第123話:魔族の国ガーディアル


 次の日。魔王アラニスに会うために、俺とグレイとセレナは魔族の国ガーディアルに向かった。

 エリスを連れて来なかったのは、エリスの安全を保証できないからだ。


 アラニスはいきなり襲い掛かるような奴じゃないけど。たとえ襲われても守れる確信がない場所に、エリスを連れて行くほど油断していない。


 魔族の国ガーディアルの中心。魔都クリステアにアラニスの居城はある。

 俺は1度来たことがあるから『転移魔法テレポート』で移動することができた。


 二ヶ月ほど前。勇者アベルが魔族の領域に侵攻を開始したタイミングで。アラニスの意向を確認するために、俺は突然訪れたんだけど。

 アラニスには、大きな魔力を持つ者の大よその位置が解るチート能力があるから。向こうが俺の存在に気づいて城に案内された。


 そのとき『伝言メッセージ』にお互いを登録したから。今回は行くことを事前に知らせてある。


「アリウス殿。お待ちしておりました」


 俺たちが転移した直後に、3人の魔族が目の前に出現する。

 俺たちが来たことを『索敵サーチ』で感知して。こいつらも『転移魔法』を使ったってことだ。


 先頭にいるのは、執事のような服を着た眼鏡の男。20代後半に見えるけど、魔族は寿命が長いから本当の年齢は解らない。アラニスの側近の1人、イルシャ・バウラス。1,000レベルを余裕で超えていて、後ろの2人も700レベル台だ。


「アラニス陛下のもとにご案内します。どうぞこちらへ」


 魔都クリステアは整地された広大な敷地に、魔族特有の極彩色の建物が間隔を空けて並んでいる。都市の面積は、グランブレイド帝国の帝都グランエッジ並みだけど。建物が密集していないから、人口は10分の1以下だ。


 都市を囲む外壁がないけど問題はない。魔族は魔物モンスターを支配できるから、魔物に襲撃される心配はないし。外壁の代わりに都市全体を、巨大な魔力防護壁が覆っているからだ。


 アラニスの城も城壁がなくて。石造りの太い柱が整然と立ち並ぶ、城というよりも神殿のような感じの巨大な建物だ。

 警備兵の姿が見当たらないのは、警備する必要がないからだ。


「アリウス、良く来たね」


 天井までの高さが10m以上ある大きな広間で。魔王アラニス・ジャスティアは俺たちを迎えた。


 艶やかな黒髪に漆黒の瞳。滑らかな白い肌を包むのも黒い天鵞絨ビロードのドレス。

 客観的に見て、アラニスは『恋学コイガク』の登場人物たちを完全に食ってしまいそうな美人だけど。見た目以上に、存在感が圧倒的だ。


「なあ、アラニス。おまえって、どれだけ強いんだよ」


 俺だってレベルが上がった筈なのに。アラニスを『鑑定』しても、相変わらずレベルもステータスも解らない。つまりアラニスの方が圧倒的にレベルが高いってことだ。


 まあ、強いのはアラニスだけじゃないけど。広間にいるのはアラニスの側近10人ほどだけど。全員1,000レベルを超えている。


「私に言わせれば、アリウスの成長速度の方が異常だよ。この前会ったときから2ヶ月しか経っていないのに、また物凄くレベルを上げたね」


 アラニスは呆れているけど。俺のことを脅威とは微塵も感じていない。


「君たちがSSS級冒険者のグレイとセレナだね。ようこそ、魔族の国ガーディアルへ。アリウスから話は聞いているよ。ああ、シュタインヘルトからも聞いているけどね」


 側近たちの中に1人だけいる人間は、俺たち3人が良く知っている奴だ。

 背中で束ねた長い黒髪と青い瞳。30代前半で長身の美丈夫イケメン。SSS級冒険者カールハインツ・シュタインヘルト。


 シュタインヘルトは鋭い視線をグレイに向けるけど。グレイは無視スルーして、アラニスを見据えて獰猛な笑みを浮かべる。


「あんたが魔王アラニスか。確かに化物みてえな強さだな。あんたのことはアラニス陛下と呼んだ方が良いのか?」


「呼び捨てで構わないよ。私は細かいことに拘らない性格だからね。それにしても、さすがはアリウスの師匠ってところかな。君たち2人も噂で聞いたよりも相当強いね」


 アラニスは面白がるように笑う。別に2人を見くびっている訳じゃなくて。強い奴が来たことを歓迎している感じだ。


「アリウスの師匠だなんて、今さらおこがましいわよ。アリウスの方が私たちよりも、もう強いんだから」


 セレナも獰猛な笑みを浮かべている。アラニスを見て、戦闘狂の血が騒ぐんだろうな。

 だけど確かに俺の方が、グレイとセレナよりもレベルが高くなったけど。総合力では、まだ2人に勝てると思っていない。


「それで、君たちは私に何の用があるのかな? 勇者絡みだってことは想像つくけどね。アリウスには以前に話したけど。勇者たちがガーディアルに侵攻するまで、私は傍観するつもりだからね」


 アラニスは魔族という種族を守るつもりはない。人間と度々争いを起こす血の気の多い魔族なんて、殺されても自業自得だと思っている。


「勝手に人間と争う魔族が死んでも、傍観するのは解るけど。普通に暮らしている魔族が魔族だからという理由で、殺されるのを放置するのはどうかと思うよ」


「アリウスは人間なのに、魔族も人だと考えているんだね。アリウスの考えに好感は持てるけど。人間の国同士が争うように、魔族の氏族間でも争いは起きる。ガーディアルと他の魔族の氏族の関係は微妙なんだよ。

 私は魔族の神じゃなくて、ガーディアルの国王だからね。彼らが魔族というだけで救うほど、私はお人好しじゃないよ」


 ガーディアル以外の魔族は国ではなく、氏族という単位で社会を構成している。

 複数の氏族を束ねる形で国を造ったガーディアルは、魔族の中では異端で。力を持ち過ぎたこともあって、他の氏族から敵視されている。


 実際にガーディアルと他の氏族との争いは、過去に何度も起きているって話だし。ガーディアルの国王というアラニスの立場なら、政治的な意味でも手を差し伸べないのは理解できる。


「まあ、アラニスが言いたいことは解るし。俺の考えを押し付けるつもりはないよ。そこで相談なんだけど。これから俺は勇者たちの侵攻を止めるために動くつもりだけど。俺たちがガーディアルの魔族のフリをして、勇者たちと戦っても構わないか?」


 魔王は世界を滅ぼす人類の敵で、勇者は世界を救うために魔王と戦うことになっている・・・・・

 勿論、そんなものは表向きの理由だけど。表向きの理由のせいで、勇者たちと真面に敵対すれば、世界中の国を敵に回すことになる。

 俺1人ならそれでも構わないけど。みんなを巻き込む訳にいかないからな。


「だけど勘違いするなよ。奴らの矛先をガーディアルに向けることが目的じゃないからな。それに戦うって言っても侵攻の邪魔をするだけで、勇者たちを殺すつもりはないよ。

 『認識阻害アンチパーセプション』で姿を隠したまま戦うことも考えたけど。ガーディアルの魔族として戦った方が、おまえたちの力を見せつけて牽制することになるからな」


「魔族のフリをする件は、とりあえず置いておくとして。勇者たちを殺さないで侵攻を止める? そんなことが可能だとは思わないけど。そもそもそんなことをして、君に何のメリットがあるんだい?」


「俺は余計な犠牲者を出したくないだけだ。人間にも魔族にも犠牲者はできるだけ少なくしたいんだよ。俺だって侵攻を止められるって確証がある訳じゃないけど。やれることはやっておきたいんだよ」


 俺は真っ直ぐにアラニスを見る。アラニスにとっては、勝つことが解っている戦いだからな。他の氏族に犠牲が出ることを無視するなら、俺がやることは意味がないどころか。自分に喧嘩を売った奴らの命を救うことに繋がる。


 俺がアラニスに会いに来た1番の目的は正にそれで。アラニスが血の制裁をしないで、この争いを終わらせるという選択肢を受け入れるか。それを見極めるためだ。


「アリウス、君は本当に面白いね」


 アラニスは楽しそうに笑うと。


「良いだろう。アリウスたちが魔族のフリをして戦うのは構わないし。その結果についても受け入れよう。もし君が勇者たちの侵攻を止められたら、こちらから争いを仕掛けるような真似はしないと誓うよ」


 俺の考えを見透かしたように答えた。


「お待ちください、アラニス陛下!」


 ここで割って入って来たのは、アラニスの側近の1人。灰色の髪と瞳。無駄な肉を削ぎ落したような身体。側近たちの中で1番若い魔族だ。


「人間風情にガーディアルの魔族のフリをさせるなど。こいつらが勇者に敗れれば、ガーディアルの恥になります!」


「トリストル。アリウスたちは強いから問題ないよ」


「強いと言っても、こいつらは所詮人間でしょう!」


 一歩も引くつもりがないトリストルに。アラニスは苦笑する。


「つまりトリストルは、自分で確かめないと納得できないってことだね。仕方ないな……アリウス、悪いけど。トリストルの相手をしてくれないか」


 仕方ないとか言っているけど。アラニスなら余裕で止められるだろう。絶対に面白がっているよな。


「待て、アラニス! アリウスと戦うなら、俺にやらせてくれ!」


 これまで黙っていたシュタインヘルトまで出て来るし。まあ、こうなることは解っていたけど。

 シュタインヘルトは王都まで俺を探しに来たときに。勝負の最後でアラニスに止められたから。この展開になれば黙っている筈がないからな。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:5,621

HP:59,186

MP:90,424

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