第155話:準備


 俺は魔都クリステアに行って。魔王アラニスに、シンたちが冒険者ギルドから魔王討伐を依頼されたことと。その背景を説明した。


 勇者の敗北と。ロナウディア王国とグランブレイド帝国が、魔族の国ガーディアルと同盟を結んだことで。魔族を敵視する権力者たちの権威が揺らいでいる。


 そんな権力者たちを金づるパトロンにする冒険者ギルドが、権力者の代わりに力で自分たちの正義を証明するために、魔王討伐に動いた。


 シンはアラニスの強さを理解しているけど。冒険者ギルドが戦わずに敗北を認めることはない。シンが依頼を断れば、他の冒険者が魔王討伐に駆り出される。だからシンは勝ち目が薄いと解っていながら、依頼を受けることにした。


「なるほどね。つまり私は1人で彼ら・・の相手をすれば良いんだな? 解った。構わないよ」


 俺の予想通りに・・・・・、アラニスはアッサリと諸諾した。

 アラニスはそういう奴・・・・・だからな。


「できれば、そいつらを殺さないで欲しいんだよ。殺すには惜しいと思うからな」


 アラニス1人で戦って貰う本当の理由は、戦力云々の問題じゃなくて。アラニスの側近たちが参戦すると、相手を容赦なく殺すからだ。

 俺はこんな意味のない戦いで、シンたちを死なせたくないんだよ。


「事情は理解したけど。私はそこまでは約束するつもりはないよ。相手が面白い奴なら、殺さないかも知れないけどね」


「解った。それで構わないよ」


 アラニスにとっては、こっちの勝手な都合だからな。シンたちを気に入ってくれることに、賭けるしかない。


「アラニス陛下、人間どもの襲撃を、陛下1人で迎え撃つなど! そのような戯れはお止めください!」


 シュメルザにイルシャ。アラニスの側近たちが反対するけど。


「おまえたちこそ、何を言っているんだ? この私を傷つけることができる人間がいるとでも……ああ、アリウスがいたね」


 アラニスは揶揄からかうように笑う。


「今の俺じゃ、アラニスを傷つけることはできないだろう。それくらい俺だって解っているよ」


 アラニスのレベルが解らなくても、魔力を見れば・・・解る。

 膨大で圧倒的な魔力だけじゃなくて。完璧にコントロールされた魔力操作に、物質化されたような濃密な魔力の濃度。

 今の俺とアラニスには、決定的な力の差がある。勝てるとか勝てないとか、それ以前の問題だ。


「私との実力差を測れる時点で。アリウスは特別な存在なんだけどね。それに私に傷をつけるくらいなら、今のアリウスでもできると思うけど」


 艶やかな黒髪に漆黒の瞳。滑らかな白い肌を包むのも、黒い天鵞絨ビロードのドレス――『恋学コイガク』の主人公を完全に食ってしまいそうな美女が微笑む。

 だけどアラニスにダメージを与えるビジョンなんて、俺には浮かばないからな。


「とりあえず、シュメルザたちは近くで待機してくれよ。万が一、アラニスが危険な状況になったら。シュメルザたちも動いて構わないし、俺も動くから。それで手を打ってくれないか」


 シンは勝ち目が薄いって言ったけど。実力差を考えれば、シンたちには万が一にも勝ち目がない。アラニスが危険な状況になるなんて、あり得ないだろう。


 だけどシュメルザたちがアラニスのことを心配するのは解る。忠実な臣下とはそういうモノだろう。


 シュメルザたちを待機させると、シンたちを騙し討ちにするようなものだけど。こうでもしないと、シュメルザたちが納得しないからな。


 まあ、もしシュメルザたちが参戦しようとしたら。俺が全力で止めれば良いだけの話だ。

 

「アラニス陛下がそう仰るのなら、儂らは従いますが……アリウス、憶えておけよ」


 シュメルザが本気の殺意を向ける。


「ああ、解っているよ」


 こっちの勝手な都合に、付き合わせるんだからな。シュメルザたちに恨まれるのは仕方ないだろう。


「アリウス。おまえがシン・リヒテンベルガーを死なせなくない理由は解らんでもない。権力者の保身などのために死なせるには惜しい男だ」


 居並ぶアラニスの側近たちの中から、シュタインヘルトが声を上げる。

 シュタインヘルトも、すっかりアラニスの側近って感じだな。


「だがエイジ・マグナスや『奈落』の刺客まで、生かしておく必要があるのか? 奴らは己の分をわきまえずに、アラニスに戦いを挑むのだろう。

 特にエイジはアラニスに情けを掛けられたくせに。恩を仇で返すような奴だからな」


 エイジはアラニスが魔王に復帰・・した直後に。アラニスに戦いを挑んで敗れている。

 だけどアラニスは、エイジを殺さなかった。


「俺もエイジさんやガルドは、面倒で迷惑な奴だと思うよ。だけど嫌いじゃないし。こんな無意味な戦いで、人が死ぬのは嫌だからな」


 エイジの場合は、師と仰ぐシンと行動を共にしたい気持ちもあるだろう。だけどエイジもガルドも自分からアラニスに戦いを挑むんだから、殺されても文句は言えない。


 無謀な戦いに挑む馬鹿だと言ってしまえば、それまでだけど。自分の道を突き進む馬鹿な奴が、俺は嫌いじゃない。


「アリウスがそこまで言うなら、少しは期待できるかもね」


 アラニスが面白がるように笑う。


「エイジのことは憶えているよ。勝手な正義を押し付ける奴だけど。本気で正義を信じているところが、面白いと思って生かしておいたんだ。

 私に再び挑むと言うなら、エイジも少しは成長したんだろう?」


 同じ轍を踏むなら、次は容赦しないと。アラニスは無慈悲な笑みを浮かべた。


※ ※ ※ ※


 アラニスと戦うために万全の準備をしたいと、シンが言うので。戦いは2週間後になった。


「まあ、魔王アラニスと戦うなら。それくらいの時間は必要だろうな」


「シンさんも歳だし。自分のピークを合わせるには時間が掛かるのよ。アリウスには解らないでしょうけど」


 こんな話をしながら。俺とグレイとセレナは、7番目の最難関トップクラスダンジョ『神話の領域』に挑んでいる。

 時間があるならダンジョンを攻略する。戦闘狂おれたちにとっては当然のことだ。


 『神話の領域』の5階層に出現するのは、最早邪神クラスの伝説級のアンデッドたち。

 そして最初から出現する階層ボスは『冥王』――文字通りに冥府の支配者として君臨する邪神の王だ。

 まあ、ダンジョンに出現する魔物モンスターだから。本物の邪神じゃないけど。


 シンたちがアラニスと戦うまでに『神話の領域』を攻略するとか。そんなことは一切考えていない。最難関ダンジョンは甘くないからな。


 強大な力を持つ魔物たちと、命を削るようなギリギリの戦いに勝ち残っても。

 次の階層には、さらに凶悪な魔物たちが待ち構えている。

 まあ、俺たちはそれが堪らなく楽しいんだけど。


 俺たち3人は、アラニスとシンたちが戦うまでの丸2週間。延々と『神話の領域』に挑み続けた。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:6,898(+155)

HP: 72,582(+1,661)

MP:111,031(+2,511)

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