認めるなど、あり得ないことだ。
「のう、バイロン。嘘でも冗談でもなく、アリウスこそが正真正銘の化物じゃ。お主が育てた化物と呼ばれるガルドも、アリウスが相手では手も足も出なかったからのう。
全盛期の儂とお主が2人掛かりでも、おそらくアリウスには勝てぬじゃろう」
「貴様と儂が2人でも勝てぬだと……それこそ、あり得ぬ話だ!」
憮然とするバイロン。シンはニヤリと笑う。
「お主は事実を認めることができぬから、いつまで経っても儂を超えられんのじゃ。
かくいう儂もSSS級冒険者序列1位などど煽てられておるが。『神の領域』で仲間を失った程度で攻略を諦めたのは、お主と同じじゃからのう」
苦い記憶を卑下するシンの言葉に、バイロンが
「どうやら貴様は……儂に喧嘩を売りに来たようだな」
バイロンの全身から魔力が溢れ出す。その魔力は明らかに異質だった。
濃密な魔力であることはシンと変わらないが。バイロンの魔力は黒い光を放ち、まるでコールタールのように粘ついて見える。
「お主の
シンはバイロンを見据えながら、詫びの言葉を口にするが。言葉とは裏腹に全身に魔力を漲らせて、シンも完全に戦闘態勢に入っていた。
「それともここで儂と殺し合うか……私は構わぬぞ」
2つの巨大な魔力がせめぎ合う。魔力の奔流が空気を圧し潰して、まるで地震のように堅牢な石造りの地下室を振動させる。
「止めだ……貴様を殺しても一銭にもならぬからな」
引いたのはバイロンの方だ。黒い魔力を掻き消すバイロンに、シンも戦闘態勢を解く。
「シン、貴様の目的は何だ? それに今の話はどこまでが本当のことだ?」
「バイロン、儂は事実しか言っておらぬよ。アリウスは正真正銘の化物で。そのアリウスが勝てぬと認めるのが魔王アラニスじゃ。信じられぬなら、お主も一度魔族の国ガーディアルに行って確かめて来れば良い。だがお主の性分だと確かめるだけでは飽き足らずに、魔王に殺されるのがオチじゃのう」
シンが魔王の力を確かめるためにガーディアルに行ったときは、相手に気づかれる前に上手く逃げたつもりだったが。今思えば確かめることだけが目的だったから、魔王が見逃したのだろう。
「儂が魔王に殺されるだと……貴様なら解っておるだろう。老いぼれた貴様と違い、儂の魔力が衰えることはない」
「
バイロン、私の用件は2つじゃ……1つは今後『奈落』はアリウスと周りの人間に一切手出しせんでくれ。アリウスがガルドを殺すのを止めたときに、それが儂が出した条件だからのう」
「何を勝手なことを……だがアリウスはガルドを殺しておらぬのか? ならば何故、貴様はガルドを連れてれて来なかったのだ?」
「ガルドは魔王と戦うための貴重な戦力だからのう。今はSSS級冒険者序列2位のオルテガ・グランツに預けて、互いに競わせておる。力はガルドの方が上だが、経験値はオルテガの方が遥かに上じゃ。短期間でも2人が真剣勝負をすれば、互いの足らぬところを補って戦力の底上げになるじゃろう」
ガルドも魔王討伐に参加する以上、死ぬ可能性を低くするためにも強くなって貰う必要がある。
オルテガにも状況を説明した上で、本人が参加すると言うから止めなかった。オルテガにもオルテガの事情があるのだろう。
エイジのことは戦力として考えていないが。今さら引き下がるような性格ではない。
事情を説明した上で参加するという
「儂のもう1つの用件はこれじゃ」
シンは
「冒険者ギルドに脅しを掛けて、『奈落』の刺客をもう1人雇う金を出させたんじゃ。バイロン、お主も魔王討伐に参加してくれ。勝ち目は薄いが最強の魔王との戦いこそ、儂らに相応しい死に場所だと思わぬか?」
魔王が1人で戦うとアリウスが言ったことは、敢えて言及しなかった。
アリウスを疑っている訳ではないが、魔王の側近たちが指を咥えて見ているとは思わないし。自分たちに都合が良い条件を鵜呑みにするのは、余りにも危険だからだ。
「良かろう……『奈落』は金額次第でどんな仕事でも請け負う。金を払うなら文句はない」
バイロンはシンに
「だが儂は死ぬつもりなど毛頭ない……儂が魔王を喰ろうてやるわ」
バイロンの目に怪しげな
そんなバイロンの変化を、シンは見逃さなかった。
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