第118話:イシュトバル王国


 翌日。俺とグレイ、セレナ、エリスの4人は、イシュトバル王国北部の街イズリーに向かった。

 魔族の領域に向かう前に、イシュトバルで情報収集をするためだ。


 イズリーは北の辺境地帯を挟んで、魔族の領域に面している。

 普段は人口5,000人ほどの小さな街だけど。今は魔族の領域に運び込む大量の物資とそれを運ぶ人々で溢れていた。


「勇者アベル様が魔族の城を落として、占領したんだよ。さすがは勇者様だ。このまま一気に、魔族の領域の奥まで攻め込むって噂だから。私ら商人は忙しくなるよ」


 大量の物資と人が流れることで、イズリーの街は潤っているようで。街中で会った交易商は笑顔で話していた。

 戦争ムードというよりも、お祭り騒ぎって感じだ。


 だけど武装した傭兵や冒険者らしい連中が、同じくらい大量に街にいることが、ちょっと気になるところだな。


 イズリーの冒険者ギルドに行くと。ギルドの中も冒険者で溢れていた。


「凄い人数ね。新しいダンジョンでも発見されたの?」


 エリスが近くの冒険者に声を掛ける。今のエリスは革鎧に細身の剣という冒険者スタイルだ。

 実際にエステルという偽名で、冒険者登録しているらしく。身分を疑われたとしても、冒険者プレートを見せれば問題ないそうだ。


 だけどエリスが先に動くとはね。ここはお手並み拝見と行くか。


「あ、あんた、まさか何も知らないでイズリーに来たのか? 勇者様が魔族との戦いに参加する冒険者を大量に募集してるんだよ」


 20代前半の冒険者は、エリスに見惚れながら答える。客観的に見ても、エリスは誰もが振り返るような完璧美少女だからな。


「あら、そうなの。知らなかったわ。私、この国の事情に詳しくないのよね。良かったら、貴方が教えてくれないかしら?」


「ああ、仕方ねえな。勇者様は1,000人規模で冒険者や傭兵を雇うって話だぜ。

 報酬は参加するだけで最低でも週に金貨1枚。金額は能力に応じて上乗せされるし、成果報酬も大盤振る舞いって話だからな。

 腕に自信のある奴らが、他の国からも集まって来ているぜ」


 金貨1枚は日本円で10万円くらいの価値だ。確かに悪くない条件だけど。このタイミングで戦力を大量に集める理由が知りたいところだな。


「良い話ね。教えてくれて、ありがとう。だけど勇者様ってイシュトバルの王太子よね。イシュトバル軍を従えているのに、なんでそんなに人が必要なのかしら?」


「いや、ここだけの話だけどよ。勇者様は勝つには勝ったが、イシュトバル軍にも結構な被害が出たって話だぜ。まあ、何しろ相手は魔族だからな」


 魔族は絶対数が少ないけど、他の種族に比べて明らかに強い。その上、魔物モンスターを従属させる能力を持っているから、数の差で対抗するのは難しい。


「まあ、報酬が良い分だけ危険なのは当然だけどよ。あんたも参加するなら、俺たちのパーティーに入らないか? 俺たちはB級冒険者だからな。魔族が相手でも余裕だぜ」


 なんだよ、結局ナンパするのか。『鑑定』したら、こいつは55レベルと確かにB級冒険者相当だな。


「おい、ニック。抜け駆けするんじゃねえぞ!」


 分厚い身体の冒険者が割って入る。顔中に傷がある30代の男だ。


「なあ、姉ちゃん。このバルト様はA級だぜ。俺が守ってやるから。ニックのパーティーなんかより、俺のパーティーに入れよ」


 他にも冒険者たちが、エリスを囲むように集まって来る。こいつら、完全にエリス目当てだな。

 エリスなら自分で何とかしそうだけど。さすがに、このまま放置する訳には行かないな。


 俺は冒険者たちを押し退けて、エリスを背中に庇う。


「おまえら。悪いけど、こいつは俺が売約済みなんだよ」


「なんだ、てめえ! ガキはすっこんでろ!」


 バルトとかいうA級冒険者がいきり立つ。


「10代の女子をナンパしてるオッサンが、ガキがどうとか言うなよ。文句があるなら、相手になるけど」


 まあ、この手の連中の相手をするのは慣れているんだよ。俺は子供の頃から冒険者をしているから、生意気だと散々絡まれたからな。


「上等じゃねえか!」


 バルトはいきなり殴り掛かって来た。 奴の拳を躱して襟首を掴むと、顔から床に叩きつける。

 バルトが白目を剥いて動かなくなるまで、1秒というところだ。


「て、てめえ! 何しやがる!」


 冒険者たちが騒めき立つ。まあ、こういう反応にも慣れているからな。


「何って、殴られたから反撃しただけだろう。他にも文句がある奴がいるなら、相手になるけど?」


 A級のバルトを瞬殺したから、冒険者たちは警戒している。まあ、それ・・を狙ってバルトを挑発したんだけど。全員殴り飛ばすのも大人げないからな。


 ナンパのために身体を張る気はないか。周りの冒険者たちは仕掛けて来ない。


「用がないなら、俺たちはもう行くからな」


 エリスを連れて、冒険者たちの中から抜け出すと。エリスが俺の腕に思い切り抱き付いて来る。


「おい、エリス。勘違いするなよ。売約済みって言ったのは、言葉の綾だからな。それにおまえなら、自分でどうにかできただろう」


「アリウス、解っているわよ。だけど貴方が助けてくれたことが、物凄く嬉しいのよ」


 周りの視線なんて一切気にしないで、エリスは身体を密着させる。冒険者たちが舌打ちするのが、思い切り聞こえるんだけど。


「アリウスとエリス殿下は、本当に仲が良いのね」


 冒険者ギルドを出ると、突然セレナとグレイが現れる。

 2人は冒険者の間で相当な有名人だからな。顔バレする可能性があるから、『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』を発動して隠れていたんだけど。


 姿を現したセレナはニマニマ笑っている。


「エリスには悪いけど。俺たちが仲が良いのは、あくまでも友だちとしてだからな」


「あら、そうなの? 私とグレイみたいに、男と女としても仲が良いと思ったんだけど」


 グレイとセレナは人前でイチャついたりしないけど。10年来の恋人だからな。

 俺は2人とずっと世界中を巡っていたから、勿論知っている。


「まあ、アリウスにその気はねえみたいだからな。周りの連中が苦労しているんだろう」


「そうなんですよ、グレイ殿。私も含めてみんなが、アリウスをどう口説こうか苦労しているんです。だけど絶対に諦めませんから。私は必ずアリウスの心を動かしてみせるわ」


 エリスは悪戯っぽく笑うけど、目は本気だった。


「まあ、エリス殿下がどこまでも本気で挑めば。アリウスもそのうち解るんじゃねえか」


「はい。私の本気は誰にも負けませんから」


 エリスは輝くような満面の笑みを浮かべた。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:5,621

HP:59,186

MP:90,424

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