第130話:取引
イシュトバル王国の王宮。突然出現した巨漢の魔族の姿をした俺に、部屋の中で待機していた護衛たちが一斉に動き出す。
隣接する部屋にいた護衛たちも雪崩れ込んで来る。数は全部で50人くらいだ。
「き、貴様は……あ、あのときの魔族……」
アベルが椅子から転げ落ちて。怯えた顔で震えながら後退る。とりあえず、アベルの精神をへし折ることはできたみたいだな。
護衛たちはそれぞれの主を守るように前に出ると。主を下がらせて、魔術士が防御魔法を展開する。まあ、それなりに訓練された動きだ。
勇者パーティーの奴らもアベルを引きずって下がらせて。ドワーフのバスターと刀使いのリョウがアベルを庇うように身構える。
「何故、魔族が……アベル! 貴様が我々を魔族に売ったのか?」
ブリスデン聖王国のジョセフ公爵が冷徹な視線を向けると。
「ち、違う! わ、私は魔族に魂を売るほど、落ちぶれてない!」
アベルは慌てて否定するけど。状況が状況だから、真面に聞く奴はいない。まあ、俺に対処する方が先だよな。
「『
「『
「『
魔術士たちが一斉に放ったのは、全部第5界層以上の単体攻撃魔法だ。範囲攻撃魔法を使わないのは、味方を巻き込まないためだろう。
だけどこれくらいの魔法は、俺には効かない。防御魔法を展開するまでもなく、魔法が直撃しても俺は無傷だ。
「ば、馬鹿な、魔法が効かないだと……」
動揺が走るけど。これで動きを止めるほど護衛たちも馬鹿じゃない。
今度は武器を抜いた奴らが、一斉に襲い掛かって来る。
避けるのは簡単だけど。力を見せつけることも目的の1つだからな。俺は一切躱さないで、護衛たちの攻撃を真面に受ける。まあ、俺のDEFならノーダメージだし。堅さに負けた剣が何本か折れる。なあ、もっと頑丈な武器を使えよ。
「邪魔だ、退け。おまえたちに用はない」
護衛たちを撥ね退けながら俺は前進する。自分で言っておきながら恥ずかしい台詞だけど。これも強さの演出だから仕方ないか。
吹き飛ばした護衛たちが動かないけど。手加減したから死んでいない。
「てめえら雑魚は邪魔だ! こいつの相手は俺がやる!」
このタイミングで、クリスが前に出て来る。こいつはホント、懲りないよな。
「おい、1回勝ったからって、良い気になるんじゃねえぞ――『
アベルの魔力を封印しても。クリスは『勇者の心』をスキルとして与えられたから発動できる。魔剣ウロボロスもダンジョンのドロップ品だから、予備を持っていたってことだな。まあ、クリスは成長しないから、同じことだけど。
魔剣ウロボロスをへし折りながら殴り飛ばすと。クリスが天井に突き刺さる。
「おい、狂犬は鎖で繋いでおけ。次は確実に殺すからな」
だからイキるような台詞は言いたくないんだって。クリスの奴、良い加減にしろよ。
勇者パーティーのメンバーを瞬殺したことで、護衛たちに再び動揺が走る。
だけど腕に自信がある奴は、他にもいるみたいだな。
「なるほど。勇者パーティーのメンバーと言っても、所詮はその程度か」
ハスキーな声が凛と響く。俺の前に立ち塞がったのは、白銀のフルプレートを纏う騎士だ。
身長が180cm近い長身の20代後半の女子で。銀髪のベリーショートで凛々しい感じの美人だ。
武器は女子には似合わないゴツいハルバートを片手で。もう片方の手にはタワーシールドを構えている。
「ジョセフ閣下。ここは私にお任せください!」
口だけじゃなくて――こいつは強いな。
「ふざけるな、ロザリア! ブリスデンの聖騎士のおまえに、フランチェスカ重装騎兵団長の俺が、手柄をくれてやる義理はねえんだよ!」
もう1人出てきたのは、30代半ばの無精髭の男。黒髪に青い目のイケメンだ。
防具は使い古したハーフプレートで。右手には魔力を射出する金属製の魔銃。左手にはバトルナイフを構える。こいつも強いな――ロザリア以上に。
「デュラン殿。邪魔だけはしないでくれ!」
「ああ、ロザリア。おまえこそな!」
軽口を言いながらも、一切油断がないロザリアとデュラン。タイミングを計りながら、俺との距離をゆっくりと詰めて来る。
先に動いたのはロザリアだ。無言のまま突然加速する。
それとほとんど同時に、今度はデュランが動く。俺の注意がロザリアに向いた隙を突く形で、魔銃を連射する。
圧縮された魔力の塊が、正確な軌道で俺に直撃する。ロザリアが渾身の一撃を放ったハルバードも、俺を確実に捉えていた。だけど。
「な、なんだと……」
魔力の弾丸が直撃しても俺は無傷で。ハルバードの刃は、俺に当たる直前に何かに阻まれて止まっている。まあ、普通に魔力を纏っているだけだ。
「おまえたちに恨みはないが。邪魔をするなら排除する」
ロザリアが反応できない速度で拳を振るうと。白銀の鎧を纏うロザリアは弾き飛ばされて、背中から壁にめり込んだ。
「チッ……ロザリアは役に立たねえな!」
デュランは素早く魔銃を構えるけど。撃つ前に俺を見失う。
「どこだ! どこに行きやがった!」
物凄い殺意を帯びたデュランが、警戒心全開で俺を探しているけど。
俺はデュランの死角から死角へと移動すると。最後は後ろから手刀を叩き込んで、デュランの意識を刈り取った。
「それなりに強い奴もいるようだが。これで終わりか?」
またイキるような台詞を言うのは恥ずかしいけど。それは置いておいて。
ロザリアが700レベル台で、デュランが800レベル台。実力的には勇者パーティーでも、2人に確実に勝てるのはアリサくらいだな。
デュランはSS級冒険者でも上位に入るレベルだけど。まあ、冒険者以外にも強い奴はいるってことだな。
とりあえず、ロザリアとデュランが、ジョセフ公爵とルーク皇子の自信の根拠だったらしく。
「おまえたちは勇者パーティーだろう! あの魔族を何とかしろ!」
ジョセフ公爵は焦り捲って、アリサたちに怒鳴り散らしている。
「ジョセフ閣下、そんなこと言うてもな。うちらの攻撃もあの魔族には効かんのや。それでも攻撃せえと言うならするけど、攻撃したら向こうも反撃するで。それでジョセフ閣下が巻き添えを食うたら堪忍な」
だけどアリサはどこ吹く風で。ジョセフ公爵をあしらっている。
「こんなところで、私が死ぬ訳には……」
ルーク皇子に至っては、自分だけ逃げようと部屋を飛び出して行く。
まあ、この部屋と護衛たちがいた控え室を囲むように『
「そこまで慌てることはない。今日のところは、俺はおまえたちを殺しに来たのではなく。交渉しに来たのだからな」
俺の言葉に、部屋中の奴らが恐る恐るという感じで注目する。
「おまえたちが魔族の領域に侵攻するなら。次に会ったときは皆殺しにするが。魔王陛下は戦いを望んでいる訳ではない。おまえたちが自分たちの国に留まるのなら、こちらから追撃しないと誓おう。まあ、魔族を一方的に殺した奴らに、同じ氏族の連中が仇討をするのを止める気はないがな」
すでに魔族に犠牲者を出しているからな。イシュトバル王国が魔族に反撃されるのは自業自得だ。だけど同盟国全体の責任問題にすると、下手をすれば泥沼の戦いになる。
「勇者と魔王陛下が、どちらが正義でどちらが悪など。そのような戯言を聞くつもりはない。おまえたちの本当の目的が、魔族の領域に眠る資源だということも解っている。
おまえたちが建前で否定するのは構わないが、よく考えろ。どちらが強者で、どちらを選択することに利があるかだ」
俺は
「おまえたちが狙う魔族の領域に眠る資源は、ミスリルなどの鉱石だろう。だが俺たちが資源を採掘しないで、放置しているのには理由がある。鉱石など掘らなくても、魔石から生成できるからだ」
魔石は魔力の塊で。魔導具を動かすエネルギーとして使えるし。高品質の魔石は加工することで、魔法的性質を持つ金属を生成できる。魔石からマジックアイテムそのものを作ることも可能だ。
そして魔石の品質は
「これくらいの品質の魔石なら、魔族の国ガーディアルには幾らでもある。そして魔王陛下は人間との交易に興味があってな。魔族と共存を望む国であれば、魔石の取引をするのもやぶさかではない」
資源としての価値もそうだけど。冒険者ギルドが高く買うということは、それだけ高く売れるということで。魔石の取引に関われば、大きな利益を得ることになる。
まあ、ガーディアルに最難関ダンジョン産の魔石が大量にあるって話は嘘だけど。魔族の領域にあるダンジョンに詳しい奴なんていないだろうし。魔石自体は俺が収納庫に大量に死蔵しているから、実際に取引しても問題ない。
「勿論、どの国と取引をするかの選択肢はこちらにある。
この話は踏み絵であり毒だ。利益のために魔族の領域に侵攻しようとした同盟国の奴らは、旨い話に飛びつくだろう。だけど話に乗るためには、魔族の領域への侵攻は諦めるしかない。
しかも魔石の取引に関われる国は限定されるから。奴らは他国を出し抜こうと疑心暗鬼になるだろう。上手く行けば勇者を担ぐ同盟そのものが崩壊する。
まあ、そこまで簡単に話が進むとは思わないけど。
魔石の取引は、奴らの財力や戦力の増強に繋がるけど。こちらが魔石を握っているんだから、流通量を制限できるし。上手く立ち回れば、見せ金みたいに魔石を見せるだけで、操ることもできるからな。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 16歳
レベル:5,988
HP:63,058
MP:96,352
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます