第97話:出発
エリクがいつもの爽やかな笑みを浮かべる。
「アリウスには、姉上の新しい恋人になって貰うよ。王国に帰国した姉上とアリウスが情熱的な恋に落ちて、ドミニク皇太子から姉上を奪うことにしたって筋書きなんだけど」
「却下だな」
10日ほど前の話になるけど。俺は『魔神の牢獄』を攻略するために、夏休みの前の最後の1週間の授業を全部サボると決めたから。
エリスを帝国に連れて行く件について、細かい打合せを先に聞いておこうと。エリクと話をすることになったんだけど。
何言ってるんだよコイツって感じだけど。エリクが何か企んでいることは解っている。
「アリウス、話は最後まで聞いてくれないかな。勿論、本当に恋人になる必要はないよ。アリウスは姉上の恋人のフリをしてくれれば良い。政治的なことを極力絡めないために、この方法が一番都合が良いんだ」
エリク曰く。グランブレイド帝国には貴族同士の争いを決闘で解決する法律があって。その法律は皇族にも適用される。
何かを奪い合って決闘をすることは、帝国貴族の間では日常茶飯事らしい。
必ずしも本人が決闘する必要はなくて。代理人を立てることは認められている。
決闘で貴族の当主が死んだら問題になるし。貴族の力の優劣を決めるのは個人の武力じゃなくて、兵力や財力や政治力だから。強い代理人を用意できることも貴族の力だという理屈になる。
「帝国の『決闘法』のことは俺も知っているけど。あくまでも帝国内の問題を解決するための法律で。他の国の王族や貴族には適用されないだろう」
仮に適用されたとしても。今回の件はグランブレイド帝国とロナウディア王国の同盟に関わる問題だ。俺がドミニク皇太子に決闘で勝って、エリスとの婚約を破棄させても。帝国と王国の間に遺恨が残る。
「その辺りのことは、当然僕も考えているよ。レギウス皇帝から、今回の件は特例で『決闘法』を適用するという言質は取ってあるし。他にも手は打ってあるから。後のことは僕に任せて、アリウスは決闘に勝ってくれれば良いよ」
グランブレイド帝国皇帝レギウス・レニングは、現在の帝国において絶対的な権力を持っている。
だからレギウス皇帝の承諾を得ているなら問題ないけど。エリクは皇太子じゃなくて、皇帝と直接交渉したってことだよな。
それでも俺が皇太子との決闘に勝つと、他にも弊害が発生する。俺の存在が広く知れ渡ることで、アリウス・ジルべルトとSSS級冒険者のアリウスが同一人物だとバレる可能性が高くなる。
だけど考えてみれば今さらの話だよな。俺は
カーネルの冒険者ギルドに行くときも。ジェシカたちやゲイルに会うだけなら、どうにでもなるだろう。
ダンジョン攻略以外の目的で他の国に行くことになったら。俺の正体がバレると問題になるかも知れない。だけどしばらくその予定はないから。そのときになって考えれば良い。
それくらいのリスクなら、エリスを自由にするために――いや、例えば他のみんなのためだとしても。俺はリスクを負って良いと思っている。だけどな。
「グランブレイド帝国に関しては、エリクに任せて問題なさそうだけど。フリをするだけって言っても、俺がエリスの新しい恋人だって公にするんだろう。それだけでエリスのイメージはマイナスになるし。後で俺と別れたことにするなら尚更だろう」
エリスは婚約者であるドミニク皇太子を裏切って、新しい恋人を作ったことになるから。恋多き女とか言われて評判がガタ落ちになる。
さらには恋人のフリをしことをバラさないなら、後で俺と別れた話にするしかない。エリスの評判はさらに落ちて、今後の縁談の話にも支障を来すだろう。
「その点は姉上も承諾済みだからね。勿論、後者については
エリクはエリスを自由にすることを第一に考えているけど。俺を取り込むことを諦めた訳じゃない。俺とエリスが互いの意志で別れないと決断することが、エリクにとっての最適解だろう。
「いや、俺はエリスに悪いと思っただけで。エリスの評判のために、いつまでも恋人のフリを続けるつもりはないからな」
俺はエリスの恋人になりたいと思っている訳じゃない。そんな気持ちで恋人のフリを続けても、結局はエリスにとってマイナスだろう。
「皇太子との婚約を解消して直ぐに俺と別れたら、さすがに問題になるからな。形だけはしばらく続けて、エリスの都合が良いタイミングで別れたことにしてくれよ」
「解ったよ、アリウス。
ちょっとニュアンスが違う気がするけどな。こんな感じで俺はエリクと約束した。
※ ※ ※ ※
ノーコーンが引く王家の白い馬車で、王都から出発する。
だけどこのまま馬車でグランブレイド帝国に向かう訳じゃない。いくらノーコーンを使っても、馬車だと帝国まで片道2週間近く掛かるからな。
俺たちが向かったのは王都の東にある王国第2の都市シルベスタ。エリクの取り巻きの1人、ラグナスの父親であるクロフォード公爵が治める都市だ。
俺たちがシルベスタに行く目的は、そこから飛空艇で帝国に向かうためだ。
この世界の飛空艇は、魔力で飛行する巨大な魔導具のようなモノで。一般的に普及しているってほどじゃないけど。一部の国で定期便を運航したり、王族専用の飛空艇が存在する程度には広まっている。
いかにもファンタジーって感じの乗り物だけど。俺は飛空艇に興味がない。速度が遅いからだ。
飛空艇の速度はせいぜい時速100km程度だから、俺が魔法で飛んだ方が圧倒的に速いし。機動性も低いから、戦闘では使いモノにならない。
それでも防衛の観点から、飛空艇で王都に直接乗り入れることは禁止されている。制空権を確保することと、武装した集団を王都の中に招き入れてしまう可能性を考えてのことだ。
「エリク殿下、お待ちしておりました」
飛空艇乗り場で待ち構えていたのは、ラグナス・クロフォードだ。エリクが帝国に行くことを聞いて、ラグナスは同行を申し出たみたいだけど。アッサリと断られたらしい。
「クロフォード公爵。わざわざ出迎えて頂く必要なんてありませんよ。ラグナスも、気を遣わせたみたいで悪かったね」
エリクは一緒にいた父親のクロフォード公爵に先に挨拶してから、ラグナスに声を掛ける。結局のところ、エリクが相手にしているのはクロフォード公爵本人だからな。
みんなの護衛と騎士たちが、王家の白い飛空艇に荷物を積み込む傍らで。
「それじゃ、みんな。帝都に着いたら『
「「「え……」」」
完全に見送りモードの俺に。ソフィア、ミリア、ノエルの3人が唖然とする。
「アリウスも一緒に行くんじゃないの?」
「エリクから何も聞いてないのか? 俺は後から
せっかくの夏休みだからな。時間は有効に使わないと。俺は3番目の
グランブレイド帝国には、グレイとセレナと一緒に世界中を巡っていたときに行ったことがある。だから転移魔法と
俺がシルベスタまで一緒に来たのは、エリクと打合せをしたのが1週間前だからで。何か計画に変更がないか確認することと。一応、王家の飛空艇を見ておきたかったんだよ。戦闘時にどれだけ使えるかって観点から。
今回は途中で襲われる可能性が高い訳じゃないけど。念のためだ。
結論から言えば、防御魔法を常時展開する術式が施された船体は
それでも諜報部の連中とエリクの騎士が護衛をしているからな。王立魔法学院と、その上位機関の魔法省があるロナウディア王国は、実は魔法強国として知られていて。諜報部の連中とみんなの護衛の大半は飛行魔法が使えるから、空中で襲われても問題ないだろう。
「そんな話、全然聞いてないんだけど」
ミリアがジト目でエリクを見るけど。
「飛空艇を使えば、帝国までは2日ってところだからね。アリウスも直ぐに来ることになるよ」
エリクはどこ吹く風という感じで、いつもの爽やかな笑みを浮かべる。
エリスも苦笑しているけど。まあ、エリクはそういう奴だからな。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 15歳
レベル:2,822
HP:29,634
MP:45,186
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます