第108話:結末


 『女帝』と呼ばれるカサンドラ・ルブナスとエリクの婚約。

 政略結婚かも知れないけど。2人の関係はそれだけじゃないみたいだな。まあ、別に詮索するつもりはないけど。

 エリクが自分で選んだんだから。俺はそれで構わないと思うよ。


「ところで。貴公が噂のアリウス・ジルベルトだな」


 カサンドラが面白がるように笑う。


「ああ、自己紹介が遅れました。ロナウディア王国宰相ダリウス・ジルベルトの息子、アリウスです」


 自己紹介するタイミングはなかったし。これからカサンドラが何を言うのか、想像はつくけど。


「アリウス殿は『鮮血』ディアスを倒して。ドミニクの馬鹿と20人以上の竜騎士を瞬殺したらしいな。他にも王国で貴公がやったことは耳にしている。貴公とSSS級冒険者のアリウスが同一人物だとしても、不思議はないな」


「カサンドラ閣下の好きなように判断してください。否定しても意味がないですから」


 またその話かと思ったけど。疑われるのは仕方ないと覚悟していたし。否定する材料もないからな。


 SSS級冒険者のアリウスがカーネルの街にいるときに、アリウス・ジルベルトは王都で学院に通っていたと言い訳しても。カサンドラは普通に『転移魔法テレポート』が使えるレベルだから通用しない。カサンドラを『鑑定』したから解っているんだよ。


「アリウス殿は潔いな。だが私は貴公が仮にSSS級冒険者のアリウスだとしても、正体をバラすつもりはない。貴公のような強者と、一度手合わせしたいと思っただけだ」


 カサンドラは獰猛な笑みを浮かべる。いきなり手合わせとか、シュタインヘルトみたいだなと思ったけど。こういう奴は嫌いじゃない。


「カサンドラ姉貴。さっき親父と話していた件だが。姉貴が帝国を奪うつもりなら、俺も相手になるぜ」


 バーンは受けて立つと、正面からカサンドラを見据える。


「バーンの癖に、生意気なことを言うのだな。ハッキリ言うが、おまえじゃ私の相手にならん。もっと腕を磨いてから出直して来い」


 言葉は辛辣だけど。カサンドラの表情は、いかにも姉が弟を諭しているって感じだ。


 その後は普通に食事をした。

 ヴォルフ皇帝、カサンドラ、バーンの3人は豪快に飲み食いして。俺も遠慮しないでガンガン食べたら。相手が皇族なのに妙に意気投合した。


 宿屋に戻ったのは21時半。あとはそれぞれ風呂に入って、寝室に引き上げるタイミングだけど。


「なあ、みんな。話があるんだけど、もう少し付き合ってくれないか」


 俺はいつもの調子で話を切り出す。畏まって話をしても、本当の気持ちは伝わらないからな。


「エリス、ミリア、ノエル、ジェシカ。みんなが俺を想ってくれる気持ちは、解っているつもりだ。俺もみんなのことを大切に想っている。だから自分がどうしたいのか、俺なりに真剣に考えてみたんだ」


 みんなの視線が集まる。


「だけど結局、俺はみんなのことを友だちとしてしか考えてない。恋愛とか、そういうことを望んでいないんだよ。

 俺はもっと強くなりたい。ギリギリの戦いを続けることで、自分が強くなるのが実感できる。それが楽しくて堪らないんだよ。他のことなんて考えないくらいに。

 だから悪いけど。みんなの気持ちには応えられない」


 結局、俺は戦闘狂なんだよ。強くなることしか考えていない。

 人としておかしいかも知れないけど。これが俺の素直な気持ちだからな。


「これから俺はもっと強くなることに集中するつもりだ。

 だからこれまで以上に、学院にもカーネルの街にも行かなくなると思う」


「それって、みんなの想いに応えられないから。みんなを傷つけないために、もう会わないってこと?」


 エリスが俺を睨む。


「いや、そうじゃない。単純にもっと集中したいんだよ」


 別に嘘を言っている訳じゃない。

 だけどみんなの想いを断っておきながら。これからも友だちでいてくれとか。そんな図々しいことは考えてない。


 自分の想いに応えてくれない相手と、一緒にいるのが辛いことは。知識としてだけど、俺も知っているからな。


 エリスとソフィアは自由になって。これから自分の道を歩んで行く訳だし。ミリアとノエルも学院の生徒として、ジェシカも冒険者としてやることがある。

 必要なら手を貸すけど。今のみんななら、そんなことをしなくても大丈夫だろう。


「でもこれ以上授業をサボると、進級するのも難しいんじゃない? アリウスは成績が良いけど。学院も進級するのに最低限の出席日数は必要よね」


 ミリアが心配そうな顔をする。


「まあ、それは仕方ないと思っているよ。俺が学院に通っているのは、王国宰相の地位を継ぐ可能性があるからだけど。家族やエリクには悪いけど、俺は政治をやりたい訳でも、権力が欲しい訳でもないしな。


 宰相になれる可能性を残すために。学院の授業に出ながら、冒険者をやるなんて中途半端なことを続けるより。俺はもっと強くなりたいんだよ」


 俺が転生者だからだろうな。親の跡を継ぐことにそこまで責任を感じない。

 ダリウスとレイアだって。跡を継いで欲しいと思っているみたいだけど。俺がやりたくないことをするのは、望まないだろう。


 現実問題としても。これから何十年かはダリウスが宰相を務める訳だし。もしシリウスとアリシアも跡を継がなくても。その間に後継者は育てられるだろう。


「それって……アリウス君は学院を辞めちゃうってこと?」


 ノエルが悲しそうな顔をする。


「まあ、卒業しないなら学院に通う意味がないけど。今は夏休みだからな。辞めるかどうかは、もう少しゆっくり考えるよ」


 正直に言えば、俺は学院を辞めるつもりだ。だけどここで辞めると言うと、話が変な方向に進みそうだからな。


「それがアリウスが出した答えなら、止めないけど。アリウスが私の気持ちに応えてくれなくても。私はアリウスの隣りにいたいわ」


「そ、そうだよ。私はアリウス君とずっと友だちだからね」


「当たり前じゃないの。アリウス、私はあんたを逃がさないから」


 ミリア、ノエル、ジェシカが真っ直ぐに俺を見つめる。

 ソフィアは怒った顔で、俺を睨んでいた。


「私は初めから言っているわよね。今の貴方がどう思っていても。必ず貴方の気持ちを動かして見せるわ」


 エリスが自信たっぷりに宣言する。俺の考えなんて、みんなはお見通しなんだろう。だけど――


「みんな、ありがとう。みんなの気持ちは嬉しいよ。じゃあ、俺はこれからダンジョンに行くから」


「え……アリウス、ちょっと待って。今からダンジョンに行くの?」


「そ、そうだよ。こんな時間なのに」


「アリウス、明日にしなさいよ」


 ミリアとノエルが戸惑っているし。ジェシカが呆れている。エリスとソフィアは俺の意図を見透かしているみたいだけど。


「まあ。ダンジョンに時間は関係ないし。今は夏休みだからな。何時から攻略を始めても問題ないだろう」


 半分は本音だけど。半分はこれ以上みんなの優しさに付け込みたくないから。

 俺は延々とダンジョンに挑むことで。みんなと距離を取ることにした。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,870

HP:30,155

MP:45,966

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