第121話:勇者の覚醒


 俺とアリサのテーブル向かいに、グレイ、セレナ、エリスの3人が座る。

 エリスは笑顔だけど、目が笑っていない。原因はアリサが俺にしな垂れ掛かって、身体を密着させているからだ。


 エリスが文句を言わないのは、アリサが交渉相手だからだろう。まあ、エリスには悪いけど。俺としてはアリサに密着されたところで、どうということはないからな。


「それじゃ、話を戻すけど。アリサ。おまえ、勇者アベルを裏切って俺に付けよ」


 俺の言葉に、アリサが目を丸くする。さすがに予想外だったみたいだな。


「アリウスはん。いきなり何を言っとんのや? うちは勇者パーティーのサブリーダーやで」


「ああ、知っているって。アリサはアベルを利用するために、勇者パーティーに入ったんだろう。

 まあ、裏切るって言っても。普段は今まで通りに勇者パーティーの一員として、活動して構わないよ。

 アベルとイシュトバル王国軍に関する情報を逐一流して。あとは材料・・を用意するから、同盟国が離反するように工作してくれ」


 情報収集はアリサの得意分野だし。工作するのもお手のものだろう。


「どんな材料を持っとるか知らんけど。そんなことをせんでも。アリウスはんなら、力づくでアベルを止められるやろう?」


「だから今のところは、正面からアベルに喧嘩を売るつもりはないんだよ。勇者アベルを支持する奴らを、全部敵に回すのは面倒だからな」


 俺1人なら、誰を敵に回そうと構わない。だけどみんなを巻き込みたくないからな。

 アリサは俺の意図が解ったようで。エリスを横目で見て、ニヤリと笑う。


そういう・・・・ことか。アリウスはんは穏便に済ませるために、うちを使おうって話なんやな」


「俺としては犠牲を最小限に抑えたいんだよ。あとは勘違いしてるみたいだけど、アリサも加害者だからな。俺に付かないなら、これからはアリサも敵と見なすよ」


 完全に脅しだけど。脅しだけ・・で終わらせるつもりはない。敵なら排除するまでだ。


「アリウスはん。うちがアベルを裏切ったら、何のメリットがあるんや? うちはそんなに安くないで」


 アリサは値踏みするように俺を見る。条件次第じゃ考えても良いと。アリサはそういう奴だからな。


 俺は無言で収納庫ストレージから革袋を取り出して、テーブルに置く。

 アリサが袋を開けると、中身は大粒の魔石。袋自体がマジックバッグだから、大量に入っている。


「全部最難関トップクラスダンジョン『太古の神々の砦』産の魔石だ。換金すれば最低でも金貨5,000枚。上手く捌けば7、8,000枚くらいになるんじゃないか」


 金額1枚が約10万円の価値だから、5~8億円ってところだ。


「これはあくまでも前金だからな。俺に協力している間は、毎月同じ額を払うし。同盟国が離反するとか成果が出れば、別途成功報酬を払うよ。

 何ならマジックアイテムを、報酬として渡しても構わない」


 俺は収納庫から金属製の杖と指輪を取り出す。

 どちらも『太古の神々の砦』産のマジックアイテムで。普通の感覚・・・・・で言えば超1級品だ。それを見た瞬間、アリサの目の色が変わる。


 金やモノで買収するのはイメージが悪いけど。俺は金もアイテムも余っているし。アリサは損得で動くから、十分なメリットを提示する必要がある。


「アリウスはんは、うちの価値を正当に評価しているみたいやな。けどな、アリウスはん。魔王を倒せば、世界を救った英雄の地位と名声が手に入るんやで。

 うちとアリウスはんが組めば、魔王にだって勝てるんやないか。アベルなんて傀儡にすればええやろう」


 アリサは魔王の方がアベルよりも強いことを知っている。それでも勇者パーティーにいるのは、上手く立ち回って。魔王に敗れるまでの間に利益を得るためだろう。


 そんなアリサの台詞だから、鵜呑みにするつもりはない。

 アリサも魔王のレベルを知っている訳じゃないから。俺から魔王の情報を引き出したいってところだな。


「勝てる勝てないの問題じゃなくて。俺には魔王アラニスと戦う理由がないからな。それに正義を振りかざして、利益のために魔族を殺すアベルのやり方が、俺は気に食わないんだよ」


 アリサは青臭いと思うだろうし。魔族と何の関係もない俺が言うのも、おこがましいけど。


「これは俺の我儘わがままだって解ってるけど。勇者と魔王の戦いを止めるために、やれることはやるって。俺は決めたんだよ」


 あとはアリサが協力するかどうかだ。

 俺に付かないなら敵と見なすと言ったけど。協力しないなら殺すとか、そんなことは考えてない。戦場で会ったら、叩き潰すだけだ。


「まあ、アベルよりもアリウスはんを敵に回す方が怖いからな。ええやろう。うちはアリウスはんに付くで」


 只の口約束だし。もしアベルの方が有利になれば、アリサは俺を裏切るだろう。

 だけどそれで構わない。アリサが裏切らないだけのメリットを、提示すれば良いだけの話だからな。


「じゃあ、早速だけど。魔族との戦いで、イシュトバル王国軍にも結構な被害が出た理由だけど。アベルが新しい能力・・・・・を、どうやって手に入れたか教えてくれよ」


 去年イシュトバル王国で会ったときに。『鑑定』したから、アベルが使える魔法とスキルは解っている。

 だけどその中に、味方に被害が出るような能力はなかった。

 『勇者の心ブレイブハート』を使った奴が暴走した可能性はあるけど。アベルもそこまで馬鹿なことはしないだろう。


「さすがにアリウスはんも、勇者について詳しい訳やないんやな。冗談みたいな話やけど。勇者はホンマに神から力を与えられるんやで。アベルの新しい能力も、神託を受けて覚醒したんや」


 1年半くらい前に。アベルは突然勇者の力に目覚めたって話だけど。神から力を与えられるとか神託とか。確かに冗談みたいな話だな。


「勇者の能力は神託に従って鍛練すれば、覚醒するらしいけど。アベルはアホやから、自分の力に自惚れて鍛練なんかせえへんかったんや。

 けど去年、アリウスはんに格の違いを見せつけられてからや。アベルなりに一念発起したんやろう。鍛練を始めて、新しい能力に覚醒したんや」


 アリサはアベルの新しい能力について説明する。


「なるほどね。アベルらしい能力だけど。これじゃ、魔王よりも勇者の方が悪って感じだな」


「勇者に力を与える神は、勇者と魔王の戦いの仕掛人やからな。神って言っても邪神やないの」


 アリサはニヤリと笑う。


 いきなり神とか言われても、リアリティを感じないけど。俺をこの世界に転生させたのも、神とかそういう奴なのか?

 まあ、全然情報が足りないから。今考えても仕方ないけどな。


 アベルが新しい能力に覚醒したのも、俺のせいかも知れないけど。今さらそんなことを言っても始まらない。


「とりあえず、おまえたちは数日後にまた魔族と戦うことになるんだよな。そのときにアベルの能力は実際に見て・・・・・確認するよ」


 勿論、確認するだけじゃなくて。俺の方から仕掛ける・・・・つもりだけど。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:5,621

HP:59,186

MP:90,424

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