第102話:前夜


 その日の夕食の席で、バーンが合流した。


「なあ、親友。おまえ……滅茶苦茶派手にやらかしたらしいな!」


 いきなり爆笑される。


「いや、俺だってやりたくてやった訳じゃない。滅茶苦茶恥ずかしかったんだからな」


「あら、アリウスでも恥ずかしいことがあるのね」


 エリスが揶揄からかうように笑う。

 だけど俺がエリスのためにやったことを、エリスが気にしていない筈がない。

 いつもと変わらない態度をしているのは、俺に余計な気を遣わせないためだろう。


「まあ、狙い通りの効果は、あったみたいだけどな」


 今、帝都では闘士グラジエーターランキング2位の『鮮血』ディアスを倒したアリウス・ジルベルトの噂で持ちきりだ。


 顔バレもしているから、夕食に出掛けるときも宿屋で馬車に乗って直行。店も個室のある高級店にした。


「今さらだけど。バーンには迷惑が掛かるんじゃないか。ドミニク殿下にも喧嘩を売る訳だし」


「いや、俺とアリウスの関係は他の奴らに知られていないからな。まあ、知られても一向に構わないぜ。逆に自慢してやるよ。

 兄貴の件も気にすることないぜ。俺は兄貴も一度痛い目に遭った方が良いと思っているからな」


 ドミニク皇太子はその地位だけじゃなくて、色々な意味で有名人だ。

 良い意味では弱冠20歳にして、すでに帝国軍人として幾つもの功績を上げている。


 悪い意味ではプライドが高くて我の強い性格で。粛清された部下が多いという点と。

 英雄色を好むを地でいった女癖の悪さだ。


 エリスがいるから、みんなの前でドミニク皇太子の話はほとんどしたことがないし。

 エリスもドミニク皇太子はまだ自分の婚約者だからな。皇太子の悪口を言うことはないけど。


「アリウス。ドミニク殿下の話が出たから、1つだけ言っておくけど――私はまだ〇〇だから」


 後半の部分は俺の耳元で囁くように告げて。エリスが意味深な笑みを浮かべる。

 いや、ちょっと待てよ。いきなり何を言ってるんだ。


 ドミニク皇太子の女癖の悪さは有名だからな。誤解されたくない気持ちは解るけど。俺はそういう話に慣れていないんだよ。


「エリス殿下。アリウスと何の話をしているんですか?」


 ミリアが不機嫌な顔をする。ミリアもエリスに遠慮しなくなったよな。


「ミリア、ごめんなさいね。食事の席でするような話じゃないと思ったのよ」


 そうってエリスがミリアに耳打ちすると、ミリアが真っ赤になる。


 状況が良く解っていない女子たちに、順番に耳打ちで情報が流れて。その度に聞いた方が真っ赤になる。


 エリクとバーンは直ぐに何の話か察したみたいけど。ジークは何の話か解っていないみたいだな。


「とりあえず、明日は親父も同席するし。アリウスが兄貴の逃げ道を完全に塞いだからな。余計な挑発をしなくても、兄貴は決闘を受けると思うぜ」


 バーンは用があるからと終業式を待たずに帰国したけど。俺たちのために動いてくれていることは解っている。

 全然関係ない話だけど。バーンは家族に対して一切敬称を使わないんだな。


「問題になるとしたら、決闘の代理人の選定だな。さすがに兄貴も自分で戦うとは言わないだろが。兄貴の配下には一騎当千の竜騎士が何人もいるからな」


 ドミニク皇太子はプライドが高いけど、自分の力を過信して無謀な戦いを挑むような性格じゃない。権力も自分の力だと考えて、ゴリ押しするタイプだ。

 だから決闘の代理人も、迷うことなく自分の部下から最強の竜騎士を選ぶだろう。


「まあ、誰が出て来てもアリウスなら問題ないと思うが。兄貴のことだから何か仕掛けて来る可能性もあるぜ」


 ドミニク皇太子はエリクのように計略に長けている訳じゃない。だけど強引な手に出る可能性はある。


「俺も明日は同席するつもりだけど。アリウス、油断するなよ。ここは帝国だから兄貴の権力があれば、大抵のことは揉み消せるからな」


「ああ。十分警戒するし。ドミニク殿下が何か仕掛けて来るなら、俺も本気で対抗するよ」


 さすがに決闘相手の俺以外に強引なことはしないと思うけど。平民のミリアとノエルのことは用心しておいた方が良いな。

 エリクも同じことを考えているようで、いつもの爽やかな笑みを浮かべて頷く。


「バーン殿下にも、色々と手間を掛けさせるわね。このお礼は必ずするから」


「エリス殿下に貸しを作ると、逆に怖い気がするぜ。まあ、俺のことはあまり気にしないでくれよ。身内の恥を晒したくないってのも半分あるからな」


 エリスの言葉に軽口で返せるくらいに、バーンは意外と女子の扱いに慣れている。

 『身内の恥』と言ったのは、ドミニク皇太子の女癖の悪さのせいでエリスが見限ったと思っているからだろう。


「バーン殿下は、ちょっと誤解しているみたいだけど。私は英雄が色を好むこと否定するつもりはないわ。英雄なのにそうじゃない人もいるから困っていることは別にしてね」


 エリスは俺の方を見て、悪戯っぽく笑う。


「この際だし、貴方たちだから話すけど。私が我慢ならないのは、ドミニク殿下が女をパートナーじゃなくて、モノとしか考えていないことよ」


 エリスもエリクと並んで天才と呼ばれる人間だからな。政略結婚でも、嫁いだ先で自分が役に立ちたいと考えているんだろう。

 ドミニク皇太子がそれを否定して籠の鳥として扱うなら、エリスが我慢できないのは解る。


 エリスが只の我がままで帝国から戻って来たとは、思っていなかったけど。いや、理由があっても王族としては我がままかも知れないけど。


「我慢する必要なんてないだろう。エリスはエリスらしく生きれば良いよ」


 エリスの考えも、帝国を飛び出して来たことも、否定したくない。


「アリウス、ありがとう」


 エリスが俺をじっと見つめてる。深い青の瞳に吸い込まれそうだ。


「ちょっと、ストップ! エリス殿下の気持ちは解りますけど。2人だけで勝手に盛り上がらないでくださいよ!」


「そうよ、エリス。今回の件は貸しにしたけど、何でも許すつもりはないからね!」


 ミリアとジェシカが割って入る。


 ちなみにジェシカもドレス姿だ。今夜は高級店に行くしかなくなったから。エリスがドレスを貸したんだけど。


「ミリア、ジェシカ。ごめんなさいね。つい盛り上がっちゃって」


 エリスがニコリと笑って小さく舌を出す。こういうときに悪びれないのも、エリスらしいよな。


「今夜はお詫びに私が奢るわよ。エリク、このお店には秘蔵のお酒があるから。私の名前で注文してくれるからしら」


「はい。姉上の仰せのままに」


 エリクを素直に従わせるなんて。エリスくらいしかできないだろうな。


 ちなみにエリスが王国にいた頃から偽名で商売をしていて。結構な個人資産を持っているってことは、後から聞いた話だ。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,870

HP:30,155

MP:45,966

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