第100話:闘技場


 初めに言っておくけど。俺がグランブレイド帝国に詳しいのは、調べたからだ。

 習慣として、いつも世界中の情報を集めているし。帝国に来ることは解っていたから、知っている情報を整理して。主要人物の動きとか、最近の動向を調査したんだよ。


 円形の石壁に囲まれた巨大な闘技場コロシアム。午後も早い時間だというのに、客席はほとんど満員だ。

 沸き上がる歓声に罵声や野次が混じるのは、金を賭けているからだろう。


 観客に囲まれた試合場で、鎧を着た闘士グラジエータ―が一対一で殴り合う。

 鎧の上から殴っているから、一見すると大したダメージに見えない。だけどガントレットに鋭い突起があるから、殴るだけで鎧が凹むし。派手に格闘系スキルを使っているから、さらにダメージは跳ね上がる。


 命懸けで戦う闘士は、帝国では竜騎士に匹敵するほど人気がある。竜騎士にも闘士にも、それぞれ熱狂的なファンがいて。どっちの方が強いかって話になると、殴り合いの喧嘩になるのは日常茶飯事だ。


 人気はある意味評価だからな。竜騎士と闘士自身は互いの人気を意識している。

 闘技場が帝都の観光スポットだから、みんなを誘ったのは嘘じゃないけど。俺は竜騎士と闘士のライバル関係を、利用しようと思っている。


 まあ、元々俺はドミニク皇太子に会うタイミングまで、ダンジョンを攻略するつもりだったからな。ここに来た目的は保険というか。打てる手は打っておこうって話だけど。


「なんか……凄い熱気ね」


 ミリアが窓から客席を眺めて呟く。

 闘技場に到着したときには、エリクがすでに手配していたらしく。俺たちは制服を着た職員にVIPルームに案内された。


 試合場を見下ろせる広い部屋には、護衛を含めた全員が座れるだけのソファーと肘掛け椅子が置かれている。

 バーカウンターがあって、飲み物はサービス。まあ、料金は部屋代に含まれているんだけど。俺たちが賭けをするために、専用の職員まで待機している。


「エリク。俺がみんなを誘ったんだから、ここの代金は俺が出すよ」


「アリウス。細かいことは気にしなくて良いよ。それに――君は賭けをしに来た訳じゃないだろう。僕がみんなをもてなすから、君はしたいようにすれば良いよ」


 後半の部分は小声で、エリクは俺だけに聞こえるように言う。まあ、俺が何をしようとしているのか。その理由もエリクにはバレてるんだろうな。


「闘士も結構やるわね。強さとしては、冒険者ならB級ってところだけど。同じ条件で戦かったら、並みのB級じゃ勝てないわね」


 試合を眺めるジェシカは、闘士の実力を正確に測っている。今戦っている闘士はどちらも60レベル台で、冒険者ならB級クラスだ。

 だけど大抵の冒険者は武器や魔法で戦うから。殴り合いだと、同クラスの闘士に勝つのは難しいだろう。


「ジェシカの見立ては正しいと思うわ。だけど今試合に出ているのはランク外の闘士よ。

 もう少ししたら、もっと強い闘士が出て来るわ。普通に武器で戦う竜騎士に勝てるような闘士がね」


 エリスは王国に戻るまで帝都にいたから。闘士に詳しいみたいだな。


 飲み物を飲みながら、みんなで試合を観戦していると。不意に大きな歓声が上がる。


 先に登場したのは身長2mを超える髭面の巨漢。横幅も厚くて筋骨隆々って感じだな。

 続いて登場した対戦相手は、180cmくらいの長髪の男だ。


「闘士ランキング8位『破壊王』ドーガに挑戦するのは、ランキング25位『疾風』マックス! 賭け率は1対5!」


 魔道具で拡声されたアナウンスに煽られて、客たちが次々と金を賭けていく。

 賭け率で考えれば、巨漢のドーガの方が圧倒的に有利ってことだな。


 試合が始まると、先に仕掛けたのは『疾風』マックスだ。

 跳躍しながらスキルを発動。風属性のスキルでブースターのように加速して、一気に距離を詰めると。体重を乗せた拳を叩き込む。


 続けざまにマックスの連打。防戦一方のドーガ。金属がぶつる音が響き渡る。

 だけど派手な攻撃に反して、ドーガには全然効いていない。


 結末は呆気なかった。マックスが動きを止めた瞬間。ドーガが拳を振るうと、マックスの身体が宙に舞う。

 マックスはそのまま地面に叩きつけられて動かなくなった。


「勝者、『破壊王』ドーガ!」


 客たちがドーガの名を叫んで沸き上がる。ドーガは右手をかざして歓声に応える。

 倒れているマックスは、ヘルメットがひしゃげているけど。まあ、闘士として試合に出たんだから、自己責任だよな。


 ドーガとマックスの試合が今日のメインイベントで。試合が終わると、今日勝者になった闘士たちが一堂に出て来た。

 アナウンスの声が勝者を順番に称えると、客たちが再び歓声を上げる。


 最後にドーガを称えると、一層大きな歓声が上がる。

 それが収まったタイミングて、アナウンスの声が続ける。

 

「それでは、これよりエキシビションマッチを開催する! 『破壊王』ドーガに挑戦する者はいないか! 

 挑戦料は銀貨1枚。ドーガを倒せば、賞金は金貨100枚! 挑戦者は武器でも魔法でも何でもありだ。腕に自信がある奴は、試合場に降りて来い!」


 アナウンスの声が客たちを煽る。これも興業の一貫だ。それなりの挑戦料を取るのは、冷やかしで挑戦する客への対策だろう。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」


「「え……」」


 ミリアとノエルの声が重なる。他のみんなも戸惑っているけど。


「アリウス、本当に良いのね?」


 エリスは俺をじっと見つめて。エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべている。2人はこれから俺が何をしようとしているのか、解っているみたいだな。


 俺はVIPルームを出て、試合場に向かう。

 観客席から試合場に飛び降りると、職員にいきなり『鑑定』される。

 闘士と竜騎士はライバル関係だからな。客に成り済ました竜騎士が挑戦して来ることを警戒しているんだろう。


 まあ、『鑑定』されることは解っていたから対策済みだ。闘技場の職員のレベルじゃ、俺を鑑定できないけど。鑑定できないことで、相手を警戒させることになる。


 俺が使ったのはマジックアイテム『偽装の指輪フェイクリング』。最難関トップクラスダンジョン『太古の神々の砦』産のこのアイテムは、レベルとステータスを好きなように設定できる。俺はレベルを25に、ステータスは適当にそれっぽく設定した。


「兄ちゃん、良い身体しているな。挑戦料は払えるんだろうな?」


 俺が銀貨を投げると、職員がニヤリと笑う。

 ドーガの強さを引き立たせるだけの馬鹿が挑戦して来たと思っているんだろう。

 俺は武器も防具も身につけていないからな。


「俺を倒そうってんだ。おまえは竜騎士派か、それとも只の馬鹿か?」


 ドーガが両腕をクロスするように構える。相手が素人だと思っても、油断しないのは評価できるな。


「いや、俺はそんなんじゃなくて。あんたに恨みはないし。こっちの勝手な都合で利用するのは悪いと思っているんだ。だから先に謝っておくよ」


「おまえ、何を――」


 薄笑いを浮かべるドーガとの距離を一瞬で詰めて。反応する前に腹に拳を叩き込む。

 ドーガは吹き飛んで、背中から観客席の壁に叩きつけられた。

 殺さないように手加減したけど。白目を剥いたドーガが立ち上がるのは無理だろう。


 俺の狙いはドーガを倒すことで、ドミニク皇太子の逃げ道を塞ぐことだ。

 普通に決闘を申し込んでも、ドミニク皇太子は何か理由を付けて断る可能性がある。だから闘士と竜騎士のライバル関係を利用しようと思ったんだよ。


 ドーガを倒した俺との決闘を断れば、ドミニク皇太子はランキング上位の闘士を倒した奴を恐れたと配下の竜騎士たちに思われる。いや、本当に思うか解らないけど。プライドの高い奴は、そういうこと気にするんだよ。

 ドミニク皇太子の性格は、事前に調べたから解っている。


 開始から数秒でドーガが倒されたことに、客たちは唖然としている。


「なあ。俺が勝ったってアナウンスはしないのか?」


 職員に声を掛けても反応はない。判断に迷っているのか。

 だけど今回は俺がドーガを倒したと噂が広まることが重要だからな。俺は『拡声ラウドボイス』の魔法を発動する。


「俺はアリウス・ジルベルト。ロナウディア王国宰相の息子だ。闘士ランキング8位のドーガだったか? 8位って言っても、大したことないんだな」


 この瞬間、客席からブーイングと罵声が飛ぶ。だけど客を全員敵に回した訳じゃないみたいだ。

 俺は実力でドーガを倒したから。強さこそ正義の帝国人の中には、ドーガに勝った俺を認める奴もいるってことだろう。


 まあ、これで観客は俺の顔と名前を憶えただろう。目的は果たしたから、俺は立ち去ろうとしたけど。


「あいつら、アリウスをこのまま帰すつもりはないみたいね」


 いつの間にか隣にいたジェシカが言う。いや、ジェシカが着いて来たことには気づいてたけどな。

 ジェシカの視線の先には、闘士が登場するゲートがあって。殺気だった顔の闘士たちがゾロゾロと出て来る。


「今回は俺の自業自得だからな。ジェシカ、手を出すなよ」


「解ってるわよ。あいつらがあんたに手を出さない限りね」


 いや、全然解ってないだろう。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 15歳

レベル:2,870

HP:30,155

MP:45,966

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