第149話:エイジの正義 ※三人称視点※


※三人称視点※


 少し時間を遡って――イシュト共和国の辺境地帯。


 傭兵崩れたちが野盗となり、辺境の村を占拠。街道を通る隊商を襲撃して金品を奪い、金になりそうな者は誘拐して身代金を要求。それ以外の者は皆殺しにするなど、正にやりたい放題だった。


 イシュト共和国軍は野盗を討伐しようとしたが思いの外強く。攻めあぐねた彼らは冒険者ギルドに野盗の討伐を依頼した。

 しかし敵の数が多過ぎて報酬に合わないと、依頼を請ける冒険者はいなかったが――


「随分と好き勝手にやったようだな」


 報酬も見合わず、決してSSS級冒険者が請けるような依頼ではないが。『正義の体現者』エイジ・マグナスは何の躊躇ためらいもなく、この依頼を請けた。


 野盗たちが占拠する村に正面から乗り込んで。紅蓮の炎を帯びる『裁きソードオブの剣ジャスティス』で、群がる野盗たちを次々と切り殺して行く。


「お、俺たちが悪かった! 命だけは助けてくれ!」


「おまえたちは命乞いをする者も殺したのだろう?」


 いくら野盗が強いとはいえ、SSS級冒険者の敵ではなく。エイジは眉一つ動かさずに、100人以上いた野盗たちを皆殺しにした。

 

「俺は正義のために戦う。それに間違いはないが……」


 今のエイジには迷いがある。


 エイジは同じSSS級冒険者アリウスが『魔王の代理人』を辞めるように、力づくで説得しようとして。師と仰ぐSSS級冒険者序列1位シン・リヒテンベルガーに止められた。


『エイジ、それくらいにしたらどうじゃ? お主の実力では、どう足掻いてもアリウスには勝てんぞ』


 何故シンは止めたのか? 『魔王の代理人』であるアリウスの方が強いからか?


 しかし相手が悪ならば、勝てる勝てないではなく。命に代えても正義を執行するべきだ。

 エイジはそう思い、魔王アラニスに挑んで敗れた。だが今も魔王を倒すことを、決して諦めた訳ではない。


『アリウスにもロナウディアにも覚悟があることが解ったからな。此奴らがどこまで我を通せるか、しばらくは見物じゃな』


 しかしシンはアリウスを認めた。『魔王の代理人』として悪に染まった筈のアリウスを……

 ならばアリウスにも、一抹の正義があるということか?


 魔族は人類の敵で、魔王とは世界を滅ぼす存在だ。それが疑うまでもないことは、魔族と人間の戦いの歴史が証明している。


 だが『魔王の代理人』を名乗るアリウスに、一抹の正義があると言うなら――


「やはり、確かめるべきだな」


 エイジは自分の迷いを断ち切るために、もう一度アリウスに会うことにした。


※ ※ ※ ※


 ロナウディア王国の王都にある王立魔法学院。その正門の前に立つのは、藍色の髪で20代半ばの陰のある感じのイケメン。


 学院の生徒。主に女子が黄色い声を上げて、エイジに熱い視線を向ける。だがエイジは全く気にする様子もなく、アリウスが出て来るのを待ち続ける。


 今日アリウスが学院に来ていることは解っている。だが関係者でもないエイジに、学院の中に入る許可が降りることはなく。強引に押し入るような真似は、正義の体現をモットーとするエイジの選択肢に無かった。


「あの……学院の生徒の家族の方ですか? 何でしたら、私が連れて来ますよ?」


 エイジとお近づきになろうと、勇気を振り絞って声を掛ける女子。


「いや、俺は人を待っているだけだ。気にしないでくれ」


 アリウスを連れて来てくれと頼むこともできるが。『魔王の代理人』のアリウスに、できれば一般の生徒を関わらせたくはない。


 アリウスが『認識阻害アンチパーセプション』を使って、逃げることも考えられるが。1週間ほど前に堂々と姿を見せたアリウスが、エイジから逃げるとは思わなかった。


 しかしアリウスが何を考えているのか、エイジには良く解らないから。決して油断することはなく、全力の『索敵サーチ』でアリウスの魔力を探っている。

 だから近づいて来る者の存在に、直ぐに気づくことができた。


 エイジの『索敵』の効果範囲内に、突然出現した巨大な魔力。

 エイジが身構えたときには、それはすでに目の前に迫っていた。


「何だ? いきなりデカい魔力を見つけたから、ラッキーって思ったけどよ。髪の毛が藍色ってことは、てめえはアリウス・ジルベルトじゃねえな」


 伸び放題に伸ばした髪と髭。獣のような獰猛な目。上半身裸の20代前半の男は、禍々しい巨大な戦斧を無造作に肩に担いでいる。


 どう見ても不審者だが。エイジが巧妙に隠している魔力に気づいたことと、一瞬で間合いを詰めた速さ。エイジが警戒するには十分だった。

 男が放つ異様な空気に、周りの生徒たちが悲鳴を上げて逃げて行く。


「おまえは何者だ? 返答次第では、只では済まさない」


 紅蓮の炎を帯びる『裁きソードオブの剣ジャスティス』を構える。人目があるが気にしている場合ではない。


「ああ。そう言えば、炎の剣を使う奴がSSS級冒険者の中にいたな。只では済まさなねえって、俺をどうするつもりだ? 俺は仕事でアリウスを殺しに来たんだよ。てめえを殺す金は貰ってねえが、邪魔するなら相手になるぜ」


「アリウスを守る義理はないが。おまえのような者を野放しにする訳にはいかない」


 騒ぎに学院の警備員が出て来るが。説明している暇はない。

 エイジは魔力を全力で解き放った。

 

 エイジは音速を超える速度で、男との距離を一瞬で詰めて。膨大な魔力を込めた高速で正確な斬撃を続けざまに叩き込む。

 だが男は余裕で避けて、ニヤリと笑うと。


「SSS級冒険者も大したことねえな。ほら、落とし物だぜ!」


 男が投げたのは、炎を纏う剣を握る人間の腕。


「な……何だと?」


 激痛とともに、エイジの右肩から鮮血が噴き出した。

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