第139話:授業
フランチェスカ皇国が魔族の国ガーディアルと不可侵条約を締結した後。
俺はガーディアルの魔都クリステアに向かった。
天井までの高さが10m以上ある広大な広間。1,000レベル超がゴロゴロいる魔族の精鋭たちが立ち並ぶ。
玉座に座るのは黒ずくめの女。艶やかな黒髪に漆黒の瞳。滑らかな白い肌を包むのも、黒い
客観的に見れば『
「アラニス、おまえのおかげで上手く行ったよ。これで暫くは、魔族の領域に侵攻する国は出て来ないだろう」
ブリスデン聖王国とフランチェスカ皇国。勇者を支援する同盟の中心だった2つの国を抑えて。魔石の取引でブリスデンとフランチェスカに対抗しようと、手を結んだ他の同盟国も。アリサの
「私はアリウスが魔王の代理人を名乗ることを認めただけで、何もしていない。だから君に礼を言われる覚えはないよ」
「いや。魔王アラニスとガーディアルの名前を借りて、俺の好きにやらせて貰っただけで十分だよ」
俺がガーディアルの魔族に化けて、勇者アベルと同盟国の奴らに力を見せつけたこと。SSS級冒険者のアリウスが魔王の代理人だと、世界中の国に宣言したこと。
この2つがなければ、ほとんど犠牲者を出さないで、魔族の領域への侵攻を止めることはできなかっただろう。
「だけどアリウスは、これからが大変だね。大半の人間が魔族を敵だと考えているんだ。魔王の代理人になった君は、世界中を敵に回したことになる」
「まあ、自分で決めたことだし。俺がやりたいことをやった結果だからな。それにロナウディア王国とグランブレイド帝国が協力してくれたから。最悪の状況には陥らないだろう」
2つの大国がガーディアルと同盟を結んだことで、魔王は世界の敵だという構図が崩れた。勿論それだけで、魔族を敵視する奴らの考えが変わるとは思わないけど。最初の布石になったし。
これから俺たちが魔族と人間の良好な関係を築いて、魔族だから敵だと考えるのは間違いだと示せば良い。
「アリウスが考える『最悪の状況』っていうのは、勇者たちの侵攻を止めることで。止めた側と勇者を支持する国の間で戦争が起きることだろう。
確かに君が上手く立ち回ったことで、戦争にはならないと思うけど。君個人を狙う者は出て来るだろうね」
魔王の代理人は、魔族を敵視する奴らにとって格好の標的だ。SSS級冒険者の俺を殺せると思う奴はそうはいないだろうけど。正面から攻撃しなくても方法は幾らでもある。
「俺が狙われるのは構わないけど。家族や仲間たちのことは気をつけるよ。まあ、俺には心強い味方がいるから、そこまで心配していないけど」
父親のダリウスとエリクが諜報部の連中を使って、不審な動きをする奴らを監視しているし。みんなもそこら辺の奴にやられるほど弱くない。
こうなったのは俺のせいで、みんなまで巻き込むことになったけど。みんなには事前に話をして、世界を敵に回すリスクを承知の上で承諾して貰った。だから俺は自分にできることをやるだけだ。
「家族や仲間を狙う程度の相手なら、
アラニスの情報収集能力が、どれほどのモノか解らないけど。世界中の魔力を感知できるチートな能力を持っている奴だからな。
「まあ、何れにしても。世界中が魔王の代理人になったSSS級冒険者アリウスに注目しているんだ。君は自分から次のステージに上がったってことだよ」
「次のステージ?」
「ああ。正直なところ、勇者アベルなんてアリウスには物足らなかっただろう。だけど勇者よりも強い存在なんて、この世界には幾らでもいるからね。世界が注目する君という強者を、
アラニスは面白がるように笑う。
「誰かに勝ちたいとか負けたくないとか、アリウスは全然興味がないみたいだけど。大抵の強者は自尊心が強いからね」
アラニスの後ろで、シュタインヘルトが俺を睨んでいる。まあ、これまでだってシュタインヘルトみたいに絡んでくる奴は沢山いたからな。
「それでも今のアリウスなら、大抵の者には勝てるだろうけど。世界は広いからね」
このとき。アラニスは意味深な笑みを浮かべていた。
※ ※ ※ ※
ミリアとの約束で、久しぶりに学院の授業に出席することになった。
俺が本を読んで内職をしないで、座学の授業を真面に聞くなんて。学院に入学した最初の1週間以来じゃないか。
クラスの生徒たちは、2年生になって初めて授業に出た俺に戸惑っている。
ちなみに2年生のクラス替えで同じクラスになったのは、知り合い以上というレベルでもミリアとエリクだけで。エリクの取り巻きたちは軒並み別のクラスになった。
なんかエリクの作為を感じるけど。取り巻きたちがいると面倒だから、俺としては助かるよ。
俺がいつ授業をサボるかと疑っているのか。ミリアがチラチラと視線を向けて来るし。エリクは面白がるように俺を見ている。
おまえら、授業に集中しろよ……なんて俺が言うと、完全にブーメランだな。
「……そして大陸歴628年。ついに勇者が魔王が倒し、世界の危機が救われた。しかしその後も魔族による侵攻は度々行なわれ。諸君たちも知っているように、大陸歴917年には魔族によるロナウディア王国への大規模侵攻『ロナウディアの危機』が起きた」
2時間目の歴史学の授業。教壇に立つのは灰色の髪の40代の教師。
『ロナウディアの危機』とは18年前に起きた魔族との紛争のことで。俺の父親のダリウスが王国の危機を救って、その功績を認められて王国宰相になった。
だけど俺が
「このように魔族は人類の敵だ。『ロナウディアの危機』の際は、救国の英雄であり現王国宰相ダリウス・ジルベルト殿の活躍によって、ロナウディアは救われた訳だが……
その子息であるアリウス・ジルベルト君が、まさか魔王の代理人になるとは。これはロナウディア王国に対する、いや全人類に対する裏切り行為だ!」
教師の言葉に生徒たちが騒めく。だけど教師は無視して俺を見据える。
「クラウド先生、どういう意味ですか!」
ミリアが席から立ち上がって教師を睨む。
「ロナウディア王国は魔族の国ガーディアルと平和的に同盟を結んだのに。なんでアリウスが裏切ったことになるんですか?」
「そうだね。僕もクラウド先生に訊きたいんだけど。ガーディアルと同盟を結ぶことを最終的に決めたのは国王陛下だ。つまりクラウド先生は陛下のことも批判しているのかな?」
エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべているけど。目は笑っていない。
「エリク殿下、それは違います。私は国王陛下を欺き、人類の敵である魔族の国にロナウディアを売り渡した裏切者。アリウス・ジルベルト個人を糾弾しているのです!」
言い訳としては苦しいけど。この教師が言いたいことは解る。
突然ロナウディア王国が敵である筈の魔族の国と同盟を結んだ。だけど学院の教師という立場上、あからさまに国王やエリクを批判することはできない。
そこに同盟を結ばせた当事者で魔王の代理人の俺が、自分の授業に平然とした顔で出ているんだからな。文句を言いたくもなるだろう。
クラスメイトの中にも、俺に何か言いたそうな奴はいるし。まあ、これも良い機会だからな。
「俺が魔王の代理人として、ガーディアルとの同盟の話を持ち掛けたのは事実だから。俺を批判するのは構わないけど。俺は間違ったことをしたとは思わないし。ロナウディア王国はあんたみたいに言うような奴がいることを承知の上で、魔族の国と同盟を結んだんだよ」
「そんな戯言を……この売国奴が!」
随分な言われ方だけど。俺の代わりに言い返そうとするミリアを視線で止める。
他人に何て言われようが、俺は構わないからな。
「過去に魔族との争いがあったのは事実だし。家族や知り合いを殺された奴が、復讐するのを止めるつもりはないけど。人間の国同士でも戦争は起きるのに。魔族だから敵とか、思考停止以外の何モノでもないだろう。
今回だってイシュトバル王国の勇者アベルが、一方的に魔族の領域に侵攻して、魔族を殺したんだからな。俺は魔族と人間の争いを終わらせたいんだよ」
こんなことを言っても響かないこと解っている。現実を変えて見せないと、誰も納得なんてしないだろう。
「クラスのみんなにも言っておくけど。俺に文句がある奴は、好きに言ってくれよ。どんなことを言われても、力づくで黙らせるとか絶対にしないからな。あとは俺がこれから何をするか。興味本位で構わないから見ていてくれよ」
俺の言葉に睨んで来る奴や、目を反らす奴。何故か女子の熱い視線も感じるけど。
「まあ。そんなことを言っても、俺はほとんど学院に来ないからな。俺がいないときに文句が言いたくなったら、エリクやミリアに伝えてくれ」
2人には悪いけど、伝言役を頼むことにした。この教師みたいに正面から文句を言う奴は嫌いじゃない。勿論、反撃はするけど。
「あとクラウド先生。俺を糾弾するのは構わないけど。今は授業中だからな。授業を放棄して自分が言いたいことを言うのは、教師として失格じゃないのか?」
「な……」
正論を言われて、教師は怒りに震えるけど。これ以上続けるのかと、エリクにいつもの爽やかな笑顔で圧力を掛けられて。
結局、何事もなかったかのように授業を再開した。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 16歳
レベル:6,682
HP: 70,272
MP:107,535
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