第107話:女帝


 俺たちは18時30分にソードマスター城に到着した。約束の30分前に着くのが、王族や貴族の常識だからな。


 しばらく待合室で待ってから中に通されて。案内されたのは広々とした部屋。

 白いテーブルクロスが掛けられた長いテーブル。一番奥の席にヴォルフ皇帝。その左右にいるのがバーンと、40代の知的な感じの女性。バーンの母親で皇后のデルフィン・レニングだ。


 俺たちがデルフィン皇后に順番に挨拶して、食事会が始まった。

 平民のミリア、ノエル、ジェシカに対しても。ヴォルフ皇帝とデルフィン皇后は態度を変えないで、普通に接している。


「ドミニクが仕出かしたことについては、本当に申し訳なかった。アリウス殿は賠償金など要らないと言ったが、そういう訳にもいかないからな。相応の額を払わせて貰う」


「ええ。皇太子だから何をしても良いと、ドミニクに勘違いさせたのは私たちの責任でもありますから。本来でしたらドミニクの首根っこを掴んで、この場で土下座させるところですが。ドミニクの顔など見たら、食事が不味くなりますからね」


 デルフィン皇后の言葉が辛辣だ。本気で怒っているみたいだな。

 賠償金の件はこれ以上断ると角が立つし。向こうが納得するなら貰っておくか。


「貴君たちには知る権利があるから、先に伝えてくが。ドミニクから皇太子の地位を剥奪して、廃嫡することを決定した。この程度のことでドミニクが許されるとは思わないが。自分が仕出かしたことの責任を取らせる必要があるからな」


 ドミニクが本性を現わすように、仕向けたのはヴォルフ皇帝だけど。ヴォルフ皇帝はドミニクが馬鹿な選択をしないことを期待していたんだろう。皇位継承権を奪うという厳しい処分を下したのは、ドミニクが期待を裏切ったからだ。


「あくまでも将来的な話だが。もしドミニクが心を入れ替えて、自ら被った汚名を晴らすほどの働きを見せるなら。廃嫡の件は考え直す可能性はある。それでも次の皇帝にするという選択肢はないがな」


 ドミニクの処分について特に思うところはない。だけどそうなると、次の皇帝になる可能性が1番高いのは、バーンのもう1人の兄の第2皇子で。2番目に可能性が高いのが、バーンってことか。バーンが皇帝になるとか。全然想像ができないけどな。


「それで、今後のことについてだが。皆をここに連れて来たということは。エリク王子、皆に聞かせて構わないと受け取って良いのだな?」


「はい。僕は彼らのことを信頼していますし。大筋のことはすでに話していますから。もっともジェシカさんとノエルさんとは、僕個人はそれほど親しい訳ではありません。それでもアリウスと親しい人たちですから、信用しますよ」


「ほう、エリク王子にここまで言わせるとは。アリウス殿に益々興味が湧いて来たな」


 俺のことはどうでも良いだろうと思うけど。エリクにそう言って貰えるのは、悪い気分じゃない。


「では、エリク王子との婚約の話を正式に進めてさせて貰おう。おい、あいつ・・・を呼んで来い」


 このとき。一瞬だけ、デルフィン皇后が顔を引きつらせたのが気になったけど。


 ヴォルフ皇帝の指示を受けて、侍女が部屋を出て行ってから1分も経たないうちに。

 バタンと大きな音を立てて、再び扉が開く。


「陛下はいつまで私を待たせるつもりかと思ったが。まあ、やることは決まっているのだからな。さっさと済ませてしまうとするか」


 カツカツと靴音を響かせて入って来たのは、バーンと同じ赤い髪と褐色の肌の20代半ばの女子。

 身長170cm超と女子としては長身。男物のシャツとズボンにブーツ。

 顔立ちは美人だけど。エリスのように凛々しいという感じを通り越して。不敵な笑みを浮かべる彼女の顔は、獣のようなどう猛さを感じさせる。


「カサンドラ閣下・・久しぶり・・・・ですね」


「ああ、エリク殿。久しいな。よもやおまえと婚約することになるとはな」


 エリクの婚約者が、まさかあの・・カサンドラ・ルブナスとはな。

 カサンドラは確かにグランブレイド帝国の皇族だけど。色々な意味で曰く付きの人間だからな。


 カサンドラは帝国の第1皇女で。15歳のときに、帝国と何度も紛争を繰り返して来た強国ルブナス公国の国王と結婚した。

 だけど結婚からわずか2年で国王が病死。ルブナス公国では王族同士の権力争いによる内乱が起きる。血で血を洗うような激戦の末、勝者となったのがカサンドラだ。


 カサンドラと前国王との間に子供はいない。そして当然だけどカサンドラにルブナス公国王家の血は流れていないから、女王になることはできなかった。

 だけどカサンドラは軍事クーデターを起こして、ルブナス公国の実権を握ると。母国であるグランブレイド帝国に併合してしまう。


 帝国の一部となったルブナス公国はルブナス大公領・・・になり。カサンドラはルブナス公国を併合した功績によって、ルブナス大公になった。


 ルブナス公国を併合した時点で、カサンドラは弱冠20歳。ルブナス公国国王が病死したことも、その後の内乱も、カサンドラの計略だと噂されているし。帝国に併合するために血の粛清を行ったのは有名な話だ。


 そしてルブナス大公領がほとんど完全な自治権を認められているのも、カサンドラの剛腕によるもので。実力でルブナス公国という手土産を持って凱旋したカサンドラに、ヴォルフ皇帝も要求を飲むしかなかったらしい。


 余りにも権力を持ち過ぎたことと、傍若無人な振舞い。『女帝』という字名を持つカサンドラは、帝国が抱え込んだ野獣のような存在だ。

 実の母親であるデルフィン皇后が顔を引きつらせていたのも。手の付けられないカサンドラは、彼女にとっても頭の痛い問題なんだろう。


 だけどそんなカサンドラとエリクが婚約することで。帝国と王国の仲が深まるのかは疑問だ。むしろカサンドラとエリクが共謀して、帝国を乗っ取ろうとする可能性があるし。2人にはそれだけの実力がある。


 エリクとカサンドラが正式に婚約するための調印式は、わずか5分ほどで淡々と行われた。甘い雰囲気など一切なく。正に政略結婚って感じだけど。


「カサンドラに剣を教えたのは私だ。デルフィンは反対したが、私はカサンドラの才能に気づいていたからな。女にしておくのはもったいない。そう思っていたが。まさかルブナスを実力で支配するとは、私も想像していなかった」


 ヴォルフ皇帝は楽しそうに話す。カサンドラの件はヴォルフ皇帝が仕掛人みたいだけど。皇帝が想像していた以上に、カサンドラは規格外だったってことか。

 だけどカサンドラは帝国としても頭が痛い存在の筈なのに。ヴォルフ皇帝はむしろカサンドラの活躍を喜んでいるみたいだな。


「エリク王子、カサンドラ。これでおまえたちの野望に一歩近づいた訳だが。私から帝国を奪う実力があると思うなら、いつでも掛かって来るが良い」


「なるほど、なるほど。陛下、それでは首を洗って待っていて貰おう」


 物騒過ぎる会話は父親と娘というより。野獣同士が睨み合っている感じだな。

 だけど2人とも楽しそうなのは、似たモノ親子ってところか。

 異様な雰囲気に、エリス以外のみんなは唖然としているけど。


「エリクの知略に、カサンドラ閣下の剛腕か。確かに凄い組み合わせだな」


「アリウス、僕のことは買い被り過ぎだよ。せいぜいカサンドラ閣下の足を引っ張らないように、努力するつもりだけどね」


「カサンドラ閣下? エリク、おまえと私は婚約したんだぞ。敬称を使うとか、堅苦しいことは一切止めろ」


 俺とエリクが話しているところに、カサンドラが割り込んで来る。


「そうだね。カサンドラ、これからよろしくお願いするよ」


「ああ、それで良い」


 カサンドラはニヤリと笑うと、いきなりエリクと唇を重ねた。

 エリクは一瞬だけ驚いた顔をしたけど、カサンドラを強く抱きしめる。


「カサンドラ……なんてはしたないことを……」


 デルフィン皇后が眉を吊り上げているけど。カサンドラはガン無視だ。

 1分以上の長いキスの後。カサンドラはみんなの方を向くと。


「皆は誤解しているようだがな。私が欲しいのはエリクの才能だけじゃない。あのエリク坊や・・・・・・・が成長した今、私を欲しいと言ったんだ。私はそれに全力で応えるつもりだ」


 エリクとカサンドラの過去に何があったのか。俺は知らないけど。


「僕の方からカサンドラを婚約相手として指名したんだよ。カサンドラ以外の選択肢なんて、僕には初めからなかったからね」


 2人の関係は政略結婚かも知れない。だけど、エリクが自分で選んだ相手なら構わないだろう。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,870

HP:30,155

MP:45,966



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