第122話:本音の話


「話は纏まったんや。ここは酒場やで。堅苦しいことは抜きにして。酒でも飲みながら、腹を割って話をしようやない」


 アリサが本音で言っているとは思わないけど。俺以外は初対面だからな。手の内を探るためにも、アリサと話をするのは悪いことじゃない。


 『防音サウンドプルーフ』を解除して、酒と料理を注文する。

 グレイとセレナはいきなり蒸留酒で、エリスは白ワイン。俺とアリサのグラスには、アリサが注文したピンク色の高級酒を注いだ。

 何を言うか解らないからな。話が始まる前に再び『防音』を発動する。


「それじゃ、うちらの出会いに乾杯や。グレイ殿とセレナ殿――グレイはん、セレナはんって呼ばせて貰って構わへん? うちのことはアリサって呼び捨てにしてや」


 アリサはグイグイとグレイとセレナの懐に飛び込む。


「2人がアリウスはんの師匠ってのは知っとるけど。ここにいるってことは、2人もアベルの敵に回るってことやな」


「勇者がやってることは、俺も見逃せねえからな。だが今回の件はアリウスに任せているから、口出しするつもりはねえぜ」


「そうね。だけどアリウスを騙したら、私たちも敵に回すことになるから。アリサ、覚悟しておきなさいよ」


 セレナはニッコリ笑っているけど。有無を言わせない迫力がある。


「SSS級冒険者3人を敵に回すとか。ホンマ、何の冗談やって感じやな。勿論、うちはアリウスはんを騙したりせえへんで。に誓ってな」


 アベルを裏切った筈なのに、勇者に力を与えた神に誓うとか。わざと言っているのは解っているけど。ホント、アリサの神経は図太いよな。


「エリス殿下は、どうなんや? グランブレイド帝国のドミニク皇太子から、アリウスはんが殿下を奪ったって話やけど。2人が婚約したって話は聞かへんし。あくまでもロナウディア王国の王女として、今回の件に絡んでるってことなんか?」


 情報収集に長けたアリサなら、エリスとドミニクとの件を知っていて当然だけど。

 わざわざ話を持ち出したのは、エリスを挑発するためだな。その証拠にアリサは俺にしな垂れ掛かって、身体を密着させる。だけどそんなことをしても無駄だからな。


「私の目的は勇者と魔王の戦いに、ロナウディアを巻き込まないことで。アリウスに頼んで貴方たちの動向を探りに来ただけよ。だから黙っているつもりだったけど。

 アリサさんが話を振るなら言わせて貰うわ。そんな安い挑発に私は乗らないわよ」


「いったい何のことや? エリス殿下はうちとアリウスはんの仲に嫉妬しとるんか?」


 揶揄からかうように笑うアリサに。エリスはクスリと笑みを返して。


「確かに好きな男が他の女に絡まれるのを見るのは、気分の良いことじゃないけど。アリウスが貴方を女として意識していないと解っているから、嫉妬なんてしないわよ。

 そんなことよりも。アリサさんはこれからアリウスのために、同盟国を勇者から離反させるように動くのよね。だったら相手を見て喧嘩を売った方が良いわ。

 アリウスのためにもロナウディアのためにも、貴方に下手を打たれると困るから」


「ほう……エリス殿下も、なかなか言うやないか。けどな、うちかてそんなことは解っとるわ。相手次第でやり方を変えるだけの話や」


「そうね。アリサさんが私を試すために、わざとやったことは解っているけど。貴方の言動はグレイ殿やセレナ殿に対しても、上から目線が透けて見えるって自覚があるのかしら? 貴方が交渉する同盟国の王族や貴族たちの中には、プライドが高くて言動に敏感な相手もいると思うわよ」


 アリサは相手を舐めたところがあるからな。グレイやセレナに対するような態度を取ったら、それだけで激昂する奴もいるだろう。


「そんな下手は打たんからな。うちはグレイはんとセレナはんの懐が深いと解ったから、フレンドリーに話しただけや」


 これも嘘じゃない。アリサは相手の反応を探りながら喋るから。ギリギリまで踏み込むけど、地雷は踏まないんだよな。


「私もアリサさんなら上手くやれると思うわよ。わざわざ自分からギリギリまで踏み込んだりしなければね。それに貴方なら上から目線なことを自覚すれば、上手く隠すこともできるでしょう」


 エリスもアリサという人間を理解したみたいだな。抜け目がない上に、不遜な性格のアリサは。対等以上の相手だと解らせないと。真面まともに話を聞かないからな。


「まあ、忠告として受け取っておくわ。エリス殿下が食えん人なのは解ったからな」


「アリサさんが話が通じる人で助かったわ。通じない人だったら、最終手段・・・・に出るしかなかったから」


 エリスもアリサも笑顔だけど。笑顔の下にナイフを隠し持っていて。それでもお互いの実力は認めたって感じだな。


 そんな2人のやり取りを、セレナが微笑ましそうに見ている。セレナは戦闘狂なのに、権謀術にも長けているからな。


 その後の話は、それぞれの普段の生活や日常の話題になった。


 生活や日常と言っても、アリサは勇者パーティーの一員だし。俺とグレイとセレナはダンジョンの攻略ばかりしている。それにエリスはロナウディアの国家機密に関わることに携わっているからな。


 それぞれ当たり障りのない範囲の話をしながら。俺たちとアリサは何気ない会話の中で腹の探り合いをして。お互いの実力や機密に関することは明かさないけど。仲間たちの性格や普段の言動については、明け透けに話をすることになった。というのも――


「エリク王子とアリウスはんは、仲が良いらしいな。グランブレイド帝国のバーン皇子も親友なんやろ? それにシリウスとアリシアか。アリウスはんの弟と妹は、ホンマに可愛ええな」


 アリサは俺の家族と交友関係をほとんど把握しているから。隠しても無駄だし。


「アベルはアホやからな。勇者じゃなかったらホンマに救いようがないで。うちらのパーティーのみんなも、アベルのことは馬鹿にしとるからな」


 アベルと勇者パーティーについても、アリサは普通に話題に出す。アベルについては、ほとんど悪口だけど。


「俺がアベルを裏切らせたけど。アリサはそこまで言って良いのかよ?」


 アベルの悪口を聞きたい訳じゃないし。悪口ばかり言ったら性格を疑うけど。


「アベルのことは元々嫌いやから構へんわ。けど他の勇者パーティーのメンツの実力やスキルの話をするのは堪忍やからな。一応、あいつらまで裏切ったつもりはないし。アリウスはんならそんな情報は必要ないやろ」


 アリサにしては真面なことを言うと思ったけど。


「まあ、アリウスはんが正当な報酬を払うなら。あいつらを裏切っても構へんけど」


 最後のは余分と言うか。エリスが呆れているけど、アリサらしいよな。


※ ※ ※ ※


 結局、24時を過ぎる頃まで飲んでから。俺たちはアリサと別れて、『転移魔法テレポート』で王都に戻った。


 転移した先は、ジルベルト家の中庭で。家族はとうに寝ている。

 グレイとセレナは、うちの実家に泊るけど。まだ学院の生徒のエリスは、寮の部屋に帰ることになっている。


「エリス。寮まで送って行くよ」


 月明かりの下で声を掛けると。


「ねえ、アリウス。アリサさんは私たちが姿を隠しているのに気づいていたんだから、隠すつもりはないみたいだし。グレイ殿とセレナ殿は当然知っているわよね。私も聞こえたのに気づかないフリをするのも、どうかと思うから言うけど」


 エリスは俺をじっと見つめる。一瞬、何を言いたいのか解らなかったけど。


「アリウスとアリサさんは、転生者なのよね」


 エリスたちが『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』で姿を隠していたとき。アリサが『うちらがいた・・・・・世界』と言ったからな。話の流れから気づいたんだろう。


「でも誤解しないでね。私は余計な詮索をするつもりはないし。転生者だからって、アリウスはアリウスだから。特に思うところはないわ。私が言いたいのは、それだけよ」


 転生者だとバレれば利用されることもあるし。異端扱いされることや、差別される可能性もある。だからエリスは、そんなことはしないって俺に伝えたかったんだろう。


「ああ。エリス、ありがとうな。だけど俺はエリスのことを信頼しているから。転生者だと知られても、態度を変えるとは思ってなかったよ」


 俺が素直な気持ちを伝えると。


「アリウス、その台詞はズルいわよ……」


 エリスは潤んだ瞳で、俺の胸に顔を埋める。

 セレナがニマニマ笑っているけど。今日のところは仕方がないか。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:5,621

HP:59,186

MP:90,424

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