第129話:潜入
勇者アベルは聖剣を失って。魔力を封印されたことで、勇者のスキルを行使することができなくなった。
拠点である魔族の城を失ったイシュトバル王国軍が、撤退を選択したのは正解だろう。
「アリウス。今さら貴方が何をやっても、驚かないつもりだったけど。1人で勇者パーティーを壊滅させるとか……さすがにあり得ないわ」
ミリアが呆れた顔をする。
『
「私は解ってたわよ。アリウスなら、勇者なんて目じゃないってね」
ジェシカが誇らしげに胸を張る。俺を信頼してくれるのは嬉しいけど。ジェシカの実力だと、勇者たちの力は見極められないだろう。
「アリウス、お帰りなさい。貴方が無事で何よりです」
ソフィアは本気で心配してくれたみたいで。いきなり抱きついてくる。
「ソフィア、ちょっと待ちなさいよ!」
「そうよ、抜け駆けはズルいわ!」
ミリアとジェシカが文句を言うけど。ソフィアには聞こえていないみたいだ。
「おい、ソフィア」
「アリウス、ごめんなさい。でも……」
ソフィアは俺の胸に顔を埋めて、離れようとしない。
「アリウス、今日のところは大目に見て上げたら。ソフィアの気持ちは解るでしょう」
エリスが優しい笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな。ソフィア、心配させて悪かったな」
「そうですよ……アリウスが強いことは知っていますけど。あまり無茶をしないでください……」
「ア、アリウス君。わ、私だって心配したんだからね」
ノエルが羨ましそうにソフィアを見ている。
「ああ。ノエルも、ありがとうな」
「アリウスがモテることは良く解ったけど。やることは終わったんだから、そろそろ帰らない?」
セレナが
「そうだな。とりあえず、時間稼ぎはできたからな」
グレイがニヤリと笑う。アベルの力は奪ったけど。これで全部終わりなんてことにはならないだろう。俺にはまだやることがある。
「俺ももっと強くならないとな」
今回の件でバーンは思うところがあったらしく。撤退していくイシュトバル軍をじっと見つめている。
「バーン。無責任なことを言うつもりはないけど。おまえは強くなれると思うよ」
今のバーンは真摯に自分に向き合っているからな。
「ああ、親友。俺は絶対に強くなるぜ」
バーンは宣言して、自信ありげに笑った。
※ ※ ※ ※
それから約1ヶ月後。今、俺はイシュトバル王国の王宮にいる。
王宮の見取り図は頭に入っている。アリサと『伝言』でやり取りしながら、目的の場所に向かう。
目的地の高価な調度品が並ぶ広い部屋には、イシュトバル王国と同盟国の主要人物たちが集まっていた。
これから本格的に魔族の領域へ侵攻しようというタイミングで、突然撤退したイシュトバル王国軍。
勇者アベルが魔族に敗れたという噂はすでに広まっているけど。イシュトバル王国は当然のように同盟国から状況の説明を求められて。会議の席を設けることになった。
「勇者であるアベル殿下が、魔族に敗れたという話だが。相手はたった1人で、しかもその戦いでイシュトバル軍に1人の死者も出ていないというのは、どういうことだ?」
発言したのはブリスデン聖王国のジョセフ・バトラー公爵。同盟国の情報くらいは当然調べてある。
ブリスデン聖王国はグランブレイド帝国に匹敵するほどの大国で。ブリスデン聖王の王弟ジョセフは、魔族の領域へ侵攻する筈だったブリスデン軍の部隊の総司令官だ。
それにしても、情報がダダ洩れだな。傭兵や冒険者がいたから緘口令を出しても無駄だけど。ここまで情報が広まっているのは、アリサが意図的に流したんだろう。
「まさかとは思いますが。魔族に恐れをなして逃げた訳ではありませんよね? アベル殿下は勇者の力を見せつけることで、同盟国軍における立場を有利にするために。我々の到着を待たずに独断専行したのでしょう?」
次に発言したのはフランチェスカ皇国の第2皇子のルーク・フェンテスだ。
フランチェスカ皇国はブリスデン聖王国に次ぐ大国で。この2つの国が戦力と財力の両面で、同盟国軍の中心を担っている。
ルークの発言は的を射ていて。アベルがイシュトバル王国軍単独で動いたのは、先に戦果を上げることで。国力で勝るブリスデンとフランチェスカに、主導権を渡さないためだろう。
だけど結局俺に敗北した上に、ほとんど無傷で逃げ帰って来たんだから。文句を言われるのは仕方ないだろう。
「恐れをなしただと……私は瀕死の重傷を負い、聖剣と勇者の力を奪われた。さらには拠点まで失ったのだ。だから撤退するしかなかった……
兵が1人も死ななかったのも、あの魔族が力を見せつけるために、あえて殺さなかったからだ。我々の攻撃は一切、奴に効かなかった……」
アベルは奥歯を噛みしめるけど、目が虚ろだし。身体が小刻みに震えているのは、武者震いって訳じゃないだろう。アベルの首には今でも魔力を封じる黒い首輪が嵌ったままだから。まるで犬の首輪のように見える。
「勇者の力さえ取り戻せれば……次こそは必ず……」
「ならば早く取り戻して貰いたいものだな。その首輪が魔力を封じる魔導具という話だが。そんなものを外すことは造作もなかろう? 絶対に外すなと魔族に言われたそうだが。アベル殿下は魔族を恐れて外さないつもりか?」
ジョセフ公爵が冷徹に嘲笑う。
「そんなことはない……外せるものなら、とうに外している。魔術士や魔道具技師を使って、あらゆる手段を試したが。どうしても外せないのだ!」
まあ、
「ジョセフ公爵、そのようにアベル殿下を責めないでください」
ルーク皇子が止めに入るけど。アベルを庇うためじゃない。
「たった1人の魔族に敗れる程度の勇者の力など、どうでも良いではありませんか。300年ぶりに誕生した勇者と期待しましたが。期待外れだったということですよ」
ルーク皇子は見下した目でアベルを見る。
「勇者という旗印は、今後も利用する価値がありますので。アベル殿下には傀儡になって貰いましょう。我がフランチェスカ皇国の重装騎兵団が、勇者殿の代わりに魔王を打ち滅ぼしてみせましょう」
「そうだな。我らがブリスデン聖騎士団の力があれば、勇者など不要だ」
ジョセフ公爵が冷徹な笑みを浮かべる。
まあ、こいつらは実際に戦場を見た訳じゃないし。アベルの言葉を鵜呑みにする筈がない。いくら聖剣を失って、勇者の力を封じられたと言っても。元々勇者が弱かったと考えれば、別に恐れるようなことじゃないってことだろう。
ルークとジョセフの態度に、他の同盟国の奴らも欲深そうな笑みを浮かべる。
世界を滅ぼす魔王を倒すという大義名分さえあれば、勇者の力がなくても構わないみたいだな。
こいつらだって魔族の強さは知っている筈だけど。過去に何度も戦っているから、決して勝てない相手じゃないとタカを括っているのか。
まあ、こうなることは予想できたから。俺がここにいるんだけど。
「随分と自信があるようだが。おまえたちが魔王陛下を滅ぼすなど不可能だ」
俺は『変化の指輪』で巨漢の魔族の姿になると。『認識阻害』と『透明化』を解除した。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 16歳
レベル:5,988
HP:63,058
MP:96,352
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます