第105話:皇帝


「ハハハハハ! さすがはダリウス・ジルベルト殿の息子というところか。我が帝国の竜騎士も形無しだな!」


 グランブレイド帝国皇帝ヴォルフ・レニング。ドミニクの邸宅に到着するなり、ヴォルフ皇帝は豪快な笑い声を上げる。

 鎧の腹の部分を拳で貫通されて、血溜まりに沈む竜騎士たちを見てもこんな感じだ。


「おい。とりあえず騎士たちを治療してやれ。こいつらの処分は後回しだ。ドミニクは、このまま放置だな」


 回復魔法が使える皇帝直属の魔術士たちが、竜騎士たちの傷を癒していく。


「ヴォルフ陛下。ドミニク殿下に怪我をさせたことについては、申し訳ありません」


 理由はともかく。ドミニクを殴ったのは事実だからな。一応、謝っておく。


「いや、アリウス殿が謝ることではないだろう。むしろ謝るべきなのは、我々の方だ。

 ドミニクがやったことを、許して欲しいと言うつもりはないが。グランブレイド帝国皇帝として、皇太子であるドミニクがしでかした愚かな行為を謝罪しよう」


 皇帝だから頭を下げることはないけど。ヴォルフ皇帝の真摯な気持ちは伝わって来る。


「俺は約束さえ果たして貰えれば構いませんよ。ドミニク殿下とエリス殿下の婚約は、これで解消ってことで良いんですよね?」


「ああ。正式な手続きはこれからだが。2人の婚約を解消することについては、グランブレイド帝国皇帝の名において約束しよう。

 それはそれとしてだ。ドミニクが行ったのは本当に卑怯で愚かな行為だ。アリウス殿には賠償金を要求する権利があり。口外しないことを条件に交渉すれば、金額を吊り上げることもできるだろう」


「そんなものは要りませんよ。俺は金のためにドミニク殿下に決闘を申し込んだ訳じゃありませんので」


「ほう……欲がないと言うか。アリウス殿は真っ直ぐな考え方をするのだな。そういうところも、ダリウス殿に良く似ている」


 ヴォルフ皇帝は満足そうな顔で頷く。


「さっきから名前を出していますが。陛下は俺の父のこと知っているんですか?」


「知らない筈がないだろう。17年前の魔族との紛争のときに、ロナウディア王国の危機を救った救国の英雄であり。その後も王国宰相として外交手腕を発揮し、ダリウス殿に帝国は何度も苦渋を飲まされているからな」


 過去の記録が物語っているけど。大国グランブレイド帝国とロナウディア王国が対等の関係にあるのは、ダリウスの功績が大きい。


 アルベルト国王の力もあるけど。そこにダリウスが加わったことで、ロナウディア王国が軍事的にも政治的にも強化されたのは事実だろう。


「獅子の子は獅子と言うことか。ドミニクの馬鹿にはアリウス殿の爪の垢でも煎じて飲ませてやらんとな。まあ、レイア殿も獅子だから、子が獅子なのは当然だろうが……

 獅子が竜を産んだ可能性もあるな。アリウス殿もSSS級冒険者のアリウスのことは知っているだろう?」


 いきなりジャブと言うか、思いきりツッコんで来たな。

 これだけ派手なことをやれば、アリウス・ジルベルトとSSS級冒険者アリウスが同一人物だと疑われても仕方ない。


「ヴォルフ陛下。世間話・・・はそれくらいにして貰えませんか」 


 このタイミングで。エリクがみんなを連れて地下室に入って来た。

 諜報部の連中の一部が外に待機していたから。エリクは状況の変化をとうに把握しているだろう。


陛下の狙い・・・・・は解っていますよ。ですがそれでは条件・・が変わりますので。こちらもドミニク殿下が行ったことを、国際問題にすることを検討しますが」


「ハハハハハ! エリク王子は手厳しいな。

解っている。アリウス殿としていたのは、只の世間話だ。今さら条件を変えるつもりはない」


 2人が何の話をしているのか。イマイチ良く解らないけど。


「アリウス!」


 話している2人の間を遮るように。エリスが駆け寄って来たかと思うと。いきなり抱きつかれた。


「おい、エリス……」


 エリスはじっと俺を見つめる。


「アリウス、怪我はしてないのよね? 貴方のことだから、心配ないと思っていたけど……ありがとう、アリウス。貴方の気持ちは、こんな言葉じゃ表せないけど……」


 エリスは俺の胸に顔を埋める。

 みんなもエリスの気持ちが解るんだろう。困ったような顔をしているけど。止めようとしなかった。

 ヴォルフ皇帝もエリスの無礼な行為を咎めようとはしない。


「エリス王女。これでそなたは晴れて自由の身だ。最後に神聖な決闘の場を、ドミニクが

汚したことは申し訳ないが」


 エリスは顔を上げて、ヴォルフ皇帝に向き直る。


「ヴォルフ陛下。私こそ陛下にはお詫びしなければなりません。陛下のご期待・・・・・・に添えず。さらには帝国に泥を塗るような真似をして申し訳ありません」


 エリスは真っ直ぐにヴォルフ皇帝を見る。

 エリスの能力があれば、ドミニクを上手くコントロールできたかも知れない。ヴォルフ皇帝がそれを期待していたことにも、エリス

は気づいていたんだろう。


 だけど女子をモノのように扱うドミニクが、エリスは許せなかった。だから婚約を解消することになったんだけど。

 皇太子が相手から婚約を解消されたことで、帝国の威光は少なからず傷つく。


 ドミニクが馬鹿なことをしたから自業自得だけど。そもそもエリスが婚約を解消しようしなければ、何も起こらなかった。

 

「いや、エリス王女が責任を感じることはない。ドミニクはそなたに相応しい男ではなかった。それだけのことだ」


 ヴォルフ皇帝は苦笑すると、エリクの方に向き直る。


「エリク王子。これ以上の話は、今夜改めてするとしないか。お互いに、まだやること・・・・があるようだからな」


「ええ、そうですね」


 エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「ならば今夜19時に城に来てくれ。夕食を食べながゆっくり話をするとしよう」


 さっきエリクとヴォルフ皇帝は条件の話をしていたけど。決闘が済めば全部終わりという訳じゃなさそうだな。


 エリスとドミニクは、王国と帝国の関係を深めるために政略結婚する予定だったんだから。婚約を破棄する代わりに、エリクとヴォルフ皇帝は何か取引きをしたんだろう。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,870

HP:30,155

MP:45,966

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