第106話:想いと答え


 ヴォルフ皇帝との夕食会までまだ時間があるから。俺たちはいったん宿屋に戻った。

 

 ちょっと話があるからと。ゆったりしたソファーのある部屋に俺たちは集まって。護衛と侍女、諜報部の連中には席を外して貰う。


 何の話が始まるのかと、女子たちは警戒している。たぶんドミニクの邸宅で、エリスが俺に抱きついたからだろう。


「アリウス、もう1度言わせて。貴方は私のために戦ってくれて、私を自由にしてくれた。どれだけ感謝しても、感謝し切れないわ」


 口火を切ったのはエリスだ。エリスは真っ直ぐに俺を見つめる。


「ううん……感謝とか、そういうことだけじゃなくて。アリウスは私にとって、世界中で1番大切な人よ。これからもずっと、貴方の傍にいさせて」


 これって、そういう・・・・意味だよな。エリスがストレートにぶつけて来る気持ちは、恋愛経験のない俺でも解る。


「ちょっと、エリス。待ちなさいよ!」


「そうですよ、エリス殿下! いきなり抜け駆けしないでください!」


 ミリアとジェシカが割って入ろうとするけど。


「だけどアリウス。私の恋人のフリをするのは、もうお仕舞いにして。貴方が私を気遣ってくれる気持ちを利用するつもりはないわ」


 エリスの言葉に、2人は足を止めた。

 エリスは2人を見て、クスリと笑う。


「そんなズルい真似をしたら、アリウスの隣にいる資格はないわよ。私は正々堂々と勝負して、アリウスの心を手に入れて見せるわ」


「エリス。宣戦布告と受け取っておくわ。だけど私も負けるつもりはないから」


「私だって……アリウスのことを、誰よりも大切に思っているわよ!」


「わ、私も……アリウス君が、その……1番だからね」


 3人の勢いに押されながら。ノエルが頑張って宣言する。

 ふと視線を感じると。ソフィアがじっと俺を見つめていた。


「アリウスのおかげで、姉上とドミニク皇太子の婚約は無事に解消された。僕としても、アリウスには感謝しているよ」


 エリクが流れを変えるように口を挟む。


「だけどこれで話が終わりって訳じゃないんだ。姉上とドミニク皇太子が婚約したのは、王国と帝国の関係を深めることが目的だからね。ヴォルフ皇帝には事前に了承を貰っていたけど。2人の婚約を解消するには条件があるんだよ」


 エリクはそう言うと。ゆっくりとソフィアの方へ歩いて行く。


「エリク殿下……」


「ソフィア。僕は君に謝らなければならない。姉上の婚約を解消する条件として、ロナウディアの王族の誰かが、帝国の皇族と婚約する必要があるんだ。

 僕は僕自身が帝国の皇族と婚約することが、1番良い選択だと思っているよ」


「え……」


 ソフィアにとっては寝耳に水。いや、そんな言葉で簡単に言って良い状況じゃないだろう。

 ソフィアとエリクの関係は政略結婚の相手だけど。ソフィアはエリクの役に立とうと努力して来たんだからな。


「おい、エリク。俺が口を出す話じゃないことは解ってる。だけど、いくら何でも――」


「アリウス。勘違いしないで欲しいんだけど。これは決定事項じゃなくて、僕はソフィアに相談しているんだよ」


 エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「ソフィア。僕たちはお互いの事情で婚約した訳だけど。これから僕とソフィアの関係がどうなろうと。ビクトリノ公爵家のことは、僕が全面的にバックアップすると約束するよ。だからもうソフィアが僕と結婚しなければならない・・・・・・・・・理由はないんだ。

 実を言うと君の父君のビクトリノ公爵には、すでに相談しているんだ。僕が出した条件であれば了承すると、ビクトリノ公爵から言質は貰っている」


 エリスが口を出さないのは、このことを事前に知っていて。しかもエリクの考えに同意しているってことだな。


 ソフィアはエリクの意図を測りかねている。


「エリク殿下。私と婚約を解消するのでしたら。殿下がビクトリノ公爵家を支援する理由はありませんよね。慰謝料のつもりで支援されるのでしたら、お断りします」


 ビクトリノ公爵家の当主じゃないソフィアには、勝手に断る権限はない。だけどソフィアはどれだけ手を尽くそうと、断るつもりだろうな。


「婚約解消をしたら、慰謝料を払うのは当然だけど。そのためにビクトリノ公爵家を優遇するほど、僕は甘い人間じゃないよ。

 ソフィア、僕は君という人間を買っているんだ。君がビクトリノ公爵家にいる限り。あるいは君が誰かと結婚した後も、ビクトリノ公爵家に影響力を及ぼすなら。僕は公爵家を支援するよ。それが王国の利益になると思うからね」


 ソフィアにとって、これは最上級の誉め言葉だろう。ソフィアがして来たことを、エリクが認めたってことだからな。


 ソフィアはエリクの影に隠れているけど、政治的な才能があるし。問題に対して自ら立ち向かう覚悟がある。


 だけどエリクがソフィアを認めているなら、ソフィアを選ぶべきなんじゃないか?

 ヴォルフ皇帝との約束があるにしても。エリスを賭けた決闘にはもう勝っている訳だし。エリクならヴォルフ皇帝と交渉することもできるだろう。


 ソフィアも同じように腑に落ちないようで。エリクを見つめたまま考え込んでいる。


「君たちが言いたいことは解るよ。僕なら婚約以外の方法で、ヴォルフ皇帝を納得させられると思っているんだろう。確かにそれは正しいけど。ここからは僕の我がままというか、野心の話なんだよ」


 エリクはみんなの方に向き直る。


「グランブレイド帝国の皇族と結婚することで、僕は帝国にも影響力を持つことになる。

 特に僕が選んだ・・・・・相手は、それだけの力がある人だからね。僕はロナウディア王国という一国の王に収まるつもりはないんだよ」


 自分の野心のために、ソフィアではなく帝国の皇族を選ぶ。それがエリクらしいかと訊かれたら、違うと思う。エリクは自分の利益のために、仲間を裏切るような奴じゃない。

 だけどわざわざみんなの前で宣言したことは、いかにもエリクらしいと思う。これでエリクは完全に悪者だからな。


「エリク。実の姉として言わせて貰うけど、格好つけるのも大概にしなさいよ。

 それにこんなことで、みんなを騙せると思っているなら。見くびり過ぎだわ」


 エリスが呆れた顔をする。


「ソフィア。エリクが言ったことは嘘じゃないけど。本心を全部話した訳じゃないわ。エリクは貴方にも自由になって欲しいのよ。

 ソフィアとエリクは良いパートナーになれると思うけど。ソフィア、貴方が本当に何を望んでいるのか。エリクはソフィアのことを認めているからこそ、家同士の問題で縛りたくないのよ」


「姉上……」


 エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべているけど。目は全然笑っていない。

 エリスが余計なことを言ったと、思っているんだろう。


「エリク殿下。そこまで私のことを考えて頂けるなんて……」


 ソフィアの瞳から涙が零れる。


「……僕が野心のために帝国の皇族と婚約するのは、本当だからね」


 バツが悪そうなエリク。こういうエリクは初めて見るな。


「兄貴、俺は……」


 完全に蚊帳の外のジークは、何もできないことに悔しそうな顔をする。


「ジーク。悔しいと思うなら、もっと真剣に考えなさい。私だって今回は、完全にエリクとアリウスに頼ってしまったけど。この借りは必ず返すわよ。絶対にね」


 エリスも覚悟を決めているからな。ドミニク皇太子の婚約者という足枷から自由になったエリスが、これから何をするのか。俺は期待しているよ。


 ミリアとジェシカとノエルも納得したようで。もう何も言わなかった。

 サーシャはジークを心配そうに見つめているけど。サーシャもジークの婚約者なら、もっと頑張らないとな。


 まあ、他の奴のことをどうこう言うより。今回のことで、俺にも解ったことがある。


 みんなの気持ちに対して、俺はどうしたいのか。その答えを、ようやく見つけることができた。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,870

HP:30,155

MP:45,966

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