第136話:誘い


 魔石を優先的に回して欲しいなら、魔族の国ガーディアルと同盟を結べば良いと。ブリスデン聖王国の奴らに言ってみたけど。


 こいつらに魔族が敵だという常識を打ち破る覚悟はない。案の定、ビクトル聖王とジョセフ公爵は黙り込んでいる。


「どうせ直ぐに応えるのは無理だろう。2週間後にまた来るから、そのときに話を聞かせてくれよ」


 今度は本当に、帰るつもりだったんだけど。


「……駄目だ、行かせぬ!」


 ジョセフ公爵の合図に、ブリスデンの聖騎士たちが一斉に剣を抜くと。

 四方にある扉が開いて、部屋の外からも騎士が雪崩れ込んで来た。


「ジョセフ閣下、お待ちください!」


 700レベル超えの聖騎士ロザリアが止めに入る。


「SSS級冒険者3人を相手にするのは、どう考えても無謀です! 閣下、どうかお考え直しください!」


「ロザリア、戦いは数が物を言うのだ。いくらSSS級冒険者がいようと、相手は10人にも満たず。しかも半分以上が女ではないか!」


 まあ、ジョセフ公爵はSSS級冒険者が戦うところを、見たことがないんだろう。冒険者が戦争に加担することは滅多にないし。

 ブリスデンの騎士の中にも、それなりにレベルが高い奴もいるけど。結局、ロザリアが一番レベルが高いからな。


「……解りました。ジョセフ閣下がそう仰るのであれば、もう何も申しません。私は閣下の剣ですので!」


 ロザリアは覚悟を決めたのか。剣を抜いて俺に向き直る。

 だけどロザリア、簡単に諦めるなよ。SSS級冒険者の実力が解っているなら、全力で止めるべきだろう。


 部屋を埋め尽くすように立ち並ぶ200人以上のブリスデンの騎士。ジョセフ公爵がニヤリと笑う。


「SSS級冒険者のアリウスか。確かロナウディア王国の宰相も元冒険者で、息子の名前はアリウスだったな。

 つまりロナウディアがグランブレイド帝国と魔王を唆して、我々を出し抜こうとしているのであろう。そんな真似をこの私が許すと思うか?」


 SSS級冒険者のアリウスとアリウス・ジルベルトが同一人物だと。疑う奴はこれまでも結構いた。貴族だとバレると面倒だから、俺はシラを切って来たけど。


 ロナウディアの王女エリスと一緒にいるんだから、もう誤魔化すのは無理だし。そもそも隠すつもりなら、もっと上手くやっているって。

 これは俺が始めたことだからな。冒険者アリウスとしても、アリウス・ジルベルトとしても。俺が矢面に立つのは当然だろう。


「確かに俺はロナウディア王国宰相の息子アリウス・ジルベルトだけど。ロナウディアのために動いている訳じゃない。むしろ俺は魔王と手を組むために、ロナウディアとグランブレイドを利用したんだよ」


 ロナウディアとグランブレイド。2つの大国を差し出すことで、魔王の代理人という立場を手に入れて。俺は魔石の取引という甘い汁を吸おうしている。そういう筋書きだけど。ブリスデン聖王国の奴らが信じれば、ヘイトは俺の方に向く。


「そいういうことか。ならば……この者たちを皆殺しにしろ! ただしエリス王女とバーン皇子だけは殺すな。人質にして、ロナウディア王国とグランブレイド帝国との交渉材料にする!」


 ジョセフ公爵の言葉に、ロザリアとブリスデンの騎士たちが迫る。


「なあ、ジョセフ公爵。正気かよ? ロナウディアとグランブレイドと戦争を始めるつもりか」


「何、我々には皇子と王女という人質がいるのだ。3つの大国・・・・・かどわかそうとした貴様の首を手土産にして。魔族の国と同盟を結んだロナウディアとグランブレイドには、ブリスデンが魔石の取引の主導権を握るための橋渡しをして貰う。 魔王には貴様が魔石を持ち逃げしたことにすれば、貴様が持っている魔石もタダで手に入る。これ以上の妙案はないであろう」


 ジョセフ公爵は欲に塗れた笑みを浮かべる。全部自分に都合が良い方向に話が転がるなんて。勝手な妄想を抱いるみたいだけど。俺にヘイトを向けることには成功したみたいだな。


 こうなることも想定していたし。もう準備はできている。ブリスデンの騎士が剣に手を掛けた時点で『絶対防壁アブソリュートシールド』は発動済みだ。

 

 『絶対防護壁』の外にいるのは、俺とグレイとセレナだけ。ジェシカには文句を言われるかも知れないけど。向こうには700レベル超えのロザリアがいるからな。

 まあ、グレイとセレナの手を煩わせるつもりはないけど。


 俺に迫る200人以上のブリスデンの騎士が、ロザリアを残して突然一斉に崩れ落ちる。


「な、何が起きた……」


「何って、普通に手刀で気絶させたんだけど」


 俺は騎士たちの間を擦り抜けながら、1人ずつ手刀を叩き込んだだけだ。

 音速の3倍くらいの速度で。ジョセフ公爵には見えなかったみたいだけど。


 最難関トップクラスダンジョンでは、音速を超えて戦うのが基本だし。1000体以上の凶悪な魔物モンスターを同時に相手にするからな。200人の騎士を一瞬で倒すことくらいは普通にできる。


「う、嘘をつけ……貴様は何か魔法を使ったのであろう!」


「ジョ、ジョセフ閣下! こ、この男が言っているのは本当のことです!」


 信じられない顔をしているジョセフ公爵に、ロザリアが青い顔で告げる。

 ロザリアも俺の動きを捉えることはできなかったけど。少しは見ることができたみたいだな。まあ、そのために・・・・・ロザリアを残したんだけど。


「こいつらを殺さなかったのは、できれば平和的に解決したいからで。まだやるなら、次は確実に殺すからな。俺が人を殺せないとか勘違いするなよ」


 俺は冒険者として人も沢山殺してきたからな。必要なら一切躊躇ためらわずに殺すことができる。


「何なら、この城にいる全戦力を相手にしても構わないけど。ジョセフ公爵、良く考えろよ」


 俺の本気が伝わったのか、ジョセフ公爵が黙る。


 だけど話はこれで終わりじゃない。俺たちは交渉しに来たのに。欲に眩んだジョセフ公爵は俺たちを殺して、エリスとバーンを人質にしようとして。返り討ちにあった。

 どう考えても、非があるのはブリスデンの方だけど。ここは敵陣の真ん中だから。後から幾らでも言い逃れできるからな。


「ああ、言い忘れたけど。あんたたちが・・・・・・やったこと・・・・・は、全部記録・・したからな。セレナ、見せてやってくれよ」


 俺が何を言っているのか理解できないジョセフ公爵。

 セレナが魔法を発動すると。空中にジョセフ公爵と剣を抜いた騎士たちの映像が映し出された。


『……この者たちを皆殺しにしろ! ただしエリス王女とバーン皇子だけは殺すな。人質にして、ロナウディア王国とグランブレイド帝国との交渉材料にする!』


 魔法の原理を理解すれば。魔法を分解して再構築することで、新しい魔法を創ることができる。

 だから俺の前世の知識とイメージを伝えて。セレナの魔法に関する技術と知識で、動画を記録する魔法を創って貰ったんだよ。


「俺たちが王宮に来てからのことは、全部記録に残してあるからな」


「こんなもの……誰が信じるものか! 魔法で作った幻影だと言えば、それまでの話だろう!」


 まあ、ジョセフ公爵が言っていることも間違いじゃないけど。誰も信じないとか言って。自分が言い逃れすると、宣言したようなモノだよな。


「ジョセフ公爵はイメージを甘く見ているみたいだけど。これが証拠にならなくても、あんたたちが俺たちを殺そうとしたイメージは伝わるだろう。

 魔族の国と取引をしようとしたことも、口で否定しても。これを見た方がインパクトがあるし。魔石を見て喉を鳴らすビクトル聖王とジョセフ公爵の姿を見たら、他の国の奴らやブリスデンの人間はどう思うだろうな」


 ジョセフ公爵の言葉と、映像のどっちを信じるか。たとえ信じないとしても、欲に眩んで魔族の国と取引をしようとして。そのために人を殺そうとしたジョセフ公爵のイメージが広まるだげで十分だ。


「アリウス・ジルベルト殿……」


 ここまで黙っていたビクトル聖王が口を開く。


「ジョセフ公爵が勝手に暴走したこと・・・・・・・について、ブリスデンの聖王の名において謝罪する。騎士たちを従える者にジョセフ公爵に脅されて・・・・止めらることができなかったのだ」


 この期に及んで、蜥蜴の尻尾きりとか。ジョセフ公爵とロザリアも唖然としている。

 だけどビクトル聖王が何もしなかった・・・・・・・ことは事実だ。用心深いビクトル聖王は、最悪の状況になる可能性を想定していたということか。


「ビクトル聖王。あんたが言いたいことは解ったけど。俺たちがどう受け取る・・・・・・かは、そっちの出方次第だな。今後のことについて良く考えてから、ブリスデン聖王国としての答えを出してくれよ」


 状況は変わったけど。俺がやることは変わらない。

 まだフランチェスカ皇国や、他の国との交渉もあるし。


 まあ、ブリスデン聖王国のことは、上手く利用させて貰うよ。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:6,225

HP: 65,558

MP:100,170

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