第151話:化物


 髪も髭も伸ばし放題の獣のような男が、獰猛な笑みを浮かべる。


「アリウス、てめえは凄えタイミングで現れやがったな。この噛ませ犬・・・・が俺にダメージを与えるのを期待して、隠れて見ていたんだろう?

 だが残念だったな。こんなクソザコが、俺に1ミリのダメージも与えられる筈がねえだろう!」


 確かに俺は『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』を発動して、こいつとエイジの戦いを見ていた。


 半径5kmを超える俺の『索敵サーチ』の効果範囲に、突然反応した巨大な魔力。

 こいつは短距離転移を繰り返して、急速に近づいて来た。戦い慣れた奴の動きだと、俺は警戒しながら駆け付けたけど。

 すでにエイジが対峙していたからな。横槍を入れたくなかったんだよ。


 だけどエイジが勝てないことは解っていたから。エイジを殺そうとしたら、直ぐに止めるつもりだった。だけどこいつはエイジを殺さないように散々いたぶった。


「俺のことは好きに言えよ。だけどエイジさんを馬鹿にするのは止めろ」


 正義とか悪とか、勝手に決めつけるエイジは理解できないし。自分の正義を押し付ける奴は嫌いだけど。

 エイジは最後まで必死に戦ったんだ。それを馬鹿にする奴を、俺は許すつもりはないからな。


「てめえは何を言ってやがる? こいつはクソザコで、無様に敗けたんだ。馬鹿にするのは当然だぜ!」


 男は犬歯を剥き出しにして笑う。こいつには何を言っても無駄みたいだな。

 まあ、だったら俺も準備・・はできているし。


 周りには学院の生徒や通行人がいるから。俺たちだけを隔離するように『絶対防壁アブソリュートシールド』を展開済みだ。これで周囲に被害は出ない。


 あとは学院の前で暴れると、騒ぎになるから。『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』を『絶対防壁』に合わせて広域展開した。これで俺が何をしようと・・・・・・、他の奴に知られることはない。


「アリウス、余計な真似をするな。こいつは俺の獲物だ」


 『完全治癒パーフェクトヒール』で意識を取り戻したエイジが口を挟む。


「エイジさん、こいつが狙っているのは俺なんだよ。悪いけど、ここは譲って貰うからな」


 『鑑定』したから解っているけど。こいつのレベルは3,000超で、ステータスはレベル以上に高い。

 こいつに勝てる奴は、SSS級冒険者でも限られるだろう。


「アリウス……おまえなら、この男に勝てるのか?」


 俺の余裕な態度に、疑問を抱いたのか。エイジが訝しそうな顔をする。


「エイジさんは俺に用があって来たんだよな? さっさと片づけるから、ちょっと待っていてくれよ」


 俺は剣を収納庫ストレージに仕舞う。


「てめえ……どういうつもりだ?」


 獣のような男が、俺を睨みつける。


「まあ、剣を使うと手加減しにくいからな」


 こいつの実力は解ったからな。

 俺はイキるのは好きじゃないし。相手をいたぶる趣味はないけど。

 こいつはエイジを散々痛めつけたんだ。簡単に終わらせるつもりはない。


「アリウス、ほざくじゃねえか……面白れえ! 俺がてめえを殺してやるぜ!」


 獣のような男は一瞬で距離を詰めると、禍々しい巨大な戦斧を一閃する。

 だげと戦斧が当たる直前。俺は最小限の動きで躱して、こいつが反応できない速度で拳を叩き込む。


「グボッ……」


 俺の拳が腹を貫通して、背中から突き出る。


「これで1回死んだな」


 俺は素早く腕を引き抜くと、『完全回復』で男を回復させる。


「てめえ……舐めた真似をしやがって!」


 男の速度が上がる。こいつも本気になったみたいだな。

 だけど最初から全力で来ないとか。甘過ぎるんだよ。


 男が振るった戦斧を、俺は2本の指で摘まんで止める。

 男は力ずくで戦斧を引き抜こうとするけど。ステータスに差があるから無駄なんだよ。


「てめえの力……どうなっていやがる?」


「おまえは自分の力を過信しているみたいだけど。おまえより強い奴なんて、幾らでもいるんだよ」


 俺は指先に魔力を込めて、戦斧を粉砕した。


「な、何だと……」


 こいつも予備の武器くらい持っているだろうけど。待ってやるつもりはない。

 俺は加速して顔を殴りつける。


「ウゲッ……」


 吹き飛ばされた男は、背中から『絶対防壁』に叩きつけられる。


「てめえ……いつの間に、こんなモノを……」


「何だよ、気づいてなかったのか? 俺の『絶対防壁』は、おまえじゃ絶対に壊せないし。『転移阻害アンチテレポート』も発動しているから、『転移魔法テレポート』で逃げようとしても無駄だからな」


「誰が逃げるかよ……俺を散々コケにしやがって! てめえは絶対に殺してやる!」


 男は収納庫ストレージから予備の戦斧を取り出すと、全力で突っ込んで来た。だけど何度やっても、同じなんだよ。


 3,000レベル超のこいつは、確かに強いけど。俺たちが今攻略している7番目の最難関トップクラスダンジョン『神話の領域』の魔物モンスターの方が、こいつよりも強いからな。


 それでも男は回復させる度に、何度でも襲い掛かって来る。

 傍で見ているエイジが唖然とするくらい、こいつの精神はタフだよな。


 こいつは金で雇われて、俺を殺しに来たみたいだけど。どんなにボコボコにしても、目は全然死んでいないし。獰猛な笑みを浮かべている。

 別に余裕がある訳じゃなくて。こいつも戦闘狂なんだろう。


「アリウス! 俺を止めたいなら、殺すしか方法はねえぜ!」


「ああ。そうみたいだな」


 エイジを散々いたぶったことはムカつくけど。何度ボコボコにしても向かって来る戦闘狂のこいつは、嫌いじゃない。

 だったら最初から全力で戦えって、言いたいけどな。


 だけどこいつを生かしておく理由はない。俺がいないときに王都に来られたら、面倒だけじゃ済まないし。

 結局のところ、ここまで殺さなかったのは、俺の我がままだからな。


 俺は収納庫から2本の剣を取り出す。


「アリウス……ようやく俺を殺す気になったみてえだな! だが俺も簡単には殺されねえぜ!」


 男は一気に加速して、突っ込んで来る。これまでよりも速く。

 眼前に迫ると、素早く跳んで俺の死角に回ろうとするけど。そんなことをしても、無駄なんだよ。


 俺は男を超える速度で反応して、正面に捉えると。戦斧ごと真っ二つにする――つもりだった。


「アリウス、そこまでにして貰えるかのう。此奴――ガルドは、魔王を倒すための貴重な戦力じゃからな」


 シンが来たのは、男とエイジが戦いを始めた直後だ。

 勿論、俺は気づいていたから。反応を探るために、シンには見えるように『認識阻害』と『透明化』のレベルを調整した。


「てめえは……このクソ爺、邪魔するんじゃねえぞ!」


 こいつとシンは知り合いみたいだな。


「シンさんには悪いけど。俺の命を狙う奴を生かしておく理由はないよ」


「アリウス。まあ、そう言うな。この儂の名に懸けて、ガルドと此奴を寄越した組織には、お主と周りの人間を二度と襲わせぬと誓おう。それで手打ちにして貰えぬか?」


「爺、てめえは何を勝手なことを言ってやがる!」


「ガルド。儂が止めなかったら、お主は確実に死んでおった。それくらいのことは、お主も解っておるじゃろう?」


「ああ! だが生き恥を晒してまで、生きたいとは思わねえぜ!」


 獣のような男――ガルドは本気で言っているようだな。気持ちは解らなくないけど。


「だが生きておれば、再び挑むこともできるじゃろう。お主に二度とアリウスを襲わせるつもりはないが。仕合の場を設けるなど、やりようは幾らでもある。このまま命を落とすより、お主にとっても悪い話ではなかろう?」


「……爺、その話は本当だろうな?」


 なんか勝手に話が進んでいるけど。


「シンさん、俺はまだ承諾した訳じゃないからな。エイジさんだって、納得してないだろう?」


「俺は……こいつに敗けた俺には、何も言う資格はない。シン師匠が決めたことに従うまでだ」


 エイジは悔しそうに、奥歯を噛み締める。

 何だよ、全然納得してないくせに。だけどエイジ本人が決めたなら、俺が口を出すようなことじゃないか。


「エイジもこう言っておるし。あとはアリウス、お主次第じゃな」


 シンの言葉を完全に信用した訳じゃないけど。ガルドは金で雇われただけで、俺に対する悪意がある訳じゃない。

 最悪のパターンは、みんなや家族を狙われることだけど。シンがここまで言ったんだから、下衆な手段は取らせないか。


「シンさん。約束は必ず守れよ」


「勿論じゃ。儂に二言はない」


 『絶対防壁』を解除すると。シンがニヤリと笑いながら、近づいて来る。


「アリウス、今回の迷惑料と言っては何じゃが。美味い酒を奢るから、ちょっと儂に付き合わぬか?」


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:6,743

HP: 70,921

MP:108,520

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