第101話:恥ずかしいんだけど


 登場ゲートから現れた闘士グラジエータ―は15人。勝者に称えられた闘士たちも、俺たちを取り囲むように集まって来た。全員殺気立っているな。


 ジェシカは闘士たちを睨みながら、収納庫ストレージから愛用のバスタードソードを取り出す。まだ鞘に入れたままだから問題ないな。


「おい、てめえ……どんな卑怯な手を使ったんだ?」


「ドーガさんが、てめえなんかに敗けるはずがねえだろう!」


 ああ、こういうパターンか。だけど挑戦者は武器でも魔法でも何でもありだって言ってたからな。仮に俺が卑怯な手を使ったとしても問題ないだろう。


「周りに客がいるのに。数で掛かって来るのは、不味いんじゃないか?」


「数にビビってんのか? 今さら、ふざけるんじゃねえぞ!」


「そうだぜ、女なんか連れて来やがって。こんな奴、フクロにしちまえ!」


 いや、不味いのはおまえたちの方で。俺としては客たちの前で、こいつらをボコボコにするのは都合が良いんだけどさ。

 『索敵サーチ』と『鑑定』で、闘士全員・・の位置と強さはすでに把握している。


 闘技場の職員たちは、さすがに状況が解っているようで。


「おい、おまえら止めろ! 客が見てるし、相手は貴族だ。やるにしても、控え室に連れ込んでからにしろ」


 おい、全部聞こえているからな。

 だけど頭に血が上った闘士たちは、職員の言うことなんて聞かずに。俺の方に迫って来た。客席からも『やっちまえ!』とか、無責任なヤジが聞こえる。


「おい、てめえら。馬鹿な真似をするんじゃねえぞ。どうせ、てめえらが何人で掛かろうが、こいつには勝てねえからな」


 不意に聞こえた低い声。闘士たちが一斉に振り向くと、登場ゲートから現われたのは赤い鎧姿の男だった。


 使い古された血のように赤い鎧。左右のガントレットから、爪のような3本の突起物が突き出ている。

 年齢は30代半ばってところか。顔中に傷跡があって眼光も鋭い強面だ。、


「「「「「ディ・ア・ス! ディ・ア・ス! ディ・ア・ス!」」」」」


 強面の闘士の登場に、客席が沸き立つ。たぶん名前を叫んでいるんだろうな。


 闘士たちが当然のように道を空けて、ディアスはゆっくりと歩いて来る。


「王国の貴族様は、悪ふざけが過ぎるみてえだな。腕自慢なのは解ったからよ。俺とも遊んでくれや」


「あんたが闘士ランキング1位なのか?」


 鑑定した中で、こいつが1番レベルが高いからな。ジェシカは警戒して、いつでも剣を抜けるように身構える。


「いや、俺は2位の『鮮血』ディアスだ。1位の『雷帝』は怠け者だからな。試合のない日に闘技場になんか来ねえぜ。なんだ、俺が相手じゃ不満だって言うのか?」


 負けることなんて微塵も考えていない自信。ディアスの自信は踏み越えてきた修羅場の数と、実力に裏打ちされたモノだろう。こういう奴は嫌いじゃない。


「別に不満はないよ。2位と戦えるなんて、思っていなかったからな」


 俺の目的は上位の闘士を倒すことで、ドミニク皇太子が決闘を断れない状況を作ることだ。8位のドーガを倒すだけでも十分だと思うけど。向こうからやろうって言うんだから、ついでに倒しておくか。


「なあ。あんたとの試合もエキシビションマッチってことで、賞金は出るのか?」


 ディアスがニヤリと笑う。


「ああ、俺に勝てたらな――おい、俺を倒した奴の賞金は幾らだ?」


 ディアスが職員を促すと。次の試合は予定通りの・・・・・エキシビションマッチ第2試合で、賞金は金貨500枚だとアナウンスされる。

 いや、こんなことで誤魔化せるとは思わないけど。試合ということにすれば、少なくとも暴力事件にはならないからな。


「アリウスなら解っていると思うけど。あいつ、強いわよ」


 ジェシカが心配そうな顔をする。


「ジェシカ、解っているよ。おまえが心配するほどじゃないけどな」


 『鑑定』したからディアスの強さは解っている。


 今回は名前を名乗った後だから、俺の名前もアナウンスされる。闘士ランキング2位の『鮮血』ディアス対、挑戦者『ロナウディア王国宰相の息子』アリウス・ジルベルト。


 『ロナウディア王国宰相の息子』の部分は俺がアナウンスしろとリクエストした。これでしっかりと噂が広まるだろう。


 俺が帝国の友好国であるロナウディア王国の貴族なのに、本気で倒しに来ているのは。闘技場の職員たちは信じていないからだろう。

 まあ、普通の貴族がこんなことをやる筈がないし。万が一本物だとしても、試合で倒せば言い訳ができるからな。


 石敷きの試合場で、ディアスと対峙する。

 ディアスは肩の力を抜いた構えで、俺が仕掛けるのを待っている。


 挑戦者に対する王者の態度だけど。こっちから仕掛けたら一瞬で終わるからな。

 また卑怯な手を使ったとか言われるのも面倒だし。2回とも同じパターンだと、噂話としても盛り上がりに欠けるからな。


「なあ、ディアス。遊んでやるから、好きに仕掛けて来いよ」


 自分で言いながら、馬鹿っぽいと思う。まるでバトル系漫画の悪役みたいだな。


「良いぜ、アリウス。遊んでやる・・・・・よ」


 言葉とは裏腹に。ディアスは油断なく、ゆっくりと距離を詰める。8位のドーガを瞬殺した奴に油断するような甘い奴じゃないな。


 間合いに入った瞬間。ディアスは一気に加速する。

 足元を狙うローキック。続けざまに左右の拳を放つ。その一撃一撃が速くて正確で、鎧を貫通するほどの威力がある。


 ディアスに攻撃されたら、鮮血に塗れて倒れるしかない――相手が俺じゃなかったらな。


「おい……何の冗談だよ?」


 ディアスの攻撃は全部命中したけど、俺はノーダメージだ。それどころか強力な攻撃を受けた筈なのに、全部普通に受け止めて一歩も動いていない。


 『絶対防壁アブソリュートシールド』を使った訳じゃない。魔法を使うと文句を言われるかも知れないからだ。

 まあ、ディアスのレベルとステータスなら、俺のDEFだけで防げることは解っていたけど。


 それにしても。避けられる攻撃を避けないとか。普段の俺なら絶対にしない。一応真面に受けたんだから、これも卑怯な手を使ったとか言わないよな。まあ、そう言われたら、全員ボコボコにするけど。


「なあ、ディアス。もう終わりか?」


 だから、こんな恥ずかしい台詞は言いたくないんだよ。


「言うじゃねえか……ふざけるんじゃねえぞ。まだまだ、これからだぜ!」


 ディアスは全力で攻撃を続ける。だけど今度は最小限の動きで避ける。避ける気になれば、普通に避けられるからな。


 傍から見ると熱いバトルに、観客たちが盛り上がっている。

 だけど当のディアスは、俺との実力差に気づいている。このまま精神的にいたぶるような真似は、さすがにしたくないな。


 だから顔面に一発入れて、ディアスを床に沈める。勿論手加減したから殺していない。

 予想外に湧き上がる大歓声。やっぱり帝国人にとっては、強さこそが正義ってことだな。


「ほら。俺が勝ったんだから、早く賞金を出せよ」


 唖然としている職員を急かして、金貨が詰まった袋を持って来させる。

 まだ俺のことを睨んでいる闘士もいるけど。目の前でディアスを倒した俺に、掛かって来るような奴はいなかった。


 俺は再び『拡声ラウドボイス』の魔法を発動する。


「俺が本物の貴族だと思っていない奴もいるみたいだけど。俺は正真正銘のロナウディア王国宰相の息子、アリウス・ジルベルトだからな。疑う奴はロナウディア王国に問い合わせろよ」


 ここまで言って偽物なら、捕まるどころか処刑されても文句は言えない。闘技場の職員が慌てているけど、別に脅すつもりで言った訳じゃない。


「今日は闘技場を荒らすような真似をして悪かったな。文句がある奴は、いつでも相手になるけど。とりあえず、今日のお詫びとして。これでみんなに奢るよ」


 俺は袋に詰まった金貨をバラ蒔く――調子に乗るような真似をして、本気マジで恥ずかしいんだけど。

 だけど派手に金を使った方が貴族だと信じて貰えるし。さらに噂が広がるからな。


「じゃあ、闘士も職員も含めて。好きに飲み食いして良いからな。金の管理はディアスに任せるから、起きたら言っておいてくれよ」


 そう言って。今度こそ本当に立ち去ろうとすると。


「ねえ、アリウス。もし私が困ったときも、同じようなことをしてくれるの?」


 ジェシカがジト目で見ているけど。


「ジェシカ、何言ってるんだよ。当たり前だろう」


 俺が応えると、ジェシカは腕に抱きつく。


「ありがとう、アリウス……」


 いや、お礼を言われるようなことなんてしてないし。

 今度はVIP席の窓から、ミリアたちがジト目で見ているけどな。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,870

HP:30,155

MP:45,966

――――――――――――――――――――

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